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大企業のM&A、ガバナンス構築は意外に自治体経営に学ぶ点が多い

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
出典 エストニア政府

 「行政は企業経営に学べ」と長らく言われてきた。確かにお役所仕事は非効率で企業経営者が見るといらいらする場面が多い。私もずっとそう思ってきた。いや「官から民へ」「できる限り民営化しよう」とこの20年、言い続けてきた。

 だが最近、逆かもしれないと思う場面が増えつつある。たとえば不祥事対応、コーポレートガバナンス、各地で進む自治体と企業の提携、業務委託や民営化(空港、学校、公園など)、IT人材の副業制度の導入、全国規模の人材公募などで自治体や各省庁の動きが早く、ダイナミックになってきた。背景には、民間企業での勤務経験のある首長や議員、職員が増えたこと、そして女性幹部が増えてきたことがあると思う。今どきの行政機関では部課長の3,4割は女性だ。若手になるとほぼ均等でダーバーシティという意味では行政機関は最先端をいっている。特に地方の自治体では地元の優秀な女性が多数、地元に残って就職する。彼女たちが部課長になった瞬間、仕事のやり方が急に柔軟になったりする。その意味では女性参画のおかげで行政改革が進んだのかもしれない。ともあれ、それほどかつての「お役所仕事」のイメージは変わってきている。

〇公的機関の改革:外部を巻き込む改革が増えている

 私が企業が行政機関に特に学ぶべきだと思う点は、組織外のステークホルダーとの関係構築のやり方だ。行政の仕事は企業のように内部完結しない。そもそも議会との関係があるし、その中も各会派、中央政党、個々の議員の利害が多層にわたって対立し複雑だ。そして行政機関は国と都道府県と市町村の三層構造のなかにあり独立しきれていない。中央省庁も一枚岩でなく省庁は縦割りだ。しかし予算をめぐっては財務省や総務省(自治体の場合)との関係構築が必要で、もちろん司令塔としての官邸や自民党への目配りも欠かせない。要は行政機関は極めて複雑な業界なのだ。

 さらに行政機関は、企業よりもはるかに外部に対してオープンだ。納税者、サービス利用者としての住民との関係が密接な上に、マスコミが厳しく監視する。

 自治体、特に市町村の場合は隣接する市町村とも仲良くやる必要がある。時には共同事業を営み(ゴミ処理、水道など)、事務組合を結成する。そして業務の多くは民間企業に業務委託をする。このように行政機関の経営は組織の内部管理よりも外部のステークホルダーとの関係構築が大切で、最近は財政危機や民営化の流れも相まってますますそれが中心課題になっている。

○公的機関の改革の例:外部との関係をテコに改革を進める

 こうした構造を前提に、行政改革でも必然的に外の力を借りることになる。例えば筆者が特別顧問として参画した大阪府と大阪市の橋下改革の場合、(筆者自身も「外の力」のひとつだがそれはさておき)、情報公開を徹底して、良い話も良くない話もどんどん外部に発信して住民やメディアからの外圧を利用した。

 中央政府とのしがらみを断ち切って財政的自立を促し、「大阪都構想」を打ち出し護送船団方式の“自治体業界”の枠組みや政令指定都市制度といった全国一律の制度の刷新を促した。

 大阪府に限らず、行政機関の改革は元来は市場競争にさらされずスピードが遅い。それを意識し維新改革では制度改革をぶちあげた。とりわけ「大阪都構想」は大玉でいわば敵対的M&Aにも似た“外科手術”だった。結果的に住民投票では可決されなかったがそれを掲げることで市営地下鉄の民営化や府立と市立の大学や各種研究所、信用保証協会の統合などが進んだ。

 大阪府に限らず、最近の行政機関はおしなべて外部の力を使った改革がうまい。官僚たちは目立たないうちに、外圧を理由に組織と予算の流れを徐々に変えてきている。企業経営者はそうしたしたたかな手法に学ぶべきだろう。

〇日本企業の改革の行き詰まり

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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