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リニア中央新幹線建設へ「大井川」をめぐるJR東海と静岡県との対立 解決の糸口はどこに?

梅原淳鉄道ジャーナリスト
2020年10月に公開されたリニア中央新幹線向けの最新車両(筆者撮影)

静岡県民の意思は知事選で明らかに

 JR東海が建設中のリニア中央新幹線、最大の課題は「静岡県の理解と協力」といえる。6月に行われた同県知事選では建設の可否が争点となり、川勝平太氏が4選を果たした。県内を通る区間に建設許可を与えていない川勝知事の方針が県民に支持された形だ。そこでJR東海と静岡県との間の争点は何かを整理し、解決策を探ってみよう。

 リニア中央新幹線の線路延長は品川-名古屋間285.6kmである。そのうち、静岡県を通る区間は長さ25.0kmの南アルプストンネル内の10.7kmだ。

2020年夏の時点での南アルプストンネルの大まかな概要図。静岡工区は未着工であると同時に、山梨・長野の両工区のうち静岡県内の区間も着工となっていない。資料提供:JR東海
2020年夏の時点での南アルプストンネルの大まかな概要図。静岡工区は未着工であると同時に、山梨・長野の両工区のうち静岡県内の区間も着工となっていない。資料提供:JR東海

 国土交通大臣によってリニア中央新幹線の建設自体は認可されているので、JR東海は静岡県の意向を無視して建設を進めてよい。とはいえ、当時の太田昭宏大臣は認可の際、「地元住民等への丁寧な説明を通じた地域の理解と協力を得ること」「南アルプストンネル等における安全かつ確実な施工」を求めた。つまり、地元住民を代表する静岡県知事の理解と協力とが必要となる。

 また、河川法上でもリニア中央新幹線の建設は静岡県知事なくしては認められないという。建設に許可が必要とされる河川敷地を利用する施設に鉄道のトンネルが含まれていて、大井川の相当下ではあるが南アルプストンネルが通っているからである。大井川は国が管理する一級河川ながら、静岡県は一部の権限を国から委託されているのだ。

JR東海と静岡県との間の争点とは何か

 JR東海と静岡県との間で意見が食い違っているのはその大井川についてとなる。両者の対立している点を簡潔に言おう。南アルプストンネルの建設で失われると見込まれる大井川の水の量がいかほどであり、その水をどのように補うかである。

 本来は大井川に注ぐはずであった南アルプス山中の地下水は、南アルプストンネルを掘った結果、トンネル内の湧き水となってしまう。今日の土木技術ではトンネルをいくら頑丈なコンクリートで固めたとしても湧き水を完全に防ぐことはできない。

 JR東海の予測では、南アルプストンネルにおける静岡県の区間での湧き水の量は平均して毎秒平均2.67立方mであるという。一方で、同トンネルの建設によって減少する大井川の流水量は上流の赤石発電所木賊堰堤(とくさえんてい)で建設前の11.9立方mから9.87立方mへと毎秒平均約2立方mであると予測された。ここで注意しておきたいのは、同トンネルをコンクリートで固めないといった状況での試算値で、現実にはそのようなことはあり得ないので湧き水の量は減ると見込まれる。ただし、その量がどのくらいであるのかをJR東海は公表していない。

※2021年9月7日記 「JR東海の予測では、南アルプストンネル全体の湧き水の量は平均して毎秒平均2.67立方mであるという」との記載を「JR東海の予測では、南アルプストンネルにおける静岡県の区間での湧き水の量であるという」に修正しました。

 これに対し、静岡県はJR東海が発表した数値に科学的根拠はないと反論する。精度が高いとはいえ推測値であるから、同トンネルが及ぼす大井川の流水量の変化は完成するまで確定しない。静岡県の言い分は理解できるとはいえ、この段階でつまずいている点に多くの人は驚くであろう。

 いま挙げた湧き水の量、流水量が正しいとして話を進めると、毎秒平均2.67立方mと目されるトンネル内における静岡県内の区間での湧き水は山梨県側となる東側、長野県側となる西側と双方の出入口に流れていく。トンネルの出入口に到達した湧き水のうち、毎秒平均約2立方m分を大井川に流せば問題は解決する。だが、南アルプストンネルの出入口は東側、西側とも大井川から遠く、実現はまず無理だ。

※2021年9月7日記 「毎秒平均2.67立方mと目されるトンネル内の湧き水」との記載を「毎秒平均2.67立方mと目されるトンネル内における静岡県内の区間での湧き水」に修正しました。

 そこで、JR東海は南アルプストンネルの建設によって失われる大井川の水を別の方法で戻すと表明した。ほぼ山梨県側から西北西方向に貫く南アルプストンネルの静岡県内の地点から最初は東南東、続いて南南東に向かって大井川流域の椹島(さわらじま)まで長さ約11.5kmの導水路トンネルを掘り、湧き水を大井川に流すのだ。椹島とは先ほどの赤石発電所木賊堰堤から約2km下流にある。導水路トンネル、それからポンプでくみ上げて導水路へに流す分とを合わせると、その水量は毎秒平均2.67立方mと、予測される全量となるという。

※2021年9月7日記 「導水路トンネル、それからポンプでくみ上げて導水路へに流す分とを合わせると、その水量は毎秒平均2.35立方mと見込まれるという」を「導水路トンネル、それからポンプでくみ上げて導水路へに流す分とを合わせると、その水量は毎秒平均2.67立方mと、予測される全量となるという」に修正しました。

左図は南アルプストンネルから椹島へと至る導水路のルート、そして右図は導水路が完成したときに同トンネルの主に静岡県内の区間で生じる湧き水の流れ方とその流水量とを示している。資料提供:JR東海
左図は南アルプストンネルから椹島へと至る導水路のルート、そして右図は導水路が完成したときに同トンネルの主に静岡県内の区間で生じる湧き水の流れ方とその流水量とを示している。資料提供:JR東海

 静岡県は導水路を評価するものの、椹島の上流で減少する流水量はどうするのかとか、その下流でも地下水が地表に現れる量が減って、結局大井川の流水量は減るのではないかという点を挙げて疑問視している。ただし、南アルプストンネルから椹島までの標高差は12mで、導水路の出口を椹島よりも上流に設けると標高差が少なくなって水が流れない可能性が高い。

 なお、静岡県は毎秒2.67立方m分を戻すとのJR東海の主張に対し、「(トンネル湧水)の全量を恒久的かつ確実に大井川に戻すよう要求」(第1回リニア中央新幹線静岡工区有識者会議、「配付資料1-2 大井川水資源問題に係る主な経緯」、2020年4月27日、1/3ページ)と主張している。同じ事柄を表現を変えて言っているだけのようなので、両者の言い分に食い違いは見られない。ところが、筆者の解釈では静岡県は時折「トンネル」の範囲を南アルプストンネルにおける静岡県内の区間ではなく、山梨県内と長野県内とを含めた全区間に広げて言及していると受け取られる主張も垣間見える。こうなると両者の意見が折り合うとはとても思えない。

※2021年9月7日記 「なお、静岡県は毎秒平均2.35立方mではなく、南アルプストンネル内で発生する湧き水の全量、つまり2.67立方m分を戻すようにと主張している」を「なお、静岡県は毎秒2.67立方m分を戻すとのJR東海の主張に対し、「(トンネル湧水)の全量を恒久的かつ確実に大井川に戻すよう要求」(第1回リニア中央新幹線静岡工区有識者会議、「配付資料1-2 大井川水資源問題に係る主な経緯」、2020年4月27日、1/3ページ)と主張している。同じ事柄を表現を変えて言っているだけのようなので、両者の言い分に食い違いは見られない。ところが、筆者の解釈では静岡県は時折「トンネル」の範囲を南アルプストンネルにおける静岡県内の区間ではなく、山梨県内と長野県内とを含めた全区間に広げて言及していると受け取られる主張も垣間見える」に修正しました。

安全性の観点から静岡県の要望に添えない部分も

 さらに挙げると、静岡県は南アルプストンネルを掘り進めている間も大井川の流水量を減らすべきではないとJR東海に申し入れた。JR東海も当初は静岡県の要請に添う姿勢を見せたが、調査の結果、主に安全上の理由で不可能と回答する。

 静岡県の要望に応えるためには、長さ25.0kmの南アルプストンネルの中間部分となる静岡県内の区間から掘らなければならない。というのも、静岡県とその東隣の山梨県との県境に存在すると見られる大量の地下水がたまった断層帯を出入口に近い山梨県側から掘ると、湧き水は大井川へと流れなくなるからである。

 山の真ん中からトンネルを掘ることなどできないと思われるであろうが、理論上は可能だ。南アルプストンネルを掘るために、同トンネルよりも高い場所から静岡県内の区間を目指す千石(せんごく)斜坑という急坂のトンネルの建設が進められている。千石斜坑は同トンネルを建設する際の作業場所を増やす効果があり、完成後は避難路としての役割を果たす。この斜坑から県境の断層帯へとトンネルを掘り進め、湧き水を導水路へと流せば静岡県の望みはかなう。

 ところが、千石斜坑から県境の断層帯までは下り坂であるから、断層帯に達して予測を超える大量の湧き水が発生しても作業場所の後方に流れていかないし、ポンプで排水可能な水量にも限度がある。となると作業場所は水没し、作業員は命の危険にさらされてしまう――。以上が安全上の理由である。静岡県側も理解を示したようだが、さりとて当初の主張を取り下げた様子もうかがえない。

 静岡県の主張にもかかわらず、いまこの時点でも南アルプストンネル工事で発生した山梨県内の湧き水は山梨県側の出入口、長野県内の湧き水は長野県側の出入口に流れている。同トンネルの東西の出入口からはすでに先進導坑(せんしんどうこう)という湧き水の水抜きや列車が通る本坑(ほんこう)の作業場所を増やすための小型トンネルの工事が進められているからだ。

※2021年9月8日記 「静岡県の主張にもかかわらず、いまこの時点でも南アルプストンネル工事で発生した湧き水は山梨県、長野県に流れている」は「静岡県の主張にもかかわらず、いまこの時点でも南アルプストンネル工事で発生した山梨県内の湧き水は山梨県側の出入口、長野県内の湧き水は長野県側の出入口に流れている」に修正しました。

 南アルプストンネル完成時に山梨県、長野県両県側の出入口に流れると予想される湧き水の量は、JR東海の「中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価書(平成26年8月)山梨県編、長野県編ともに8-2-4 水環境―水資源」によると、山梨県側の出入口の南にある田代川第一発電所内河内川(中流)で最大毎秒平均0.17立方m(南アルプストンネルすぐ東の第四南巨摩トンネルからの湧き水を含む)、長野県側の出入口の東にある所沢(釜沢水源付近)で最大毎秒平均0.004立方mであり、大井川と名の付く分も山梨県側で最大毎秒平均1.9立方m(田代川第二発電所大井川)あるという。場所は不明ながら、列車が通る本坑と呼ばれるトンネルに平行して掘られ、湧き水の排水や作業場所の増加、完成後は避難路となる先進導坑が途中まで掘られている現時点でも湧き水はあるはずだ。静岡県はこの点を指摘したいのであろうが、いかんせん他県が認めた工事であるから口出しはできない。

※2021年9月7日記 「南アルプストンネル完成時の湧き水の量はJR東海によると山梨県側の出入口で毎秒平均約0.31立方m、長野県側の出入口で毎秒平均0.01立方mであるという」を「南アルプストンネル完成時に山梨県、長野県両県側の出入口に流れると予想される湧き水の量は、JR東海の「中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価書(平成26年8月)山梨県編、長野県編ともに8-2-4 水環境―水資源」によると、山梨県側の出入口の南にある田代川第一発電所内河内川(中流)で最大毎秒平均0.17立方m(南アルプストンネルすぐ東の第四南巨摩トンネルからの湧き水を含む)、長野県側の出入口の東にある所沢(釜沢水源付近)で最大毎秒平均0.004立方mであり、大井川と名の付く分も山梨県側で最大毎秒平均1.9立方m(田代川第二発電所大井川)あるという」に修正しました。

意見の食い違いは依然大きい。解決策はあるのか

 静岡県はリニア中央新幹線の整備自体は賛同している。となると、大井川に及ぼす影響について静岡県が納得できる答えをJR東海は用意しなければならない。とはいえ、大井川の流水量が果たしてどの程度変化するのかは実際にトンネルが完成しないとわからないのも事実だ。また、同トンネルの建設中に減少する水量に関する見解の相違は堂々巡りの様相を呈しており、解決の見通しは立っていない。

 それではどうすればよいのか。現実に存在する新幹線のトンネルで採用された方法の応用を筆者は提案したい。それは、トンネル内の湧き水を、トンネル床面となる路盤から山へと流してしまおうというものだ。

 具体的には、線路の基礎となる路盤の下に鉄を精錬した際に発生する水砕(すいさい)スラグというコンクリートの原料にもなるという水はけのよい素材を敷き詰め、トンネルの壁面のコンクリートも路盤から下の部分は透水性をもたせる。いま挙げた構造はJR九州の九州新幹線川内(せんだい)-鹿児島中央間にある第1薩摩トンネル(長さ0.881km)、第2薩摩トンネル(長さ0.339km)、第3薩摩トンネル(長さ1.150km)で採用された。以上の3トンネルとも地下水位より低い場所に掘られていて、もともと湧き水が多い。そのうえ、水にもろいシラス台地を通っているので、列車が通過した際の振動で湧き水と一緒にシラス土壌の粒子が線路上に噴出すると見込まれた。そこで、あえて湧き水を路盤にしみ込ませることで線路への噴出を防いだのだ。

九州新幹線第1~第3薩摩トンネルで採用された透水性路盤の構造。水砕スラグ内の湧き水はトンネルから出入口へと排出される。(独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構、「平成17年度業務実績報告書 参考資料」8ページより)
九州新幹線第1~第3薩摩トンネルで採用された透水性路盤の構造。水砕スラグ内の湧き水はトンネルから出入口へと排出される。(独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構、「平成17年度業務実績報告書 参考資料」8ページより)

 第1から第3までの薩摩トンネルでは水砕スラグが幅約8.6m、厚さ約1.6mにわたって敷き詰められた。これだけの規模でもトンネル内の湧き水の全量をしみ込ませるまでには至らず、湧き水はトンネルを経由して出入口へと排出されている。したがって、水砕スラグで湧き水をすべて処理しようという考えは荒唐無稽に過ぎるかもしれない。ただし、南アルプストンネルには導水路トンネルがつくられ、両端の出入口へと向かう湧き水は減るであろうから、水砕スラグの厚さをたとえば3mなり5m、それでも足りなければ10mへと増やせば対応できるのではないだろうか。

 なお、水砕スラグはあまり強固な素材ではないので、線路を支えられるのかという疑問は当然生じる。そこで、南アルプストンネル内の路盤に長大な杭を打ち込み、その上に線路を築く方法を提案したい。

 この工法は実際にJR東日本の東北新幹線那須塩原-新白河間にある長さ2.965kmの白坂トンネルで採用された。同トンネルの線路はもともと路盤上に敷設されていたが、列車の通過による振動でコンクリート製の路盤が崩れ、トンネル内の湧き水と混じった泥水として線路上にあふれる事態に対処してのものだ。導水路トンネルの整備も検討されたなか、線路を杭で支えるという事実上の橋梁化を2001年から2005年までに行って解決した。工事に当たり、JR東日本は白坂トンネルに4756本もの杭を打ち込んだという。南アルプストンネルの長さはその8.4倍であるから、仮に全区間に施工するとなると4万本近い杭が必要となる。

 当然このような工事をJR東海は嫌がるに違いない。しかし、南アルプストンネル内の湧き水の量であるとか、その湧き水のうちどれだけが大井川に流れているのかが確定していないのであれば、あえて突き止めるのではなく、そのまま山に戻すほうが結果的には手間は少なくなると筆者は考える。

 それに、南アルプストンネルが完成後、大井川の流水量が予測よりも減ってしまった場合、JR東海は追加の工事が避けられない。ならば、南アルプストンネルの路盤の構造を変えたほうが結果的に得となると考えられる。

 この案にも問題は多い。建設費の増加はもちろん、トンネルを建設するために掘り出す土の量が増えてしまう。南アルプストンネルを掘ることで生じた大量の土の大多数は、先ほどの椹島から約4km大井川の上流にある燕沢(つばくろさわ)に盛土(もりど)を築いて処理される。現状でその規模は長さ約600m、幅約300m、高さ約70mと大変巨大で、2021年7月に同じ静岡県の熱海市伊豆山で起きた土石流で崩壊した盛土の60~70倍だという。したがって、路盤の下まで掘ったとしたらさらなる膨張は間違いない。

 とはいえ、盛土の工事については燕沢のある静岡市、それに静岡県が厳しく監督すれば解決する。月並みな言い方だが、両者はどこかで協力しないと南アルプストンネルは完成しないのだ。

参考文献:村上温、「トンネル軌道下の空洞」、(村上温・村田修・吉野伸一・島村誠・関雅樹・西田哲郎・西牧世博・古賀徹志編、『災害から守る・災害に学ぶ―鉄道土木メンテナンス部門の奮闘―』、日本鉄道施設協会、2006年12月、P216-P218)

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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