Yahoo!ニュース

本日公開『リボルバー・リリー』の紀伊宗之が語るアウトローなプロデュース道と日本映画の今後

内田正樹ライター 編集者 ディレクター
((c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)

本日8月11日から映画『リボルバー・リリー』(配給:東映)の全国ロードショーがスタートした。

時は大正13年(1924年)。かつて凄腕の女スパイだった小曾根百合(おぞね・ゆり。綾瀬はるか)は、消えた陸軍資金の鍵を握る少年・細見慎太(羽村仁成(Go!Go!kids/ジャニーズJr.))との出会いをきっかけに、再びリボルバー(回転式拳銃)を手に取り、陸軍の精鋭部隊と死闘を繰り広げる。

『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)、『パレード』(2010年)、『劇場』(2020年)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020年)などの監督・行定勲がメガホンを取り、作家・長浦京の大藪春彦賞受賞作を映画化したサスペンスアクションである。

(『リボルバー・リリー』予告。東映映画チャンネルYouTubeより)

この映画の企画・プロデュースを手掛けたのが紀伊宗之。東映で『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021年)の配給に携わり、『犬鳴村』シリーズ(2019年~)、『孤狼の血』シリーズ(2018、2021年)、『初恋』(2020年)、『シン・仮面ライダー』(2023年)などの話題作を手掛けてきた映画プロデューサーだ。

『リボルバー・リリー』はLEXUSを目指した

『リボルバー・リリー』は自動車で言えばLEXUS(レクサス)を目指しました。昨今、日本映画において銃を激しく撃ち合う“ドンパチ物”は非常に少ない。何故か? 製作費がかかる上に、予算が少ないとどうしてもハリウッド作品に見劣りしてしまうからです。しかし、だからと言ってひとつのジャンルを端から諦めていいのか? そんな疑問が以前からあった。アニメもホラーも立派な日本映画の主戦場だけどもっとさまざまなジャンルの映画が作られるべきでは?と、今回、意を決しました」

(劇場用ポスター。 (c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)
(劇場用ポスター。 (c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)

製作費はおよそ11億。日本映画としては“大作”クラスである。

「予算はプロデューサーが奔走して何とかするしかない。リッチな映像、素晴らしいダークヒロインが誕生したと自負しています」

((c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)
((c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)

かつての東映は『仁義なき戦い』シリーズをはじめアウトローを描く映画を得意とし数多の傑作で一世を風靡した。紀伊はこの長らく途絶えていた路線を『孤狼の血』(2018年)で復活させた立役者の一人でもある。

(『孤狼の血』予告。東映映画チャンネルYouTubeより)

(『孤狼の血 LEVEL2』予告。東映映画チャンネルYouTubeより)

「僕自身、ダークヒーローは最も得意とするところ。次はこの時代ならではのダークヒロインを誕生させたかった。『リボルバー・リリー』は、言うなれば『緋牡丹博徒』(1968年、東映。主演:藤純子(富司純子))です」

企画には“事件性”が不可欠。それが紀伊の信条だ。例えばその一つは「このジャンルをこの監督が撮るのか?」という意外性である。原作に惚れ込んだ紀伊は、原作者の長浦自身も「実写化は不可能」だと思っていた壮大なスケールの物語に取り組んだ。

「女性が主人公の物語。百合を演じられる女優は綾瀬はるかしかいないと確信して、真っ先に綾瀬さんのマネジメントにオファーをしました。この物語は登場人物も多く、スリラー、サスペンス、アクションの要素がふんだんに詰まった複雑な構造です。これまで本格アクションを撮った事が無く、それでいて百合を最も美しく繊細に撮ることが出来る監督は誰か?――試行錯誤を経て、行定監督に辿り着きました」

映画館で出来る「新しいこと」を探し続けてきた

紀伊は1970年兵庫県西宮市生まれ。広告関係の仕事をしていた父と油絵を描いていた母に育てられ、幼少の頃からクリエイティブに興味を抱く。母が映画好きだったことから映画に目覚め、80年代のアメリカ映画に強く影響を受けたことから東映映画興行に入社。広島、大阪の劇場勤務を経験し、その後、株式会社ティ・ジョイへ出向。劇場支配人を経て、東京・新宿バルト9の開業に携わった。

(提供:紀伊宗之)
(提供:紀伊宗之)

「僕のキャリアは一貫して、常に映画館という環境のなかで『何か新しいことが出来ないか?』と探し続けてきたような道のりでした。新宿バルト9の立ち上げ当時は、深夜も上映する“24時間営業”を提案した。眠らない街・新宿で映画館が寝てどうすんねん?と(笑)。割引料金やレイトショー料金ではなく、劇場スタッフたちと上映作品の編成を考え、「気まぐれセレクション」といった企画を立ち上げ、上映作品の面白さで勝負しました。小規模な作品をかけたり、そこにバンドのライブも合体させたイベントを仕掛けたり。そうしたバルト9や劇場支配人時代の経験が、映画とはコンシューマー、つまりは観客のものであるということや、企画の面白さで勝負するという、現在の自分の下地となりました」

その後、同社エンタテインメント事業部で国内初のライブビューイングビジネスを立ち上げる。アジア諸国への直接配給など海外展開も積極的に推進した。

「ティ・ジョイ時代は『009 RE:CYBORG』、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』、『劇場版 TIGER & BUNNY-The Beginning-』(いずれも2012年)の配給や製作に携わりました。3人しかいないような会社で興行売上が85億を記録して、もう“勝てる勝負”だけをしていこうと思っていた(笑)。東映の上層部からは『何で劇場関係者の紀伊が映画を作ってるんだ?』という声も上がりましたが、岡田さん(※岡田裕介。東映グループ会長。当時社長。2020年没)が親分として僕を守ってくれていた」

『こうすれば当たる』なんて必勝法があれば僕が知りたい

2014年からは東映株式会社映画企画部へ異動。企画の立ち上げから予算集めまで映画製作のありとあらゆることに関わり始めた。

「そこからが本当の苦労のはじまりでした(笑)。まずは東映という会社の規模の大きさに四苦八苦。しかも面白い企画はまず他の大手に持ち込まれてしまう。するとリスクの小さいものを選択してしまいがちになる。これじゃいかんと思い、2015年から自分で企画をはじめました。本来、調整が仕事だった人間が企画から映画を作る。会社員としては問題児なわけですが、そうしなければならないくらい『このままでは自分が面白いと思う映画は作れない』という危機感があった」

プロデューサーの仕事とは基本的に「何でもやる」である。企画の実現に役立ったのは、高校時代に励んだラグビーの経験だったという。

「戦術を考えるのが好きなんです。今、負けているのなら、どこに活路を見出し、どう攻めるべきなのか。それを必死に考えました」

『リボルバー・リリー』はほとんどのアクションを綾瀬はるかが自ら演じている。激しい格闘シーンや銃撃戦が大きな見どころで、物語の終盤では“戦い”の意義や虚しさ、非戦に繋がるメッセージも描かれている。

((c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)
((c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)

「行定監督はクランクイン直前に勃発したロシアによるウクライナ侵攻を受けて、『今この時代の戦う映画がおもちゃのように見えてはいけない』と苦心された。いろんな葛藤や摩擦が生じる方が映画は絶対に良い作品になる。今の日本映画界において、アクション映画の地位は決して高くない。かつてのヒップホップの境遇にも少し似ています。でも、それはつまり、必ず大衆の中に支持者がいる、とも言える。『孤狼の血』然り、東映はシリーズものに強い。『リボルバー・リリー』もぜひとも応援していただきたい」

紀伊は先頃、東映を退社。新会社K2Picturesを立ち上げた。東映作品には今後も業務委託として参加し、10月13日にはプロデュースを手掛けた『キリエのうた』(監督:岩井俊二。出演:アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、広瀬すず)も公開される。

(『キリエのうた』60秒予告。東映映画チャンネルYouTubeより)

事件性、アウトロー、問題児と物騒な言葉が踊ったが、紀伊は今後の日本映画製作についての課題を極めて真摯に見据えている。

「『こうすれば(映画が)当たる』、『こうすればプロデューサーとして勝てる』なんて必勝法はあれば僕が知りたいくらいですが(笑)、東映ではいま若い世代のプロデューサーが何人も育っている。そこに期待をしたい。今、僕自身がさまざまな監督とご一緒した経験から感じている課題は、まずは映画製作におけるクリエイターの地位の向上。“監督とスタッフ”という言い方は良くない。撮影も美術も照明も録音も皆さんクリエイター。本来は“監督とクリエイター”という言い方が正しいはず。そこから製作現場の意識を改革したい。あとは映画に責任を持つ立場として、出来るだけ効率的なポストプロダクション(前準備)を心掛けたい。日本映画を盛り上げるべく、今後もさまざまなチャレンジをしていきたいと思います」

((c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)
((c)2023『リボルバー・リリー』フィルムパートナーズ)

『リボルバー・リリー』

公開日:2023年8月11日(金)

原作:長浦京『リボルバー・リリー』(講談社文庫)

監督:行定勲

出演者:綾瀬はるか、長谷川博己、羽村仁成(Go!Go!kids/ジャニーズJr.)、シシド・カフカ、古川琴音、清水尋也、ジェシー(SixTONES)、佐藤二朗、吹越満、内田朝陽、板尾創路、橋爪功、石橋蓮司、阿部サダヲ、野村萬斎、豊川悦司ほか

配給:東映

公式サイト

公式X

公式Instagram

※また映画『リボルバー・リリー』の出演者、製作クリエイター、関係者らおよそ80人が製作の舞台裏について語った書籍が公開劇場にて先行発売中。本テキストに登場した紀伊宗之や行定勲、長浦京、そして綾瀬はるか、羽村仁成ら上記キャストも証言者として名を連ねている。

「映画『リボルバー・リリー』は何を撃ち抜くのか? 大正・パンデミック・戦争──日本映画の現場を伝える行定勲と80人の闘い」表紙
「映画『リボルバー・リリー』は何を撃ち抜くのか? 大正・パンデミック・戦争──日本映画の現場を伝える行定勲と80人の闘い」表紙

「映画『リボルバー・リリー』は何を撃ち抜くのか?  大正・パンデミック・戦争──日本映画の現場を伝える行定勲と80人の闘い」

発行:報知新聞社

発売日:8月11日(金)から一部劇場にて先行発売。8月22日(火)より全国の書店、書籍通販サイトなどで一般発売 (現在、Amazon.co.jpにて予約受付中)

ライター 編集者 ディレクター

雑誌SWITCH編集長を経てフリーランス。音楽を中心に、映画、演劇、ファッションなど様々なジャンルのインタビューやコラムを手掛けている。各種パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/ディレクション/コピーライティングも担当。不定期でメディアへの出演やイベントのMCも務める。近年の執筆媒体はYahoo!ニュース特集、音楽ナタリー、リアルサウンド、SPICE、共同通信社(文化欄)、SWITCH、文春オンラインほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』などがある。

内田正樹の最近の記事