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安易な「有害図書排除」が与党に忖度した報道につながる理由

植村八潮専修大学教授(出版学)
コンビニでの成人雑誌の区分陳列(ゾーニング)は自主規制として始まった(撮影撮影)

雑誌販売の惨状

 「軽減税率導入」を引き換えに「有害図書」の排除を受け入れる背景に、書籍・雑誌の売上げ不振があることは明かであろう。なかでも雑誌の不振は目を覆いたくなる惨状である。

 出版科学研究所調査による2017年の出版物の推定販売金額は、1兆3701億円で、雑誌は初の2桁減で6548億円となった。これは1997年の雑誌売上げ1兆5644億円の42%となる。さらに販売部数を見ておくと、90年代前半には販売部数は39億冊台であったのに対し、2017年は12億冊程度で、ピークのおよそ3割である。減少傾向は速度を増し、底は見えてこない。

 出版関係者が、消費税の引き上げを契機として、出版物の販売不振に拍車がかかると懸念するのは理解できる。どの程度の影響があるかを推定することはできないが、否定もできないだろう。だからといって、政府の求めに応じ、「有害図書」を排除してよいものだろうか。不況対策として、売上げのために、出版物を腑分けしようというのである。

軽減税率の導入と経緯

 「有害図書排除」問題について、さらに軽減税率の導入と経緯を振り返りながら、考えていくことにする。ここに至る布石は、すでに3年前に打たれていた。

 2015年4月22日「出版文化に軽減税率適用を求める有識者会議」は、「最低限度の健康的な生活に食料品が不可欠であるように、出版物は最低限度の文化的生活に必要不可欠です」として、「出版文化に軽減税率を適用」を提言している。

 この提言によると欧州は、軽減税率の導入について先行しており、書籍・雑誌に対する税率は、イギリスが標準税率20%に対してゼロ税率、ドイツが標準税率19%に対して7%、フランスが標準税率20%に対して書籍(電子書籍を含む)5.5% 雑誌2.1%、スウェーデンが標準税率25%に対して6%と軒並み低くなっている。各国は、昨今、「文化政策」「産業の保護」という目的に限って軽減税率を適用している、とある。

 そして「書籍・雑誌などの出版物は『心の糧』」で、「出版物は最低限度の文化的生活に必要不可欠」として、出版物の重要性を強調している。

 ここまではいい。

 同年12月に自民・公明の与党が合意した税制改正大綱では、消費税を10%に引き上げる際に、8%に据え置く軽減税率の導入を決定した。すでに述べたように、新聞を対象とし、書籍・雑誌については、引き続き検討するとしたのだ。

 この税制改正大綱では、「定期購読契約が締結された日々または週2回以上発行される新聞」は8%とするという。駅の売店などで買う場合は10%となる。さらに電子新聞は軽減対象にならない。一時期、与党は、新聞のうち発行部数に占める宅配率が一定以上となる日刊紙に限ることを検討していたという。このように、何を軽減税率の対象に、何を外すかは政治家の胸三寸で決まる。

 この結果について日本新聞協会は「このたびの与党合意は、公共財としての新聞の役割を認めたものであり、評価したい」とした会長談話を発表した。もともと新聞業界は労使一体となって軽減税率の適応を求めてきたのである。新聞各社の記事には、消費税10%増税に対する批判や懸念の見出しはなく、軽減税率の導入を論点として取り上げてきている。消費増税に向けた世論をつくってきた以上、ダブルスタンダードと批判されるところである。

 また、政府与党に対する報道に手心が加わることにならないだろうか。お願いしたのであれば、見返りは期待されるだろう。このとき、経済同友会の小林喜光代表幹事は、「今後もしっかりフェアに報道してほしい」とコメントした。あえて「しっかりフェアに」と発言することに報道に対する経済団体の要望が読み取れる。

「有害図書」の排除の問題

 一方、書籍・雑誌については、「有害図書」の排除を条件とされた。このとき、出版界は「青少年に販売を制限している出版物については、自主的に標準税とすることもあり得る」(毎日新聞記事(2015年12月28日付朝刊))とコメントしている。出版団体は、一部図書を分離することについては、政府との間で合意してきたことになる。これでは政治家の思うつぼである。

 公明党の斉藤鉄夫税制調査会会長は、「雑誌・書籍の場合、有害部分を取り除く仕組みが見つからず、今回間に合わなかったが、自主的な規制で排除できる仕組みができれば是非(対象に)入れたい」と発言し、菅義偉官房長官も「線引きは業界の中で決めていただく。政府が決めると表現の自由の問題が生じる」と念を押すかのように発言した。

 多少うがった見方になるが、暗に政治家として受け入れがたい出版物がある、と示唆されたとも思える。これでは軽減税率を適用してほしいが余り、与党議員の意向を忖度して、一部の本を切り捨てたといわれても仕方がない。その結果、世の中に二つの出版物を存在させることになる。

 すべての本の価値は、最終的に読者によって決められる。それを外形的基準も持たないまま、出版物を分けてしまうことは言論・表現の自由の観点からもきわめて憂慮すべきことである。

 老練な政治家の示唆を受けて「自主規制」し、議員立法で決められれば、その先に何が待ち構えているか、誰にでもわかることである。これによって「有害図書」の存在は衆目の認めるところとなり、その概念は一人歩きして範囲を広げ続けることだろう。政治家にとって不都合な出版物も対象となるだろう。「有害図書」排除の世論形成など、政治家にとってはいともたやすいのだ。出版界は迂闊に動いて、老練な政治家に「有害図書規制」という重い宿題を持たされてしまった。

 出版界がコンビニで成人雑誌の区分陳列(ゾーニング)を自主規制として始めた理由は、権力の介入を防ぐためである。つまり、自主規制は、公権力の介入から出版・表現の自由を守るための盾としてある。

 軽減税率適用のために出版物の区分けをすることとは、明らかに目的が違う。それは出版倫理協議会・出版ゾーニング委員会運営要領の第一に「出版の自由を守り」と書き出していることからもわかる。

 区分陳列に関わらず、すべての本はなにがしか読者に受け入れられている。「軽減税率の適用が社会的に理解を得がたい出版物」とはどのような意味だろうか。

 次回は、表現の自由を守るために「自主規制」という手段によって、「有害図書排除」、「悪書追放運動」と対峙してきた出版界の活動について、振り返ってみたい。

 「出版物の軽減税率適用と「自主規制」 言論表現機関としての出版社は生き残るか?」

 「出版界は「軽減税率適用」のために「表現の自由」を手放すのか?」

専修大学教授(出版学)

専修大学文学部教授。博士(コミュニケーション学)、納本制度審議会会長代理。東京電機大学工学部卒業。東京経済大大学院博士課程修了。東京電機大学出版局勤務、同局長を経て、2012年より専修大学文学部教授および出版デジタル機構代表取締役に就任。2014年6月出版デジタル機構取締役会長を退任し、現在に至る。専門は出版学で日本の電子書籍の研究・普及・標準化に長らく携わってきた。近著として『図書館のアクセシビリティ:「合理的配慮」の提供に向けて』(樹村房、2016年、編著)、『ポストデジタル時代の公共図書館』(勉誠出版、2017年、共編著)。

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