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ALFA-X、東京~札幌間を時速360kmで走破することを目標とした新幹線の車両

梅原淳鉄道ジャーナリスト
次世代の新幹線ALFA-X。流線形部分の長さは22mだ(写真:読売新聞/アフロ)

新幹線をリードするJR東日本、JR東海から送り出された画期的な新車

 新幹線の列車を運行しているJRの旅客会社は北からJR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR九州の5社で、2019年4月1日現在で合わせて5227両の車両を保有している。車両数はJR東海が最も多くて2135両、次いでJR西日本の1499両、JR東日本の1417両、JR九州の136両、JR北海道の40両と続く。

 いま挙げた5社のうち、新たな車両の開発を熱心に行っているのはJR東日本、JR東海の2社だ。主な理由としては、JR東日本はフル規格に加えてミニ新幹線と多彩な種類の新幹線に対応した車両が必要とされるから、JR東海は東海道新幹線という1日約47万人が利用する大動脈での輸送効率をさらに高めようとしているからである。両社とも開発した車両をベースにして将来の輸出に備えている点も付け加えておこう。

 新幹線の車両の開発をリードするJR東日本、JR東海の両社は2018年から2019年にかけて相次いで新たなタイプの車両をデビューさせた。2019年5月に登場したJR東日本のALFA-X、2018年3月に登場したJR東海のN700Sだ。いまのところ、どちらもテスト走行に用いられており、通常の営業運転には従事していないだけに謎の多い車両でもある。これらの車両はどのような特徴を備えているのか。前編と後編とに分けてまずはALFA-Xから紹介しよう。

ALFA-X

東京~札幌間を4時間台で結ぶために……

 JR東日本によると、ALFA-Xは次世代の新幹線の車両を開発するためのベースとしてつくられたテスト専用の車両で、「安全性・安定性」「快適性」「環境性能」「メンテナンス性」の4点を向上させることをコンセプトとしているという。ALFA-Xという名も、「最先端の実験を行うための先進的な実験室(車)」を意味する「Advanced Labs for Frontline Activity in rail eXperimentation」から取られている点から、新技術をふんだんに導入した車両だと想像される。しかしながら、一般向けにALFA-Xの特徴を一言で示すと、東京駅と札幌駅との間を高速で結ぶことを目的とした車両と言ったほうがわかりやすい。

 新青森~新函館北斗間が開業済みの北海道新幹線では、新函館北斗~札幌間の211.4kmが2032年春の開業を目指してただいま建設中だ。この区間の開業で東北新幹線東京~新青森間と合わせて東京~札幌間の1035.2km(実際の距離)が1本の新幹線で結ばれる。関東地方と札幌市を含む道央との間を2017年度に移動した人の数は1119万人(1日平均約3万700人)で、うち98.7パーセントに相当する1104万人(同約3万300人)は航空が独占していて、新幹線を含めた鉄道は15万人(同約400人)と輸送シェアは1.3パーセントにすぎない。

 現状の「はやぶさ」に用いられているJR東日本のE5系、JR北海道のH5系という車両の最高速度は時速320kmで、このままでは東京~札幌間の到達時間は5時間余りと推測される。これでは航空との競争で不利となるだけでなく、莫大な建設費の多くを負担した国民にとっても面白くない。ALFA-Xには東京~札幌間をできる限り短時間で結び、北海道新幹線を有効に活用するという使命が与えられているのだ。

 東北・北海道新幹線の東京~札幌間は東京~宇都宮間や青函トンネルとその周囲を除くと、宇都宮~盛岡間は時速320km、盛岡~札幌間は時速360kmという最高速度でそれぞれ走ることができる。ALFA-Xは試験中に時速400kmで走行可能な動力性能を備えているので、ただスピードを出して運転するだけなら問題はない。現在、最速の「はやぶさ」の停車時間を含めた平均速度は時速208kmだ。この速度を時速230kmにまで引き上げられれば東京~札幌間は4時間30分、時速250kmであれば4時間10分程度で結べるようになり、航空にとって強力なライバルとなり得る。

車両の揺れを抑えるための新機軸

 とはいえ、最高速度時速360kmでの営業運転には課題が多い。利用者にとって最も身近な点から挙げていくと、速度が向上するほど大きくなる車両の揺れが問題となってしまう。

 車両に対して左右方向の動揺は、いまでもアクティブサスペンションといって、揺れを感知したら油圧やモーターの力で打ち消す装置が走行装置である台車と車体との間に取り付けられ、効果を発揮している。しかし、線路の勾配が変わるところなどで生じる上下方向の動揺に対してはほとんど対策が取られていなかったと言ってよく、不快な重力加速度を感じる機会も多い。ALFA-Xのアクティブサスペンションは左右方向だけでなく、上下方向の動揺も低減が可能となる。なお、具体的な仕組みは明らかにされていないが、腰掛にも振動を抑えるための機構が導入されるという。

航空機のスポイラーで空気抵抗を受け、電磁石でレールを吸引してブレーキ距離を縮める

 非常時に時速360kmから急停止させる際、できれば時速320kmで非常ブレーキを作動させたときと同じ4000m程度のブレーキ距離で止めたい。今日すべての新幹線の車両は非常時にディスクブレーキだけを用いて停止している。本来であれば、通常用いている電力回生ブレーキ方式のほうが強力で、摩擦力に頼らないので効き目も一定で都合がよいのだが、非常時には使用できない。大地震で列車を急停止させる際に架線を停電させている関係で、電力回生ブレーキ方式ではモーターが発電した電気を流す場所が失われているからだ。

 ALFA-Xではディスクブレーキの改良はもちろん、屋根上には航空機のスポイラー状の金属板、台車には強力な電磁石がそれぞれ新たに設置された。屋根上の金属板は普段は水平な状態で格納されており、車両を止めようとするとほぼ垂直に立ち上がる。このときに受ける大きな空気抵抗で車両を止めようとする仕組みをもつ。

 いっぽう、台車に装着された電磁石は、ブレーキを作動させるとレールを引きつけようと働き、車両の速度を下げていく。なお、どちらのブレーキも原理としては新しいものではない。屋根上の金属板はJR東日本が2005年に試作したFASTECHという新幹線の試験車両に、台車に装着された電磁石は国鉄時代の1969年に試作された951形というやはり新幹線の試験車両でそれぞれテストされた。

パンタグラフやディスクブレーキの形状の変化と、限りなく細かい騒音対策

 時速360kmでは車両の走行によって生じる騒音も問題だ。国の基準では、新幹線の車両の騒音値は住宅地で70デシベル以下、住宅地以外の人が住む場所で75デシベル以下としなければならない。これまで数々の新機軸が採用されてきた結果、いまや一つの方策で劇的に騒音が低減されることはない。したがって、ALFA-Xにも端から見ると細かすぎると受け止められる改良が施された。

 騒音低減のための新方策は屋根上に装着された電力採り入れ用のパンタグラフ、それから車軸に装着されたディスクブレーキ用のディスクに導入された。パンタグラフは根本のカバーにヒンジを内蔵したもの、それからカバー自体の形状に工夫を加えたものの2種類を比較して風を切る音の大きさを検討するという。ブレーキディスクは平板なものでは騒音を発生させてしまうため、ヒレ状のフィンを取り付けて空気をうまく逃がし、空力音を低減させる仕組みが採り入れられた。

 10両編成を組むALFA-Xは両端の先頭車の流線形部分の形状が異なる。一方は26m程度の長さの車体に対して流線形部分の長さを思い切って22m確保したもの、もう一方は26m程度の車体中、16mとE5系などとほぼ同じ長さの流線形としたものだ。流線形部分は長ければ長いほどトンネルに進入する際の衝撃が緩和され、騒音も小さくなる。

 したがって、長さ22mの流線形のほうが明らかに優れていると考えられるが、これでは客室が極端に狭くなってしまう。その反面、流線形の長さが16mの先頭車は、客室スペースを確保したうえで、可能な限り衝撃音を抑えようといういわば妥協の産物とも言える。2種類が試作されたということは、時速360kmで車両を実際に走らせてみなければ衝撃音がどの程度かわからないからであり、今後のテストで結果は明らかになるであろう。

マイナス30度でも時速360kmで走行できるのは世界でもALFA-Xだけ

 ALFA-Xの特徴について、一般向けに最も訴求力が大きいと思われる内容は、マイナス30度でも時速360kmで走行できるというものではないであろうか。実はこの特徴は国内に限らず、世界を見渡してもALFA-Xに肩を並べうる車両は存在しない。と、大変画期的な特徴ながら、JR東日本の新幹線の車両は東北地方などの寒冷地で鍛えられてきたため、すでに各車両とも強固な耐寒、耐雪構造を備えている。先ほどの騒音対策と似ていて、北海道特有の気候に対応させるべく細かな改良が加えられた。

 極低温への対策として、モーターの出力を車軸に伝える歯車群の潤滑に用いる油は、現行の鉱物油グループI品ではマイナス30度の状態での潤滑が不十分となるため、新たに開発されたグループIIIの鉱物油が採用となっている。こちらはマイナス40度でも潤滑性能は失われないという。

 車体や機器、とりわけ最も重要な装置である走行装置の台車に北海道特有のパウダースノーが大量に付着すると、モーターや車輪、車軸といった台車に装着されている機器や部品の作動に支障を来しやすい。そこで、台車に雪が吹き込まないよう、台車の前後に設けられたカバーの下端に角度を付けて雪の混じった空気の流れを変える試みが採用された。

 モーターの冷却や換気用の空気にもパウダースノーが混じると機器が故障しやすくなる。JR東日本は明言してはいないものの、これらの外気取り入れ口には遠心分離で雪を取り除くサイクロン式が導入されたと考えられる。なお、換気装置の外気取り入れ口について、従来は侵入するほこり対策として不織布のフィルターでシャットアウトしていたが、最近になってサイクロン式でほこりを取り除く方法への変更が既存の車両で実施された。サイクロン式は空気中からパウダースノーを取り除く効果も高く、実際にJR北海道が所有する在来線用の電車すべてに採用されているので、ALFA-Xにも導入される公算は高い。

 酷寒地での走行で利用者に直接関係するものとしては車内の温度だ。月並みな解決策ながら、JR東日本はマイナス30度の外気温に対応させるべく暖房性能を向上させた。詳細な仕様はこちらも明らかにされていない。現状と同じく電気ヒーターで暖められた空気を空調装置で車内に送るという仕組みはそのままで、電気ヒーターの出力を高めたと考えられる。

 以上がJR東日本のALFA-Xのもつ特徴だ。次回はJR東海のN700Sについて取り上げたい。

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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