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車内販売を担当するパーサーの工夫の数々~東海道新幹線でのワゴンによる車内販売終了に寄せて

梅原淳鉄道ジャーナリスト
東海道新幹線でワゴンによる車内販売を担当していたパーサー 写真提供:JR東海

主に3つの理由でワゴンによる車内販売は打ち切られる

 東京駅と新大阪駅とを結ぶ東海道新幹線で1964(昭和39)年10月1日以来実施されていたワゴンによる車内販売が2023(令和5)年10月31日限りで終了となった。「のぞみ」「ひかり」のグリーン車では翌11月1日から「東海道新幹線モバイルオーダーサービス」がスタートし、乗客自身のスマートフォンなどで注文すればパーサーが届けてくれる。だが、普通車ではこのようなサービスはなく、一部では落胆の声が上がった。

 東海道新幹線の列車の運行を担うのはJR東海である。同社は2023年8月8日に発表したニュースリリース「東海道新幹線の新しい車内サービスの展開について」で、ワゴンによる車内販売を取りやめる理由について次の3点を挙げた。

  1. 駅周辺店舗の品揃えの充実、飲食の車内への持ち込みの増加
  2. 静粛な車内環境を求めるご意見
  3. また将来にわたる労働力不足への対応等

 いま挙げた3点のうち、1が原因で車内販売の売り上げは減ったとは容易に想像できる。筆者が他誌に寄稿した拙記事でも触れたとおり、JR東海の説明を大まかにまとめると、2008(平成20)年度から2018(平成30)年度までの10年で東海道新幹線の旅客人キロ(旅客数×平均乗車距離)は増え、「のぞみ」停車駅の売店での売り上げも伸びたにもかかわらず、車内販売の売上高はほぼ半分にまで減少してしまったのだという。

 2番目の理由を補足すると、ワゴンによる車内販売を担当するパーサーやワゴンがやかましいのではない。こちらも他誌の拙記事に筆者が記したとおりであるが、これだけは言わせていただきたいので述べさせていただこう。ワゴンによる車内販売での騒音とは、乗客がパーサーを呼び止める音、そして乗客が注文したり金銭のやり取りを行う際に大多数が生じたものと言えるであろう。筆者も大きな物音を立てて周囲に迷惑をかけた覚えがあり、この場を借りておわびしたい。

 3番目の理由は人手不足の日本にあってワゴンによる車内販売を担当するパーサーがいずれ確保できなくなるからというものである。これは現代の日本が抱えている問題と合致していて納得する向きも多いであろう。

パーサーとはどのような人たちで、何人いて、どうやってなるのか

 今回、ワゴンによる車内販売が終了となったのを機に、パーサーとはどのような人たちで、どのようにして業務を遂行していたのかを振り返ってみたい。筆者は2010(平成22)年秋に当時東海道新幹線でワゴンによる車内販売を行っていたジェイアール東海パッセンジャーズサービス(以下JR-CP、現在のJR東海リテイリング・プラス)の担当者に会ってお話をうかがったことがある。以下の記述は2010年当時の様子である点を断ったうえで、ご覧いただきたい。

 JR-CPに所属するパーサーは約900人で、東京・名古屋・大阪の各支店に配置されていたという。2010年当時は「のぞみ」「ひかり」は全列車、「こだま」でも大多数の列車でワゴンによる車内販売は行われていた。1本の列車に乗務するパーサーの数はおおむね4人で、うち2人がワゴンでの車内販売を担う。残る2人はグリーン車での業務を担当していたそうだ。なお、2023年11月1日以降も乗務を続けるグリーン車のパーサーは車内販売のほか、車掌業務にも従事し、近年では車内のセキュリティー維持や異常時の対応も担う。パーサーというよりはスーパーバイザーと言ってよい。

 JR東海によると2010年度には1日平均で「のぞみ」188本、「ひかり」66本、「こだま」82本の計336本が運転されていたという。仮に336本すべての列車でワゴンによる車内販売を2人で担当し、グリーン車にも2人が担当と計4人が乗務していたとすると、336本×4人÷900人=1.5からパーサー1人平均1日に1.5本の列車で業務を行わなくてはならない。

 実際には900人のパーサー全員が一斉に出勤するのではない。交代で勤務し、何日連続して勤務するかは不明ながら、休日は連続して2日間取得できるのだという。となると、1日に業務を行う列車の本数はもう少し増える。JR-CPによると、最大で1日3本、つまり東京-新大阪間を1往復半していたのだそうで、2本、つまり1往復するのが平均的なところらしい。

 という次第で、今度はパーサー1人平均1日に2本の列車で業務するとしてパーサーが何人必要かを求めてみよう。336本×4人÷2本=672から672人となり、残り228人は休んでいてよい。とはいえ、恐らく昨今は常時900人ものパーサーを確保するのはとても無理で、たとえば700人程度であるとか、かなり苦しい状態であったに違いない。

 パーサーになるにはJR-CPに入社すればよいとはわかるが、どのようにしてワゴンによる車内販売ができるようになるのであろうか。JR-CPによれば、採用となった新入社員には1カ月ほどの研修を施すという。机上での座学はもちろん、新幹線の客室を模した部屋もあり、実際にワゴンを押しての練習も行うそうだ。続いて指導者に付いて実際に列車に乗務し、オン・ザ・ジョブ・トレーニング形式でワゴンによる車内販売の実際を学んでいく。

 パーサーの多くは女性である。JR-CPはパーサーの身だしなみに関してかなり細かく取り決めていた。髪を茶色などに染めてはだめで、そしてまとめるかネットに入れなくてはならない。化粧は華美ではならず、手袋や結婚指輪は避け、眼鏡もなるべくかけないようにと指導しているとのことだ。

知られざるワゴンによる車内販売の世界

 ワゴンによる車内販売は列車にワゴンや商品を積み込む作業から始まる。パーサー2人でワゴンによる車内販売を行う場合、積み込まれるワゴンも2台だ。商品はコンテナに取り分けられたもの2箱、あとは箱入りのものをいくつかで、それから売れ筋の商品であるコーヒーを詰めておくポット4、5本である。

 コーヒーはあらかじめポットに入っているのではなく、車内に設けられた車内販売準備室備え付けのコーヒーメーカーで点(た)てるのだという。ポットは大容量で何と3リットル入りである。コーヒー自体はポットのボタンを押せば注がれる仕組みで、満杯の状態でポットを含めて4kgにも達しようかという重いポットを持ち上げなくても済む。それでも大変な作業であることには変わりはない。ちなみに、コーヒーを入れる紙コップは表面に凹凸を付けたエンボス加工が施されている。これは単なる飾りではない。エンボス加工には熱を伝えにくくする効果があり、うっかり触れても火傷しないようにと配慮されているのだ。

 パーサーの体力は強靱だ。商品を満載したワゴンの重さはおよそ80kgもあり、防音構造となっているとはいえ、ワゴンを静かに押しながら車内を巡るのは至難の業である。

 東京-新大阪間をおおむね2時間30分で結ぶ「のぞみ」に乗務するとして、ワゴンを押している距離が一体どのくらいかが気になるであろう。JR-CPによると、2人のパーサーがワゴンによる車内販売を実施する場合、1号車から8号車までの8両と9号車から16号車までの8両という具合に分担し、1回の乗務で8両をおおむね3往復するのだという。東海道新幹線の車両の長さは1両25mあるから8両で200mとなり、この距離を3往復、つまり6回行き来するので1200m歩く。なお、2時間30分でパーサーが6回訪れると仮定すると、その間隔は25分に1回となる。

 車内の巡回方法にもコツがあるという。列車の先頭から後部に向かってワゴンを押していく際にはパーサーは乗客と向き合う形となる。この場合、窓側に座っている乗客を中心にアイコンタクトを取りながら、前に進むのだという。

東海道新幹線用の車両、N700系の普通車。パーサーが列車の先頭から後部に向かって進むとき、パーサーの視界は写真のとおりで、窓側に座っている人に注意しながら進むという。2007年5月23日 筆者撮影
東海道新幹線用の車両、N700系の普通車。パーサーが列車の先頭から後部に向かって進むとき、パーサーの視界は写真のとおりで、窓側に座っている人に注意しながら進むという。2007年5月23日 筆者撮影

 一方、列車の最後部から先頭に向かってワゴンを押していくと、パーサーは乗客の後方から近づく形となる。乗客はワゴンがやって来たことに気づきづらいので、心持ちゆっくりと歩き、特に背面に注意しながら進んでいくのだそうだ。

乗客の後方から近づいたときのパーサーの視界。いま通り過ぎたばかりの乗客からの注文に備えて背面に細心の注意を払っている。
乗客の後方から近づいたときのパーサーの視界。いま通り過ぎたばかりの乗客からの注文に備えて背面に細心の注意を払っている。写真:イメージマート

 JR-CPに教えてもらった話は尽きないが、そろそろまとめにしよう。最後に紹介したいのはパーサーの持ち物だ。いま乗務している列車が何時にどの駅に着くかを知るための時刻表、そして手帳はとても大切だそうだ。手帳には乗務前の打ち合わせ事項や売り上げ目標を記入するほか、東海道新幹線とJR西日本山陽新幹線とを直通する列車での乗務で、JR西日本系列の車内販売の担当会社との引き継ぎ事項も書き留めておくのだという。

 手帳への記入には筆記用具が欠かせない。実はパーサーは何本ものボールペンを携えている。具体的に言うと、ポケットには3本前後のボールペンを挿しているとのことで、車内販売を利用した人のなかには気づいた人も多いかもしれない。

 新幹線の車内はよく揺れ、ボールペンがすぐに書けなくなるから――。もっともらしい理由だが、残念ながら違う。乗客のなかにはパーサーに筆記用具を貸してほしいと頼む人が結構いて、いつでも貸せるようにと何本も携えていたのだという。昨今はスマートフォンが普及して電子メモを取りやすくなったので、状況も異なっているのかもしれない。ちなみに、ボールペンをワゴンで販売していればよいのにとだれもが思うのだが、なぜか商品には加えられていなかった。

 貸し出されたボールペンはほとんどが戻ってこなかったという。乗客もポールペンを返却しないつもりはなかったであろうが、パーサーに会えないうちに降りる駅が近づいてやむなくそのまま持ち帰ったという人が大多数であったらしい。もしも乗客とパーサーとが交流できるイベントが開催され、プレゼントを渡してよいとなったら、筆記用具を贈るとよいであろう。

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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