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長崎の路面電車はなぜ脱線したのか(追記・訂正あり)

梅原淳鉄道ジャーナリスト
公会堂前交差点の線路。写真左から右へと分かれる線路を通過中の電車が脱線した。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

※拙稿を2020年4月24日22時ごろに公開しましたところ、翌4月25日午前に長崎電気軌道から筆者(梅原淳)の記述の誤りの指摘、それから新しい事実の提示がなされました。誤りにつきましてはおわびして訂正いたします。早速拙稿を訂正し、4月25日午後に改めて公開することとしました。なお、今回の車両脱線事故の原因を究明する過程を示すという観点で、最初に公開したときの記述を横線で取り消したままで残し、補足した記述を太字で示しましたので、興味のある方はご参照いただければ幸いです。

過去に4回車両が脱線した場所で5回目の車両脱線事故が発生

 長崎県長崎市の中心部には、11.5キロメートルにわたって長崎電気軌道という鉄道会社が運行する路面電車が走っている。その長崎電気軌道の桜町(さくらまち)支線で2020年4月21日の15時15分ごろ、電車の脱線事故が起きた。長崎市桶屋町(おけやまち)の公会堂前交差点に設けられた線路の分岐器(ぶんぎき)、一般にいうポイントを右に分かれて進んでいた蛍茶屋(ほたるぢゃや)停留場発、赤迫(あかさこ)停留場行きとなる3号系統の電車が装着する後方の台車の車輪が線路から外れたのである。

 この電車に乗っていた乗客5人、運転士1人にけがをした人は出ていない。車両脱線事故を起こした電車は発進直後で時速10キロメートルにも満たない低速で走っていたことが幸いしたようだ。

 公会堂前交差点では2007年5月19日、同年5月24日、2015年10月11日、2016年6月2日と、実に4回もの車両脱線事故が起きている。事故を起こした電車は4回とも、今回と同じく諏訪神社停留場から市民会館(過去4回の事故当時は公会堂前)停留場へと向かおうと右に分かれて走っている最中であった。国土交通省の運輸安全委員会は4回の脱線事故を調査し、詳細は異なるものの、大まかには急カーブを曲がる際に左右の車輪のバランスが崩れてどちらかの車輪がせり上がり、クロッシングといって分岐器の途中に設けられた他のレールと交差する場所で車輪がレールからそれたと結論づけている。なぜクロッシングで脱線したかというと、この部分では多くの場合、車輪を通すためにレールに欠線部と呼ばれる切り欠きが設けられているからで、公会堂前交差点のクロッシングも例外ではない。

 今回を含めて13年間に5回の車両脱線事故という事態に伴い、再度車輪がバランスを崩したのかと思われた。しかし、今回の車両脱線事故の原因は違う。事故が起きたその日のうちに、長崎電気軌道は「分岐箇所の進路を選別する取扱いが不適切であったことが原因」と発表したからだ。そして、「レール、分岐器および信号等の設備に異常がないことは点検で確認」されたのだという。

 長崎電気軌道の言う不適切な取り扱いを行った当事者は脱線した電車の運転士である。これを受け、「運転士がポイントの切り替えを誤ったために車両が曲がりきれず」(2020年4月23日付け毎日新聞長崎版19ページ)であるとか、「脱線は、運転士がカーブ地点で車両後方の台車を誤って直進のレールに進めたのが原因」(同日付長崎新聞21ページ)などと報じられた。新聞の紙面は字数が限られているために事細かく伝えられない点には同情するが、長崎電気軌道の説明と併せて読んでも、大多数の読者はどのようにして電車が脱線したのか理解できなかったであろう。そこで、今回の事故に至った経緯をわかりやすく説明したい。

路面電車では基本的に電車の進路は運転士が切り替える

 説明に当たり、過去に公会堂前交差点で起きた車両脱線事故について運輸安全委員会が公表した報告書に掲載されていた写真や図を転載した。車両脱線事故では分岐器の構造そのものを示した図2も重要であると付け加えておこう。

 さて、説明前にもう一つ前提として挙げておきたいのは、路面電車では線路がこれから分かれる地点に設けられた分岐器の進路を、ほとんどのケースで電車の運転士が切り替えているという点だ。新幹線、それから普通鉄道といってJRの在来線や大手私鉄、地下鉄などの場合、このような分岐器での進路の切り替えは駅などに配属された信号扱いの担当者か、列車の進路などを一括して管理するコントロールセンターである指令所の担当者が行う。新幹線や普通鉄道での取り扱いは割合有名だが、路面電車の場合はまず知られていないと言ってよい。

 ちなみに、路面電車も1970年代前半ごろまでは信号を取り扱う担当者が交差点などにいて、分岐器の進路を切り替えていた。しかし、人件費を節減して経営を合理化するために各地で廃止となり、運転士が切り替える方式へと変えられている。例外もあり、広島市内を走る広島電鉄の路面電車の紙屋町(かみやちょう)、皆実町(みなみまち)6丁目、十日市町(とおかいちまち)の各交差点では車両が接近すると自動的に分岐器が切り替えられて進路が設定される仕組みが採用された。通過する電車の数が大変多いからで、電車の行き先に関する情報を、電車と交差点の受信器との間で無線を用いてやり取りさせることで分岐器を作動させる。

第一停止線、第二停止線と、電車は2回止まって公会堂前交差点を通過する

 それでは電車が脱線に至るまでの経緯を振り返ってみよう。まずは図1の左上をご覧いただきたい。図では名称や数値のいくつかが変更となったものの、概要に変わりはないので、訂正点はそのつど補足させていただきたい。

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2016年6月2日に起きた車両脱線事故の現場の状況を説明した写真。今回の事故も同じ方向に進んだ車両が脱線している。「RA2017-2 鉄道事故調査報告書」、「長崎電気軌道株式会社 桜町支線 諏訪神社前停留場~公会堂前停留場間車両脱線事故」、「写真1 事故現場の状況」、国土交通省運輸安全委員会、2017年3月30日、48ページ

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図1 2016年6月2日に起きた車両脱線事故の事故現場を描いた略図。この事故後、図中に「R20m」とあるカーブの半径は35メートルへと緩和されたため、一部の数値は現在と異なる。「RA2017-2 鉄道事故調査報告書」、「長崎電気軌道株式会社 桜町支線 諏訪神社前停留場~公会堂前停留場間車両脱線事故」、「付図3 事故現場の略図」、国土交通省運輸安全委員会、2017年3月30日、41ページ

 図1には諏訪神社前(現在の諏訪神社)停留場方からの電車が図の下側となる桜町停留場方へと進もうとしている電車が描かれている。注目していただきたいのは、電車の絵の近くに記された第一停止線、そして第二停止線だ。

 公会堂前交差点に差しかかった電車はまずは第一停止線で停車しなければならない。ここで運転士は図1で電車の上に描かれている進路選別表示機を確認する。この表示機は左側の「直」、右側の「曲」という表示が7秒間隔で交互に点灯する仕組みをもつ。「直」とは直進、「曲」とは右に曲がるという意味だ。

 運転士は電車を第一停止線で止め、進路選別表示機に電車を進ませたい方向が表示されるまで待つ。今回の電車の場合は「曲」である。目的の表示となったら、電車を発進させて9.2メートル先の第二停止線へと向かう。第一停止線と第二停止線との間の架線にはトロリーコンタクターといって、下向きの突起状のスイッチが設けられた。トロリーコンタクターは電車のパンタグラフが触れることでスイッチが入り、進路選別表示機に表示されていた方向に分岐器の進路を設定する。

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富山県高岡市の万葉線の架線に設けられたトロリーコンタクター。架線に併設された突起に電車のパンタグラフが触れるとスイッチが入る。(筆者撮影)

 図1のとおり、第二停止線は直進と分岐とを切り替える公会堂前(現在は市民会館)1号分岐器(以下1号分岐器)の1.5m手前と至近距離に設置された。運転士は第二停止線で再度電車を止め、分岐器が目的の方向に開通しているのを確かめる。そして、図1の右上に描かれた軌道信号機や交通信号機を見て、進行を意味する黄色の右矢印が示されたら公会堂交差点へと進入して右に分かれていく。

当初の予定を変え、対向する電車を先に通そうとするときの取り扱いは?

 事故当日、第二停止線を出発した電車は右に曲がろうとしたところ、交差点の信号機は停止を意味する赤色の×の表示に変わった。運転士は即座に電車を止め、信号機が進行を示すまで待っていたところ、ここで珍しい出来事が起きる。

 運転士から見てすぐ右の線路、図1では賑橋(にぎわいばし。現在はめがね橋)停留場方から諏訪神社停留場方へと蛍茶屋支線(下り線)を走る対向の電車がやって来たのだ。自動車用の信号機が進めを示す順序を考えると、対向の電車への進行の信号は事故を起こした電車よりも先に表示される。したがって、事故を起こした電車はまずは対向の電車とすれ違い、その後に右折可能という信号が示されてから発進する手はずを採ればよい。

 対向の電車の運転士も第一停止線、第二停止線と停止させ、図1の右側に描かれた2号分岐器を直進方向に切り替えた後に電車を動かす。 長崎電気軌道によると、2号分岐器の進路を直進に設定すると、1号分岐器の進路も同時に直進へと切り替えられるのだという。理由は少し考えればわかるかもしれない。このようなルールにしておかないと、蛍茶屋支線(下り線)を走る電車と、今回事故を起こした電車のように右に分かれて進む電車とが衝突する可能性が生じるからだ。  長崎電気軌道によると、2号分岐器の進路を直進に設定したい場合、1号分岐器の進路を直進に設定しない限り、蛍茶屋支線(下り線)を走る対向電車に直進可能という進行信号は示されない。複数の分岐器の操作や複数の信号機の表示に一定の順序やルールを設定して事故を防ぐ仕組みを連鎖(れんさ)という。新幹線や普通鉄道の連鎖では、2号分岐器の進路を直進に設定した際には1号分岐器も自動的に直進に進路を変えるのが普通だが、長崎電気軌道によると、公会堂前交差点ではこのような場合でも1号分岐器は自動的に進路を変えないのだという。

 ところで、電車が第二停止線まで到達してしまうと、もうこの先にはトロリーコンタクターはない。正確にはトロリーコンタクター自体はあるが、こちらは交差点を曲がり終えた付近に設けられており、「電車が交差点を曲がり終えたので、他の方向の電車に対して進行の信号を示してよい」という内容を伝えるためのものだ。となると、目的の方向とは異なる向きに分岐器が切り替えられたとき、それから今回のように何らかの事情で異なる向きに切り替えたいときにはお手上げとなる。このようなときはどうするかというと、運転士は電車を降りて交差点に設置された切換装置を操作して、分岐器の向きを変えるのだ。

運転士が分岐器の方向を正しく切り替えればよかったのだが……

 車両脱線事故を起こした電車の運転士は 、目の前の1号分岐器が直進方向に切り替えられるのを見て、切換装置に向かった――と言いたいが、実際にはそのような取り扱いを行っていない。  対向の電車を先に通すために切換装置を操作したのだが、その際の取り扱いを誤ったために今回の車両脱線事故を起こしてしまった。その理由を検証してみよう。

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図2 2007年5月24日 公会堂前1号分岐器の状況と、2007年5月24日に起きた車両脱線事故での車両の痕跡を示した図。さまざまな文字、数値が記されているなかで恐縮ながら、左側の「トングレール」、そして右側の「左クロッシング」に注目いただきたい。

「RA2008-7 鉄道事故調査報告書」、「長崎電気軌道株式会社 桜町支線 諏訪神社前停留場~公会堂前停留場間車両脱線事故」、「付図4 本件分岐器及び脱線の痕跡」、国土交通省運輸安全委員会、2008年7月25日、28ページ

 公会堂前交差点を右に曲がろうと第二停止線の先に停止していた電車の運転士は対向の電車を先に通そうとした。そして、交差点に設置された切換装置のもとに赴いて1号分岐器の進路を直進に設定した。先述のとおり、このように取り扱わないと対向の電車に対して進行の信号が示されないからだ。ところが、対向の電車は直進してこない。長崎電気軌道によると、第二停止線から発進した電車は停止するまでに少なくとも1.5mは走ってしまい、図2にあるとおり、分岐器のなかで実際に作動して進路を変える部分となるトングレールに電車のうち前側の台車の車輪が載っていたそうだ。 恐らくトングレールには、事故を起こした電車の先頭の車体に装着された台車のうち、前方の車輪のほんの一部が載っていたと思われる。仮に先頭の車体の台車の前後2輪が載っていたとなると、電車は右に曲がり始めていて、車体の先端は蛍茶屋支線(下り線)の線路を支障する位置までせり出していたはずであるからだ。  この結果、右折しようとしていた電車はすでに車体の一部が右を向き、車体の先端は対向の電車が走る蛍茶屋支線(下り線)の線路を支障する位置までせり出していたのである。

 そこで、再度方針を変えることとして、当初の予定どおり、右に曲がる電車を先に出発させ、その後対向の電車が直進する取り扱いとした。右に曲がろうとしていた電車の運転士は再び電車を降りて切換装置に向かい、分岐器の進路を分岐方向に設定し直す。ところが、長崎電気軌道によると、このとき運転士は誤って分岐方向ではなく、直進方向に設定してしまったという。このときなぜ運転士は一番肝心な操作を誤ってしまったのか。筆者は切換装置のスイッチの配置を確認していないので何ともいえないものの、不可解ではある。この時点で電車に遅れが生じていたために慌ててしまったのかもしれない

 車輪がトングレールに載っていることもあり、運転士が1号分岐器を見ると、進路はトロリーコンタクターで変えたとおりの分岐方向に設定されている。運転士はこの状態を見て、交差点の切換装置を操作し忘れたのか、または切換装置を操作する必要はないと判断してそのまま電車を発進させたようだ。

 切換装置によって分岐器の進路は直進に設定されたが、右に曲がろうとしていた電車の前側の台車の車輪はすでに分岐方向に設定されていたトングレールの上に載っていたので、少なくとも前側の台車だけは分岐器を分岐方向に通過できる。

 ところが、電車の前側の台車が通過すれば押さえつけていたものがなくなるので、トングレールは直進方向へと戻っていく。戻るまでに後ろ側の台車が通ることができれば脱線しなかったかもしれないが、今回車両脱線事故を起こした電車の前側の台車の後輪から後ろ側の台車の前輪までの間は6メートル余り離れていて、いっぽうでトングレールが作動を終わるまでの時間は1秒余りだ。電車の加速度は0.69m/s^2(2.5km/h/s)、制限速度は時速10キロメートルであったと考えると、6メートル走行するには4秒余りを要する。つまり、後ろ側の台車が通るころには分岐器は直進方向に開通しており、この電車の前後の台車は前側が分岐方向、後ろ側が直進方向と泣き別れる形となり、そのまま進み続けた結果、後ろの台車の車輪が脱線したのだ。

 結論を述べると、長崎電気軌道の言うとおり、今回の車両脱線事故は運転士が交差点の切換装置を 操作して  正しく取り扱っていれば防げたはずで、基本動作を怠った点には弁解の余地はない。ないけれども、人間である以上、残念ながらミスを絶無にすることは不可能だ。したがって、運転士のミスをバックアップするフェールセーフの機構が存在しない点は疑問に感じられる。分岐器の状態を検知して運転士に警告音で知らせるといった装置でも導入されていればよいのだが、路面電車の事業者は各社厳しい経営環境に置かれているし、路面電車を監督する立場の国土交通省側も「路面電車は運転士の注意力だけにほぼ頼り切って運転するのが当然」という見方を変えない限り、路面電車の変革は難しいのかもしれない。

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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