過去7度の寅年において、阪神タイガースは、ポストシーズンに3度進んでいる。その1度目は、1リーグ時代の1938年だ。当時は、大阪タイガースだった。この年は、春が優勝、秋は2位。優勝決定戦は、東京巨人を4勝0敗で下し、連覇を飾った。2度目は、1962年に初のセ・リーグ優勝を果たした。東映フライヤーズと対戦した日本シリーズは、2勝4敗1分。第1戦と第2戦に勝利を収めたものの、第3戦は引き分け、第4戦から4連敗を喫した。3度目は、直近の2010年だ。リーグ優勝の中日ドラゴンズと1ゲーム差の2位ながら、3位の読売ジャイアンツとのゲーム差はなかった。そして、クライマックス・シリーズのファースト・ステージで、読売に2試合続けて敗れた。

 頂点に立ったのは1938年の1度とはいえ、ポストシーズン進出が7分の3は、悪くない気がする。十二支のなかで、3度は球団最多タイ。丑年と並ぶ。こちらのポストシーズン進出は、1937年、1985年、2021年の3度。亥年も、2007年と2019年に、1947年の優勝(ポストシーズンなし)を含めると3度となる。他の干支は、いずれも2度以下だ。

 一方、干支とは無関係ながら、虎つながりということで、メジャーリーグのデトロイト・タイガースも調べてみた。阪神と区別するため、この記事ではデトロイトと表記する。寅年における日米のタイガース、阪神とデトロイトの成績は以下のとおりだ。

筆者作成
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 デトロイトは、過去10度とも、ポストシーズンに進むことができていない。1950年は勝率.600以上を記録したが、ニューヨーク・ヤンキースに3ゲーム差をつけられた。リーグ優勝あるいは地区優勝のチームと5ゲーム差以内の寅年は、この1度だけ。直近の2010年は、地区優勝とワイルドカード――当時は1リーグにつき1チーム――のどちらにも、10ゲーム以上離された。

 1998年は、阪神がリーグ最下位、デトロイトは地区最下位に終わっている(勝率はリーグ・ワースト2位)。両リームが揃って「最下位」に沈んだのは、1996年(子年)と1998年(寅年)の2度だ。

 1998年のデトロイトでは、シーズン終盤にバディ・ベル監督が解任され、その後の25試合はベンチ・コーチだったラリー・パリッシュが指揮を執った。パリッシュは、1989年のヤクルト・スワローズに続き、1990年は阪神でプレーした。

 なお、今オフ、デトロイトは、6年1億4000万ドルでハビア・バイエズを迎え入れるなど、積極的な補強を行っている。バイエズと契約する前の動きについては、こちらで書いた。

「猛虎復活へ。捕手と先発投手を手に入れ、次は大物の遊撃手と超大型契約を交わす!?」