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令和に登場した新しいスタイルの手打ち野球。「Baseball5」が秘める可能性を探る

上原伸一ノンフィクションライター
Baseball5は柔らかいボール1つで無限の可能性を秘める新競技だ(筆者撮影)

野球とは似て非なる競技

野球は用具や身に付けるものが多いスポーツだ。例えば、子供がチームで野球を始めようとすれば、グラブ、バット、スパイクは最低限必要で、ユニフォームの上下にアンダーシャツ、帽子、ストッキング、アンダーソックスも買い揃えなくてはならない。

手軽に始められないのは確かで、それが野球の「入り口」を狭めているとも言われる。とりあえず子供に何かスポーツをやらせたい、というスタンスであれば、保護者には装備品が少ないサッカーやバスケットボールが歓迎されるようだ。

こうした中、2018年に“ボール1つでできる野球”として誕生したのが、「Baseball5(ベースボール・ファイブ)」である。平たく言うなら、かつての野球小僧が熱中した「手打ち野球」。わずか2年の間に広まり、現在、世界70か国以上で行われているという。(ちなみにWBSC=世界野球ソフトボール連盟の会員数は、138の国と地域である)

2026年のユースオリンピックでは、公式種目に採用されている。今年は第1回ワールドカップがメキシコで開催される予定で、そのアジア予選がマレーシアで行われることになっている。

Baseball5の試合風景。打者は黄色の部分にあたる3メートル四方のスペースで勢いをつけて打つ(筆者撮影)
Baseball5の試合風景。打者は黄色の部分にあたる3メートル四方のスペースで勢いをつけて打つ(筆者撮影)

少しずつ、メディアでの露出も増えてきた「Baseball5」。実際はどんな競技なのか?全国から10チームが参加し、昨年12月26日に都内で行われた「Baseball5リーグTOKYO」のオープン戦(練習試合と体験会)を取材した。

間近で見た「Baseball5」は、野球や日本の「手打ち野球」とは似て非なる面白さがあるものだった。バッテリーは存在しないので、始まりはバッターから。自分でトスして、手(手のひらもしくは拳)で打つ。塁間は狭く、ダイヤモンドは13メートル四方(野球の塁間は27.431メートル)。両翼はわずか18メートルである。

打者は本塁の後ろに設けられた3メートル四方のスペース内で打つ。ステップしながら勢いをつけて打つが、ここから出てしまうとアウトになる。ホームランはなく、フェンスを越えても、直撃してもアウトだ。ファールもライナーもアウトなので、バッターは確実にフェアゾーンにゴロを打たなければならない。

フィールドに立つのは「Baseball5」の名の通り5人だ。一塁、二塁、三塁、遊撃を守る選手に加え、野球で言うならセンターにあたる「ミッドフィルダー」の選手がいる。

特筆すべきは男女混合の競技であること。(国際ルールでは)フィールドには男子、女子それぞれ2人以上がいなければならない。

昨年12月26日に全国から10チームが参加して行われた「Baseball5リーグTOKYO」のオープン戦の様子(筆者撮影)
昨年12月26日に全国から10チームが参加して行われた「Baseball5リーグTOKYO」のオープン戦の様子(筆者撮影)

スピードのある動きが求められる

「Baseball5では野球以上のスピードが求められます」

こう話すのはBaseball5リーグTOKYO 代表の川島敏男氏だ。川島氏は日大二高野球部OB。2年夏(1978年)は三塁ベースコーチで甲子園に出場し、明治大でもプレーした。現在は本業の傍ら、ベースボールアドバイザーを務めている。コロナ禍で春、夏の甲子園が中止になった2020年には、高校野球の目的に対して何を成し遂げたかプレゼン形式で発表する、夏・春のオンライン甲子園大会(https://koshien-spirits.com/ )を立ち上げた。

川島代表は続ける。

「フィールドが狭いですからね。野球経験者よりもむしろ、ふだんからそういうところでプレーしているフットサルやバスケットボールの選手の方が、打球に対する反応や、チャージが素早いように感じます。また塁間が短いので、野手は捕球したらノーステップで送球しなければならない。このあたりは野球と言うよりも、ソフトボールの動きに近いですね」

Baseball5リーグTOKYOは、2008年北京オリンピックのソフトボール金メダリストの三科真澄氏が顧問。Baseball5は野球のみならず、ソフトボールの普及も担っている。

どうやらBaseball5は、「Baseball」ではあるものの、野球経験者が必ずしも有利ではないようだ。もちろん、野球経験者の強みも発揮できる。「野球選手は総じて“球勘”が良く、球際にも強い。ボールの扱いは他競技の選手よりも上手いと感じます」

Baseball5リーグTOKYO 代表の川島敏男氏(筆者撮影)
Baseball5リーグTOKYO 代表の川島敏男氏(筆者撮影)

野球の上達につながる要素も詰まっている

一方、川島代表のもとには野球関係者から「Baseball5は野球をする上でプラスになるのか?」という、やや懐疑的な声も寄せられるようだ。これに対してはきっぱりと、「Baseball5をすれば野球も上手くなる」と答えているという。

例えば、バッティング。手打ちではあるが、重心を一度残して打たなければ、いい打球を打てない。これは野球にも通じることだ。守備では近距離から飛んでくる打球を素手で捕球することで、俊敏さが養われるのに加え、瞬時の動きが求められる中で、バックトスやランニングスローの技術を磨くこともできる。

Baseball5には野球の上達につながる要素もたくさん詰まっている(筆者撮影)
Baseball5には野球の上達につながる要素もたくさん詰まっている(筆者撮影)

他にもある。走塁はランナーコーチがいない中、自己判断で走るが、これは走塁の積極性を高めることにもつながる。また、短い塁間を走ることはトレーニングで行う「短ダッシュ」の代わりにもなろう。

「野球関係者には是非一度、Baseball5をやってほしいです。そうすれば、野球のプラスになる要素をたくさん発見できるはずです。キャッチボール1つ取っても、黄色いボールに硬式球の縫い目にあたる黒のギザギザが入っているので、自分のボールの回転がいいかどうかもわかるんです」

アップとして活用するなど、すでに練習メニューに取り入れている高校野球のチームもある。Baseball5をやると、野球では見せない表情をする選手もいて、指導者にとっては選手の新たな一面を知る場にもなっているという。

子供たちがボール1つで野球ができる

前回の投稿でも書いたが、(https://news.yahoo.co.jp/byline/ueharashinichi/20211212-00272262)

今は野球を遊びでやるきっかけも、その場所も少ない。公園があってもたいていは「野球禁止」「キャッチボール禁止」の立て看板がある。こうしたなかなか野球に接することができない状況も、子供たちが「野球を選ばない」ことにつながっているようだ。

その点、Baseball5は柔らかいボールが1つあれば、遊びの野球、昔の野球小僧が熱中した「手打ち野球」ができる。子供たちはきっと、10人揃わなくても、もっと狭い場所でも、Baseball5のルールにアレンジを加え、いろいろなBaseball5を作り出すだろう。かつての子供たちが独自ルールの野球を生み出したように…

本来、子供たちは創造力に富んでいる。大人たちがセッティングをしなくても、自分たちで生み出す力があるはずだ。

3年前に当時小学3年のある児童が作った「手打ち野球」のポスター。今も手打ち野球に興じる子供たちはいる(筆者撮影)
3年前に当時小学3年のある児童が作った「手打ち野球」のポスター。今も手打ち野球に興じる子供たちはいる(筆者撮影)

子供たちが野球に触れる機会が増えれば、野球を始める子も増えるかもしれない。子供たちだけでない。川島代表は「Baseball5は、野球をやったことがない大人でもプレーできますし、コミュニケーションツールにもなると思います」と言う。

「Baseball5リーグTOKYO」の体験会でも、初心者の老若男女が夢中になって柔らかいボールを追いかけていた。そして、会場にはずっと笑顔が溢れていた。真剣にプレーする中にも笑顔がある。それがBaseball5なのだ。

老若男女誰でもすぐに楽しむことができるのもBaseball5の魅力だ(筆者撮影)
老若男女誰でもすぐに楽しむことができるのもBaseball5の魅力だ(筆者撮影)

ジャパンの活躍も普及のカギになる

Baseball5を広めるには、体験会などの草の根的な取り組みと並行して、トップチームの強化がカギになろう。アジア予選に向け、デジタルトライアウトなどを通して、Baseball5の日本代表を編成する動きが報道されている。トップチームが世界で活躍すれば、憧れの対象になり、「手打ち野球」をする子供とともに、野球ではなく、Baseball5の選手になりたい、Baseball5で日本代表に、という子供も多くなるだろう。Baseball5リーグTOKYOでは、ジュニアカップを開く構想もあるという。

Baseball5の出現は、現役アスリートに夢を与えた。たとえ野球や他の競技では無理でも、Baseball5でジャパンの一員になれる可能性が生まれたからだ。Baseball5リーグTOKYOには「リーグTOKYO」というシリアスに向き合うチームがあり、世界の舞台を目指して日々レベルアップに励んでいる。

Baseball5リーグTOKYOでは「リーグTOKYO」の選手たちが日本代表入りを目指して技術を磨いている(写真提供 Baseball5リーグTOKYO)
Baseball5リーグTOKYOでは「リーグTOKYO」の選手たちが日本代表入りを目指して技術を磨いている(写真提供 Baseball5リーグTOKYO)

野球、ソフトボールの普及の担い手として期待がかかるBaseball5。だが、その役割はそれだけにとどまらないようだ。ボール1つで無限の可能性を秘める、新しいスタイルの野球―。今後の成長を注目していきたい。

「Baseball5リーグTOKYO」のオープン戦に参加した選手たち。野球以外の競技経験を持つ人も少なくなかった(筆者撮影)
「Baseball5リーグTOKYO」のオープン戦に参加した選手たち。野球以外の競技経験を持つ人も少なくなかった(筆者撮影)

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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