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「キセル乗車を助けて逮捕」からうかがえるJR東海の執念

梅原淳鉄道ジャーナリスト
JR東海 東海道新幹線の東京駅の改札口には自動改札機がずらりと並ぶ。(ペイレスイメージズ/アフロ)

降車駅で入場券を手渡す――キセル乗車を助ける手口とは

 乗車駅付近、降車駅付近のそれぞれだけで使用できるきっぷを持ち、途中の区間の運賃・料金を支払わないで列車や車両に乗車する行為をキセル乗車という。刻みタバコを吸う道具であるキセルは両端が金属、途中が竹でできている物が多い。ここから、金属を金(かね)、つまり運賃や料金ととらえて生まれた言葉だ。

 去る2017年11月24日に東海道・山陽新幹線で起きたキセル乗車事件は報道各社によって大きく報じられたので、ご存じの方も多いかもしれない。あらましは次のとおりだ。

 JR東海 東海道新幹線の東京駅の改札口で2017年9月17日、同駅の入場券2枚を自動改札機に通してホームに向かおうとした私立大3年の男子学生に気づいた同社の駅員が警察に通報した。男子学生が携えていた入場券のうち1枚は、JR西日本山陽新幹線の岡山駅から東海道・山陽新幹線の列車に乗車して東京駅に到着した会社員の男性に渡すために用意されたもの。会社員の男性は岡山駅の改札口を入場券で通過し、本来であれば必要な岡山駅から東京駅までの間の運賃・料金を支払わず、東京駅では男子学生から受け取った入場券を利用して改札口を出ようとしたという。

 男子学生、そして会社員の男性は駆けつけた警察官に連行されたと推察されるものの、詳細はわからない。判明しているのは男子学生は11月22日付けで警視庁保安課に逮捕されたという点、それから会社員の男性は警視庁保安課によって11月24日付けで鉄道営業法違反で書類送検となったという点である。なお、東京地方検察庁に身柄を送検された男子学生は11月24日午後、処分保留で釈放された。

入場券を手渡した者がより悪質と見なされた理由とは

 キセル乗車を完遂させるには降車駅付近だけで使用できるきっぷをどのようにして手に入れるかが鍵となる。かつては普段通勤や通学に用いている定期乗車券を悪用する方法が多かったけれども、自動改札機の普及によって廃れた。きっぷに記された乗車駅で入場した記録のないきっぷに対して降車駅の自動改札機を通過できなくなる仕組みが採用され、乗車した経路に基づいて精算しなければ改札口を出ることができなくなったからである。

 今回のキセル乗車事件では、自動改札機に2枚の入場券を挿入して通ることができた点に注目が集まった。新幹線に乗るには乗車券と特急券とが必要で、列車を乗り継いだとするときっぷが3枚以上となるケースも多い。こうした旅客のために自動改札機は一度に複数枚のきっぷを入れても処理を行えるようになっている。筆者は試したことはないが、乗車券や特急券と一緒に入場券を挿入すればエラーとなって通ることはできないであろう。ところが、2枚の入場券ならば大丈夫であったというのは盲点だ。親子が同時に通るといったケースを想定していたのかもしれない。

 ともあれ、自動改札機のおかげでキセル乗車はほぼ根絶できたにもかかわらず、入場券を手渡しするという方法で大胆にも自動改札機をすり抜ける人物が現れた。しかも、鉄道による運送上の取り決めを定めた鉄道営業法上ではこうした者に処罰を与えることはできず、JR東海の旅客営業規則上でも、正規のきっぷ代に加えてその2倍の金額の増運賃や増料金を徴収することはできない。かような背景を知るJR東海はさぞや苦々しく感じたはずだ。今回の事件を振り返ると、キセル乗車を行った者よりも、東京駅で入場券を手渡した者のほうがより悪質と見なされた点に気づく。この事実だけでも、何とかして社会的な制裁を加えなければならないと考えた同社の執念がうかがえる。

キセル乗車が発覚した経緯を推理

 ここで問題となるのは今回のキセル乗車が発覚した経緯だ。男子学生が自動改札機に2枚の入場券を挿入した際になぜ駅員は警察に通報したのであろうか。筆者は関係するJR東海、JR西日本、警視庁保安課に問い合わせたものの、三者とも捜査上の秘密を理由に答えられないとの返事が寄せられた。

 なお、JR東海からはいま挙げた質問とは別の疑問への回答を得ている。それは、男子学生が通ろうとしたのは同社の改札口であり、警察に通報した駅員も同社の社員であるという内容だ。蛇足ながら、JRの東京駅というと、東北・上越・北陸・山形・秋田新幹線や東海道線などの在来線の列車を運行するJR東日本も改札口を設置しており、ここから乗換口を経由して東海道新幹線のホームにアクセスできる。発覚のリスクを極力抑えるため、キセル乗車を行った会社員の男性に一度だけの改札で会えるよう、男子学生はJR東海が設置した改札口から入ったようだ。

 男子学生は警視庁保安課の取り調べに対し、9月17日と同様の行為によって150回ほどキセル乗車を助けたと供述したという。したがって、同日に入場券の手渡しに失敗するまでは、JR東海の東京駅などの自動改札機に2枚以上の入場券を同時に挿入しても通過できたとうかがえる。この日の状況は不明ながら、恐らくは自動改札機がエラーを表示してゲートを閉じると同時に駅員が駆けつけたようだ。

 駅員は、9月17日に限ってなぜこの学生がキセル乗車を助けているとわかったのであろうか。過去に150回も繰り返していたのであれば手慣れたもので、改札口で不審な挙動を見せるとは考えづらい。となれば、2枚の入場券を挿入することをキセル乗車を助けるための行為とJR東海は認識していたと考えられる。

 ここからは読みやすくするために断定形で記したい。あくまでも筆者の推理である。

 JR東海はある時点から、東京駅の改札口を2枚以上の入場券で入り、1枚の入場券で出て行く人物の存在に気づく。改札口に設置した防犯カメラの映像を確かめた結果、男子学生の姿が何度も記録されていた。

 いっぽうで残りの入場券を別の人物が使用し、東京駅の改札口を出て行くこともJR東海は把握する。改札口で記録された防犯カメラの映像はあれど、別の人物がどの駅から乗車したかを探る作業は難しい。東海道新幹線は改札口を通ることなく山陽新幹線、JR九州の九州新幹線、JR西日本博多南線と直通可能だ。この結果、同じ日に記録された各駅の改札口の映像といっても東京-鹿児島中央間、博多-博多南間に設けられた47駅分を調べる必要が生じる。車内に設置されている防犯カメラの映像といっても列車の本数は東海道新幹線だけで1日300本ほどあり、しかも1本の列車に連結されている車両の数は16両で、数の最も多いN700系という車両には1両につき少なくとも7台は設置されているから、膨大な量の映像から探さなくてはならない。

 別の人物がキセル乗車を行っているという前提のもと、きっぷから当たっていくと捜索の効率は高まる。まずはいま挙げた47駅の改札口を通ったきっぷのうち、どの駅の改札口からも出ずに未回収となっているきっぷを探す。次に、いま挙げたケースに該当するきっぷを携えた人たちを記録した改札口の防犯カメラの映像と、東京駅で記録された映像とを比べて同じ人物かどうかを突き合わせる。捜索の結果、該当する人物の存在が確認されれば、男子学生が渡した入場券を携えて東京駅の改札口を出た者がキセル乗車を行ったと断定してよい。

 何度も繰り返したとの男子学生の供述どおり、JR東海も複数回の行為が実行されていた事実をつかんだ。同社は男子学生を要注意人物と定め、各駅の駅員には映像を見せて顔を覚えさせ、複数枚の入場券を挿入して改札口を通ろうとしたら即刻警察に通報するようにと指示を出す。同時に、複数枚の入場券を投入したらエラーを表示してゲートを閉じるよう、自動改札機にも改良を施した。そして、案の定9月17日にやって来て御用となったという次第だ。

 いままでの経緯から、今日ではキセル乗車やその手助けは過去にさかのぼって追及されることが理解できたであろう。そう、キセル乗車は一時の利益は得られても最終的には損をするのである。

 最後に、キセル乗車を含めた不正な乗車に対するJR東海の考え方を引用させていただきたい。引用元は『新幹線の30年--その成長の軌跡』東海旅客鉄道株式会社新幹線鉄道事業本部、1995年2月、374ページ。自動改札機が導入されるよりも前に有人の改札口で実施された取り組みを紹介する内容だ。この文章を読むと、キセル乗車の撲滅はJR東海の収益を上げるためだけでなく、旅客サービスの向上の一環でもあることがわかる。

「あとを絶たない不正乗車を防止するため、平成元(1989)年10月5日、新幹線東京・新横浜の両駅で、改札に際しての入鋏(筆者注、にゅうきょう。改札を受けたことの証明のため、駅員がきっぷにはさみを入れる行為を指す)を従来の鋏(はさみ)によるものに替えて、スタンプ方式を採用し試行を開始した。

 当社の主力商品である新幹線を大切に販売するためにも、あるいは乗客の間での取り扱いの公平を期するためにも、不正乗車を根絶していこうと導入に踏み切った本方式では、スタンプに日付を表示することにより、不正乗車防止に効果があり、平成2(1990)年4月16日から、印影の外部形状、インキ仕様等に改良を加えたうえで、新幹線の全駅に導入した。」

出典:『新幹線の30年--その成長の軌跡』東海旅客鉄道株式会社新幹線鉄道事業本部、1995年2月、374ページ

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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