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朝ドラ「カムカムエヴリバディ」にみる心の支援 トランペットが吹けなくなったジョーのこれから

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
写真はイメージです。(提供:イメージマート)

原因がわからない症状

NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が人気ですね。最近はオダギリ・ジョーさんが演じるジャズミュージシャンのジョー(大月錠一郎)がトランペットを吹けなくなった原因不明の病気は何なのか、ということがSNS 上で話題になっていました。検査をしてもどこが悪いかわからない、原因がよくわからないが症状があるという場合、どんなことが考えられるでしょうか。例えば、心理的な要因やストレスが引き起こす症状、いわゆる身体症状症といわれている病気や適応障害による症状も検査で異常を示さない場合が多いものです。

一方、何か行動をしようとすると筋肉には問題がないのに、筋肉がこわばって思うように手指が動かせなくなったり、声が出なくなったりする状態はジストニアと呼ばれる症候群で中枢神経系の障害による症候とされています。特定の動作を繰り返して行うピアニストやバイオリニスト、歌手などに起きることが多いのでジョーもこの症候群の可能性が高いといえます。ピアニストでは演奏しようとすると指が動かない、歌手は歌おうとすると声が出ないという症状が起こります。ジストニアは2013年に国際的な専門組織がコンセンサスレポートを出した症候群で、現在はボツリヌス菌の注射などによる治療が行われるようになりました。ただ、ドラマの設定になっている昭和30年代にはジョーの症状は原因もわからず治療法もわからないという状況であったのは容易に想像がつきます。

このほかスポーツ選手などでそれまでできていたプレーが突然できなくなるイップスと呼ばれる症状もあります。ただイップスに関してはまだ学術的なコンセンサスは定義されておらず、身体には何も異常がないにもかかわらず習得していたはずの動作やプレーができなくなりそれが長く続くという状態です。不安が背景にあり心理的動作失調とされる一方で、神経学的にジストニアとの関連性も指摘されています。練習熱心でがんばりすぎるような選手に多いという報告もあります。

心理的な要因で起きる身体症状症も、ジストニアも、ミュージシャンには可能性がある疾患です。ストレスが引き金になる身体症状症は、環境の変化や演奏への不安などが要因になります。特にジョーのように急に注目され脚光を浴びる「陽の当たる」場所にこれから出ていく時、成功への不安などもあるでしょう。

ジストニアは練習で同じ筋肉に繰り返し負荷がかかる状況で起こりやすいからです。私はジストニアは専門ではありません。でもこうした症状が起きた場合、症状の治療に加えて心の支援が必要です。症状のつらさだけではなく治療効果の見通しが立たず、すべてをなくした思いがして、先が見えない状況に追い込まれ、ジョーが喪失感から自殺を企てるというシーンで心の支援が大事なことがわかります。

どんな手助けができる?

直接支援

医療や日常生活に必要な手助け、資金の貸与などは直接支援です。文字通り目に見える形の支援です。

私も一緒に泣きたかった

病気や症状がある人への支援というと、「自分は医者ではないし、お金もないから何もできない」と言う方がいます。でも支援は医療や資金の提供だけではありません。カムカムエヴリバディのなかでも描かれている支援について説明しましょう。まず「共感支援」があります。トランペットが吹けなくなったジョーに、るいがかける言葉が印象的でした。「私も一緒に泣きたかった」という言葉です。苦しみや悲しみを分け合う、同じ気持ちでいる人がいる、自分の思いをわかろうとして一緒に泣いてくれる人がいる、ということは苦しんでいる人にエネルギーを与えてくれるものです。るいがしっかりとジョーを抱きしめて共感を伝えたシーンを思い出してください。演奏ができなくても、その人の価値に変わりはない、生きていることが大事、あなたが必要というメッセージが人を支えることになります。つらい時、一番大事な人にはかえってつらさを打ち明けられないということがあります。愛する人を苦しませたくないという気持ちがあるからです。でも相手は一緒に苦しみを分け合いたいのだということを伝えてくれるシーンでした。

こんな病院があるよ

そしてもう一つの支援として「情報支援」があります。カムカムでは、ミュージシャンの仲間が、いい病院を探して様々な情報を提供してくれていました。ここに行けば何か手助けを得られるかもしれないという支援の場所や連絡先を探して伝えることも大事な支援です。

大丈夫、何とかなる

更に、「援助への期待という支援」があります。その人がいるから、そのことがあれば、自分は大丈夫だという安心感です。これも大きな支援となります。カムカムの中で何度か繰り返される「大丈夫、何とかなる」とるいがつぶやくその言葉に、それが象徴されているようにもみえました。

人生のリフレーム

さてカムカムは週明けから新しい時代に進み、ジョーとるいの娘の物語に移りますが、ジョーの今後はどうなるのか、気になります。

昨年東京パラリンピックの閉会式で名曲「この素晴らしき世界」をピアノ演奏した西川悟平さんは、ニューヨークのカーネギーホールで演奏会をするなど活躍をしていましたが、突然指が動かなくなり局所性ジストニアという診断を受けました。医師からは趣味で演奏することも無理、と言われ一時は絶望しましたが、友達に誘われて出かけた幼稚園で少しずつ演奏して子どもたちと交流しながらリハビリを続け7本の指が動くようになりパラリンピックで演奏することになったそうです。

ジョーも、ジャズの本場のアメリカで演奏することはできなくてもリハビリをして残された機能で演奏して周りの人を幸せな気持ちにしてほしい、ジョーの演奏する姿をもう一度見たいなどと思ったりします。

自分の機能の何かを失った時、前と完全に同じことができなくても、別の自分らしさを見つけてそれを新しく自分のアイデンティティーにしていくことは、認知行動療法の分野では「リフレーム」と言われています。これまでと違う視点でものをとらえてみるという思考回路の転換で、ストレスを乗り切っていく手段になります。もしかすると演奏ができなくても曲を作ったりプロデュースしたりといった仕事をすることになるのでしょうか?何かの形でジョーが音楽を人生に加えてほしいなどと思うのはジャズシンガーとしての活動もしている私の願望です。でも音楽とかかわらず今後どんな道を歩むことになっても、ジョーが苦しみの中で得た周囲との強いつながりが彼の人生の中で活かされるのだと思っています。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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