「大阪都構想2.0」を考える(その2 今更の問題提起):都市制度の見直しに住民投票は必須とすべきか?

大阪市役所(筆者所蔵写真)

 タイトルを見て「ゴールポストを動かすのか?」とお怒りの方がおられるかもしれない。いや、2度も住民投票で否定された当初の都構想はそのまま復活させることは困難だろう。しかし都構想を必要とする大都市大阪の状況は変わらない。代替案、つまり「都構想2.0」が必要だ。それを考える上ではやはり大都市法が求める「住民投票」というハードルの意味とその高さ(厳しさ)については総括しておかねばならない。

 というのは政令指定都市への指定は、事実上総務官僚の裁量によって閣議決定であっさり決まる。要は陳情だ。だが離脱の際には法律の定めによって極めて”民主的”な住民投票という高いハードルが設けられる。これはあまりにもアンフェア、いやもしかしたら違憲ではないか?法理論的な検証が必要だろう。

 それはさておき、まずは11月1日の住民投票を経て筆者が感じたことを整理してみたい。まず前回(12月31日有料版)は11月1日の住民投票の結果の総括【1】として「維新の”現実(バーチャル大阪都)”が維新の”理想(都構想の実現)”を妨げた」ーーつまり、この10年間に知事と市長の連携と改革があまりにうまくいったため皮肉にも市民は府市対立の弊害を忘れ、都構想に反対してしまったーーという見方を紹介した。住民投票については実はほかにも残念な発見があと7つある。いずれも泣き言かもしれない。だが今回はこれらを紹介しておきたい。

〇住民投票の総括【2】都市の将来像なしで単に「市役所廃止」の是非を問われイメージがわかず、ワクワクしなかった

 選挙は通常、将来ビジョンを掲げる候補者、つまり「人物」に投票する。ところが今回は「人物」ではなく「自治制度」への賛否を問うた。しかも大阪の将来像や政策など前向きの話は抜き。単に「大阪市役所の廃止と特別区の設置の是非」のみを住民に聞いた。しかし普通の有権者は「大阪市役所を廃止した後、誰が為政者になり、どういう都市ビジョンを実現するか」が気になる。ところが大都市法は「本当に廃止してもいいのか」だけを住民に問うことを求める。「法に基づく住民投票では必要最低限のことを問う」というのはわが国の法の常識だが、本件の場合、住民心理を無視した唐突な問いかけとなってしまったのは残念だ。

〇住民投票の総括【3】制度改革をするかしないかだけを迫ったため、現状維持バイアスに阻まれた

 マスコミ各社の事前調査では、賛成が反対をやや上回っていた。だが投票日が近づくにつれ、反対票が漸増した。いわゆる「現状維持バイアス」心理が作用したと思われる。

 人間は契約の解約、転職、離婚、などを予定していても、いざ実行となると迷いがちだ。今までの現実と訣別し、未知の世界に飛び込むには勇気とエネルギーがいる。だからDVを受けながらも配偶者と一緒の暮らしを続ける人が絶えない。「未知の世界に行くよりも現状のままのほうが安全かもしれない」という心理が現状維持バイアスだ。

 加えて今回は、投票日が近付くにつれ反対派がしきりに「大阪市役所がなくなってもいいのか」「大阪はだんだん良くなっている。このままでもなんとかなる」といったビラやチラシを配り、街頭でもキャンペーンを展開し、ますます不安心理をかきたてた。

 女性と高齢者を中心に反対が多かったのも現状維持バイアスによるものだろう。

 住民投票では、ふだん地方自治制度になじみのない方々に、いきなり「現状維持か大阪市役所廃止か」を問うた。今の市役所のあり方に義憤や疑問を覚えている人は別として、多くの方々が「ホントに廃止してもいいかしら」とひるんだのは想像に難くない。しかも府議会と市議会での議決を経た最終案だけが住民に提示された。

 投票のテーマも「大阪市役所の廃止と特別区の設置について」だった。「廃止」の二文字は強烈だ。まるで「本当に大阪市役所を廃止してもいいのですか。あとでもう絶対にノーとは言えないんですよ。大丈夫なんですか」とダメ押しで迫るようなテーマ設定だった。他地域の政治家からは「それでも半数近くの方が賛成というのはすごい。よく頑張ったね」と慰めの言葉をいただいたが、結局は負けた。現状維持バイアスの威力は侮れない。

〇住民投票の総括【4】議会で議決済みの案を最後に住民に見せ、賛否を迫るのは冷たい官僚主義ではないか

 民主主義は最終的に多数決でことを決する仕組みだ。大都市法もそれを前提に住民投票を求める。だから所詮は住民にはイエスかノーか迫る。だが住民の多くは普段は地方自治についてほとんど考える機会がない。自信をもって判断できない人、不安に駆られる人が続出したのは想像に難くない。

 その意味では、大都市法は民主主義にはのっとっているが実はあまり”民主的”ではない。本来は「熟議」のようなプロセスを踏み、住民集会で「今のままでいいですか」「制度を変えるとしたらこういう多様な選択肢がありえます」「それぞれのメリット、デメリットはこうです」といった討議を重ね、そのうえで住民代表を選び、彼らも交えて議会で公開討議をし、そこで決を採るといったやり方があったのではないか(裁判員制度のように)。

〇住民が熟議をするべき

 「都構想」とは大都市の将来ビジョンから出てくる制度変更である。本来は、

(1)将来の大阪はどういう町にしたいか、

(2)(1)の実現のために大阪府を東京に倣って都区制度上の「都」にしてよいか(ゆくゆくは名称も「大阪都」にしてよいか)

(3)その場合、あわせて大阪市は政令指定都市を返上し、さらに合区、つまり分割再編して4つの特別区に分割してみたらどうか

(4)その結果、大阪市役所は廃止されるが、念のため。以上の流れで納得できるか、と住民に熟議を求めるべきだった。

 もちろん時間はかかるし方法論は考えなければならないが熟議には内外の多数の先例がある(原発問題、年金問題など)。時間がかかるという点については初回05年の場合も今回の場合も議会審議の過程で会派間の対立が消えず、結局、それぞれ3~5年かかった。今となっては結果論だがその間に住民が熟議するだけの時間はあった。

 そしてその過程で、もしかしたら「大阪市役所を残したまま8区に再編してそこに権限を渡す総合区制度」など複数の選択肢を洗い出し、それらに対する住民投票を行い、その結果と熟議の経過を参考資料として議会審議するというやり方もありえたのではないか。

 ところが先述のとおり、大都市法は議会で議決済みの案への賛否を最後の段階になって念押しで住民に聞くことのみを義務付ける。

 法定の住民投票という手続きは、直接民主主義を取り入れるという意味では確かに民主主義的だが実は住民に対しては一方的に選択を迫るだけであり、あまり優しくない。冷たい官僚主義、手続き優先主義でしかない。

 地方制度のあり方については、そもそも民意の問い方、制度案の内容、合意形成の仕方は各自治体の実態に合わせ、各地で自由に決めるべきだ。国が法律で規定するからこのような紋切り型、手続き優先の決定過程となる。国の法律で制度変更のやり方を全国一律的に決めるという大都市法の設計思想がそもそも時代遅れではないか(ちなみに後述のとおり市町村合併の場合、住民投票は法律上必須とされず、やり方も条例に委ねられる)。

〇住民投票の総括【5】府と市の統合だから本来は府民全体の住民投票にすべき

 市町村の合併の場合、当事者の両議会の議決だけで済み住民投票は不要だ。ところが府市統合の手続きを決める大都市法は府市両議会での議決を経たうえで大阪市民だけに住民投票を求める。これは奇妙だ。今まで大阪市役所が担っていた市内の広域行政の仕事を大阪府が担当する(引き継ぐ)ことを歓迎しない府民もいるかもしれないからだ。

 だから「政令市のことだから大阪市以外に住む大阪府民には関係ない」「大阪市から特別区への移行を迫られる大阪市の住民が不利益を被るかもしれない」という理由の元で大阪市民にのみ住民投票を求めるという理屈は無理がある。そもそも府議会には議決を求めているのだし。住民投票では少なくとも大阪府民の意思も確認すべきだろう。

〇住民投票の総括【6】そもそも住民投票は必要だったのか

 今回の住民投票は住民にとっては極めて難しい内容で、しかも府議会と市議会ですでに議決済みの最終案に対して賛否を迫るというかなりの”無茶振り”だった。住民はそもそも「政令指定都市」「広域行政」「特別区(反対語の行政区)」「合区」という4つの難しい概念を理解したうえでそれらを大阪府と大阪市の実態に当てはめ都区制度が機能する姿を想像しなければならない。

 大方の人にとってこの作業は日常生活とは縁が遠く、難しすぎる。仮に可決されていたとしても本当の理解を得て過半数が得られていたかどうか極めて疑わしい。逆に否決されても正しく理解された上で否決された方が大多数とも思えない。しかし、そんな難しい内容の住民投票を大都市法は過酷にも義務付けているのである。

 住民に対してあまりにも無慈悲、理不尽でないか。

 市町村合併の場合も住民投票はままある。しかしあくまで任意だし、水平合併の場合はまだ合併後の姿が想像がつきやすい。しかし府市の垂直の統合は誰も見たことがない。しかも政令指定都市だの特別区だの合区だのと日常の生活を超えた抽象概念が並ぶ。なぜ大都市法はここまでに制度変更に対して消極的(現状維持志向)なのか?

 筆者はこう推測する。

 市町村合併は、国・総務省が主導してきた。だから議会がやりたいと決めれば、さらに住民意思を問わなくても進めてよいとした。そこで住民投票はあくまで任意とした。しかし大阪都構想は、国ではなく自治体側、しかも自民党ではなく地域政党の維新から出てきた案である。都構想は国・総務省からすれば自分たちが言い出した案ではない。そもそも政令指定都市の廃止や府市統合には特に興味がなかった。あるいは維新が言い出したため妥当性を疑い、あるいは政権与党の自民党の意向を忖度し、住民にノーと言う機会を必ず与えよう、ハードルを高くしようと考えたのではないか。

 そもそも国・総務省は昔から大都市問題に関しては手薄だったしエキスパートも数多くない。大阪市役所も総務官僚の出向を受け入れてこなかった。国・総務省と大都市行政の現場からの遠さももしかしたら無茶で冷淡な制度設計になった要因のひとつかもしれない。

〇住民投票の総括【7】スピーディな合意形成を迫る法律にすべきだった

 都構想は提唱(2010年)から5年を経て一度目の住民投票にかけられた(大都市法の成立からは3年)。そこで否決された後、再び5年もかかってやっと住民投票にかけられた。しかも仮に今回可決されていたとしても移行は2025年とされていた。大都市制度の見直しは軽々しくやるべきではない。だが15年間もかける必要がないのは明らかだろう。

 大都市法で議会と住民の合意形成を求めるのならば、賛成派、反対派の双方に決定までの期限を定めるべきだろう。大都市を取り巻く環境はどんどん変わる。だからこそ制度を変える必要がある。ところが今の大都市法の規程にはスピードという概念はなく制度変更に多くの時間を要する法律となっている。第3者による審判や議会審議に期限を設けるなど時間短縮を促す規定を入れるべきではないか。

〇住民投票の総括【8】都道府県と市町村の役割分担に国は関与せず、各地域の自主性に任せるべき(官官規制の廃止)

 さらに深く考えると、そもそも同一県内で都道府県と市町村の役割分担を見直す程度のことは各自治体が自由に行ってよいのではないか。つまり、本来は2012年に大都市法を作るよりも、地方自治法を改正して、自治体が条例で都道府県と市町村の役割分担や権限を自由に見直せるようにすべきだった(当時の政治情勢に照らすと実現可能性は高くなかったが)。

 すなわち、都道府県内の市町村と都道府県庁の役割分担のあり方に国は一切関与すべきでない。合併や統廃合、役割や権限を移行させる手続きも自治体が条例で決めればよい。住民投票をするかしないかも、その結果にどういう拘束力を持たせるかも府議会、市議会で審議して決めればよい。さらに投票運動やデマの規制についても条例で臨機応変に決めるようにすべきだ。そうしておけば当日のビラ配りや投票所の前での勧誘など、通常の選挙ではありえない混乱やデマの氾濫も防げる。 

 以上、8つの総括ポイントを述べたが「所詮は敗者の泣き言」と思われたかもしれない。その通りだが、今後、つまり「都構想2・0」を考えるにあたっては、そもそも「住民投票」は民主的な手続きだったのか、制度改革にあたって本当に絶対の要件なのか、そして制度改革の手続きをそもそも国が定めること自体が地方分権の本旨に沿っているのか、原点に立ち返って考えてみる作業に意味はあろう。次回は現実に立ち返り、今後の「都構想2.0」の方向と再稼働に向けた課題を考えたい(1月中に有料版で提供する)。

専門は企業戦略&組織改革。1957年大阪市生まれ。京大法卒業後、旧運輸省を経て米プリンストン大学院修士卒。1986年からマッキンゼー(パートナー)、米ジョージタウン大学研究教授を経て07年から現職。ほかに企業の取締役・監査役・顧問を兼務。またビジネスモデル学会・行政学会・公共政策学会の理事や大阪府市・愛知県・東京都の顧問等を歴任。著書に『改革力』『変革のマネジメント』等。世界117か国を旅した。DMMオンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/

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筆者は経営コンサルタント。35年間で100超の企業・政府機関の改革を手掛けた。マッキンゼー時代は大企業の再生・成長戦略・M&A、最近は橋下徹氏や小池百合子氏らのブレーン(大阪府市、東京都、愛知県、新潟市等の特別顧問等)を務めたほか、お寺やNPOの改革を支援(ボランティア)。記事では読者が直面しがちな組織や地域の身近な課題を例に、目の前の現実を変える秘訣や“改革のシェルパ”の日常の仕事と勉強のコツを紹介する。

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