Yahoo!ニュース

映画はベースボールを愛してる。野球映画じゃなくても。「フレンチ・コネクション2」の場合…

宇根夏樹ベースボール・ライター
ジーン・ハックマン(左)とクリント・イーストウッド 1993(写真:Shutterstock/アフロ)

 ニューヨークを舞台とした「フレンチ・コネクション」と違い、続編の「フレンチ・コネクション2」は、全編を通し、フランスのマルセイユで話が展開する。

 ジーン・ハックマン演じるニューヨーク警察のポパイが、麻薬密輸のボスを捕まえるため、マルセイユへ単身やってくる。1作目でポパイの相棒を演じたロイ・シャイダーは、出てこない。きっと、鮫と戦うのに忙しかったのだろう。「フレンチ・コネクション2」と「ジョーズ」は、1975年のほぼ同時期に公開された。

 大都会と相棒に疲れ、平和な海沿いの町に引っ込んで警察署長になったところ、今度は鮫に遭遇したというわけだ。そう考えると、とんでもない災難だが、俳優としてはおいしい。

 それにしても、ニューヨークならいざ知らず、フランスでベースボールとは奇妙な気もする。ベースボールは、フランスではポピュラーなスポーツではない。ちなみに、元・阪神タイガースの吉田義男がフランス代表の監督を務めたのは、1989~95年のことだ。この映画の公開から、10年以上が経っている。

 種明かしをすると、ポパイがマルセイユ警察の警部に身の上話をする場面で、ベースボールは登場する。その話によると、ポパイは刑事になる前に、ニューヨーク・ヤンキースのトライアウトを受けて合格したという。

 ただ、ポパイは自らの才能に早々と見切りをつけ、警察の試験を受けた。その理由はこうだ。ヤンキースのスプリング・トレーニングに参加したポパイは、自分とはまったく異なる次元でプレーするマイナーリーガーに出会った。その選手の名前は、ミッキー・マントルという。

 メジャーリーガーになる夢を、ポパイがあきらめたのも無理はない。マントルは球史に残るスーパースターだ。三冠王の1956年を含め、MVPは3度を数える。通算536本塁打は、スイッチ・ヒッターでは誰よりも多い。現在でもそうだ。殿堂には、最初の投票で迎え入れられた。ヤンキースでつけていた背番号「7」は、永久欠番だ。

 ポパイはマントルについて、あの頃は遊撃手だったと説明している。だが、マントルは外野手だ。ヤンキースでセンターを守った。実は、この話をしている時のポパイは、麻薬組織によって薬漬けにされていた。勘違いをしていても無理はない。

 けれども、たとえ薬の影響下にあっても、ポパイは間違っていない。プロ入りした時のマントルは、外野手ではなく遊撃手だった。マイナーリーグでプレーした最初の2年間に合計100以上の失策を犯し、遊撃からセンターにコンバートされた。

 惜しいことに、日本語の吹き替えと字幕では「あの頃」という部分が省かれている。少なくとも、私が観たテレビ放送とDVDにはなかった。文字数に制約があるのはわかるが、ここはディテールにこだわってほしかった。マントルを知らない人は、彼のことを遊撃手だと思ってしまうではないか。神は細部に宿る。

 また、ポパイとマントルのエピソードは、シナリオ・ライターがすべてを作ったものではない。

「フレンチ・コネクション2」はフィクションだが、前作はノンフィクションを原作としていて、そこにはエディ・イーガンという刑事が出てくる。彼がポパイだ。1995年にイーガンが亡くなった際に、ニューヨーク・タイムズのデビッド・M・ハーゼンホーンが報じた記事によれば、同僚の刑事から、イーガンは「ポパイ」と呼ばれていたという。

 この記事には「1950年に、彼はニューヨーク・ヤンキースのAAAでプレーした。朝鮮戦争に従軍するために海兵隊へ戻り、ミッキー・マントルによってセンターの座を失った」とある。

 それらをまとめると、こうなる。

 1作目はノンフィクションの映画化で、そのヒットを受けて作られた2作目はフィクションながら、ポパイが語る若き日のエピソードは実話ということだ。もちろん、すべてが事実とは言いきれないものの、実際に起きたことに基づいている。

 現実の世界において、マイナーリーガーから刑事に転身したイーガンは、「フレンチ・コネクション」でポパイの上司役として俳優デビューを果たし、その後も何本かの映画に出演した。テレビシリーズの「警部マクロード」にも出たことがある。

 マントルがエラーを連発せず、そのまま遊撃手としてキャリアを築いていたら、イーガンはヤンキー・スタジアムでセンターを守り、マントルとともに活躍していたかもしれない。東映フライヤーズでもプレーしたドン・ジマーをはじめ、ポパイのニックネームを持つメジャーリーガーは何人かいる。その一人に、イーガンも加わっていたかもしれない。

 そうなれば、「フレンチ・コネクション」も「フレンチ・コネクション2」も存在せず、ハックマンがポパイを演じることはなかったはずだ。それとも、ハックマンは違う映画で、ポパイというニックネームのメジャーリーガーを演じただろうか。

 メジャーリーガーのマントルと俳優のハックマンに接点は見当たらないものの、イーガンをリンクとして、彼らはつながっている。このつながりは、「六次の隔たり」よりも近い気がする。3人は、年齢もほとんど変わらない。ハックマンとイーガンは1930年、マントルは1931年に生まれた。ハックマン以外の2人は、1995年にその生涯を閉じた。

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

宇根夏樹の最近の記事