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「私の演劇的な最後の夢の一つ」。野田秀樹が掲げる「国際芸術祭」構想とは?

内田正樹ライター 編集者 ディレクター
(野田秀樹。撮影:緒方一貴。写真提供:NODA・MAP)

本日、NODA・MAPが2022年9月に行った第25回公演『『Q』: A Night At The Kabuki』ロンドン サドラーズ・ウェルズ劇場公演の世界配信が発表された。同作は2022年、東京・ロンドン・大阪・台北の世界4都市で上演された舞台。NODA・MAP作品の世界配信は今回が初の試みである。

(『Q』: A Night At The Kabukiより。写真提供:NODA・MAP)
(『Q』: A Night At The Kabukiより。写真提供:NODA・MAP)

今作は2019年初演。劇伴にはイギリスのロックバンドQUEEN(クイーン)の公式協力のもと、彼らが1975年に発表した名盤『オペラ座の夜』の音源を全編にわたって使用。2組のロミオとジュリエット(瑯壬生/愁里愛)を演じる松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳をはじめ、橋本さとし、小松和重、伊勢佳世、羽野晶紀、野田秀樹、竹中直人といった世代もキャリアも異なる総勢10名の人気俳優が、初演に続き、この2022年の再演でも全員再集結を果たし話題を呼んだ。

去る今年9月27日、NODA・MAPを率いる劇作家・演出家・役者の野田秀樹は日本記者クラブにて会見に臨んだ。同クラブからの要請を受けての登壇で野田が語ったのは、文化芸術が「不要不急」とされたコロナ禍で考えたこと、その間、自身が主宰するNODA・MAPの公演活動を通して見えてきた国内の文化政策の課題、そして、自身にとって「演劇的な最後の夢の一つ」と語る「国際芸術祭」の構想だった。

会見の模様はすでに幾つかのメディアで報じられている。終盤の質疑応答の際、記者から上がった旧ジャニーズ事務所問題についての質問に対する野田の回答を大きく見出しに取り上げたメディアもあったが、約1時間に及んだ会見で語られた内容を改めてまとめるとおおよそ下記の通りである(発言は野田の会見から抜粋)。

(日本記者クラブでの会見の模様。撮影:緒方一貴。写真提供:NODA・MAP)
(日本記者クラブでの会見の模様。撮影:緒方一貴。写真提供:NODA・MAP)

◯2020年2月26日に政府から出されたイベント等の自粛要請について

「演劇人の間では「演劇界の2.26事件」と言っている。舞台は不要不急のものではなく生活や人生そのもの。特に根拠なく不要不急のものとして“閉じる”ように進められたことが腹立たしく思えたと同時に、文化芸術があっさりと不要不急のものとされることに、この国の文化芸術に対する人々の思いのあり方を感じ、憤りに近いものも感じた」

「文化は共同体の礎であり、文化が崩れると共同体そのものが危うくなる。今のままでは日本は、気付いたら足元をすくわれてしまうのではないかと思った」

「文化は直接的に何かの役に立つということは成し得ないし、文化でどれだけのお金を稼げるかを数字で示すことは難しい。でもだからと言って切り捨てられるものではない」

◯コロナ禍に参画した対策

東京芸術劇場の芸術監督でもある野田は、劇場の閉鎖が「演劇の死」に繋がると考え、いち早く意見書を公表した。しかしSNS上では「身勝手」などの批判も受けた。

「1ステージでも稼げないとダメージを受ける」という舞台芸術の実情への社会的認知を促すために“緊急事態舞台芸術ネットワーク”に参画。民間劇場、公共劇場をはじめ舞台芸術に関わるプロデューサーや制作者を集めて、舞台芸術界の状況を把握し、公演中止に対する損害の補填を政府に掛け合った。

また、その一環としてEPAD(※舞台芸術の公演映像、戯曲、美術資料など4,300点デジタルアーカイブを記憶/感覚再生装置にみたてた試験的なサイト)が立ち上がった。

◯海外公演の報告

コロナ禍の苦境のなか、NODA・MAPは2022年9月22日〜24日、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場にて『『Q』:A Night At The Kabuki』(現地公演タイトル『A Night At The Kabuki』)を上演。その盛況の報告と、改めて感じられたという日本の芸術文化の可能性について語った。

◯「国際芸術祭」の提唱

「コロナ以前から東京に演劇祭はいくつかあるが、もう少し大きな規模で世間に認められるような芸術祭が東京で出来たらいい、という夢を以前から持っていた。特に、コロナ禍を経て、芸術文化がいかに認知されていないかということを感じた。緊急事態舞台芸術ネットワークのような横の繋がりや演劇以外のジャンルとの繋がりも出来たので、呼びかけるには今がチャンスではないかと」

「スポーツではワールドカップで皆が盛り上がる。そういう素晴らしい形が芸術のなかにもあれば、不要不急と言われなくなるのでは。夢のような企画ではあるかもしれないが、粘り強く呼びかけて実現させるのが、私の演劇的な最後の夢の一つ」

つまり、この「国際芸術祭」は、野田が旗頭となって「世間が無視の出来ない」巨大なスケールの芸術祭を東京で開催し、今後、有事の際にも文化芸術がたやすくないがしろにされないよう、日本における文化芸術の地位と認知の向上を目指すためのものだという。会見後の野田に話を聞いた。

(野田秀樹。撮影:緒方一貴。写真提供:NODA・MAP)
(野田秀樹。撮影:緒方一貴。写真提供:NODA・MAP)

大小ばらばらとやるより大きなものをやったほうがいい

――会見はいかがでしたか?

野田:場の空気が話し辛くて結構緊張しました(笑)。

――野田さんは2015年から2022年まで、多種多様なジャンルのアーティストと日本各地の伝統芸能を融合させた文化サーカス「東京キャラバン」の総監修を務められていました。

野田:「東京キャラバン」もまた突発的なイベントとして復活できたらいいけどね。「国際芸術祭」のイメージはもっと大きな規模です。

――「東京キャラバン」は全国各地や海外を回りましたが、「国際芸術祭」を東京での開催を目指す意図は?

野田:どこかに拠点を作らなければというのがまず一つ。上野公園のあたりなんかいいんじゃないかと思っているんだけどね。予算次第だけど、それこそ「東京キャラバン」の100倍じゃきかないような規模のものを実現させるには、それを受け入れることの出来る地方公共団体でなければならないし。もちろん民間企業にも協力を仰いでいきます。広くみなさんに関心を持っていただくために開いた会見だったので。

――会見で、この構想を「演劇的な最後の夢の一つ」とおっしゃっていましたが。

野田:あくまで“一つ”だから(笑)。何かキャッチコピーが必要だなあと思って。でも口に出してみて「『最後の夢』はどうなんだ? まだ早いよな?」と思って“一つ”を加えました。まあ、「夢が夢で終わりました」にならないようにしたい。

最初はコロナ禍の前から“演劇祭”で考えていたんです。大小ばらばらと演劇祭が幾つもあるよりも、それらをまとめて大きなものをやったほうがいいんじゃないかと感じていたので。予算だけで言えば、数億規模の芸術祭は今でもやろうと思えば出来る。でもそういう規模でいつまでもやっていちゃだめだと感じました。

インバウンドも呼び込める“経済効果”に期待

――つまり「国際芸術祭」は演劇に特化しない?

野田:演劇のみにとどめるつもりはありません。やがては演劇と音楽、アートを三本の柱にしたい。だから自ずと規模も予算も大きくなるでしょうね。あくまで一例だけど、エディンバラ・フェスティバル(※スコットランドの首都エディンバラで毎年8月に3〜4週間にわたって開催される世界最大の芸術祭)は年度ではなく委員長が変わるとメインが変わるんです。つまり演劇がメインの年があれば音楽がメインの年があってもいい。

ルーマニア・シビウ国際演劇祭のように、経済的に全くだめだった街を演劇祭で再生させた例もある。なるべく大きな規模にして、インバウンドも呼び込んで、(経済として)稼げるものにしたい。日本で富士山・箱根・ショッピングもいいんだけど、歌舞伎以外でも日本で観られるものがないとね。マスメディアが好きな言葉、“経済効果”ってやつを生み出さなきゃならない。

――いま野田さんは日本の演劇界に何か問題を感じていますか?

野田:一概には何とも言い難いけど……僕は30年前にロンドンに演劇留学をしていたんだけど、先日、ロンドンで芝居を5本観て思ったのは、30年前に自分が感じた日本とロンドンの距離があまり解消されていないのでは?ということだった。ちょっとだけ明るい希望だったのは、自分の芝居のクオリティが昔よりも上がった分、向こうのものを観ても、あまり驚かなくなったこと。ここで自分の芝居をやっても問題ないと思えたし。

どちらかと言うと、芝居の出来云々よりも環境かな。向こうは劇場に来るという体験が“楽しめる”ものになっている。もう思い出せないんだけど、日本の劇場の観客席って、コロナ禍の前から上演前があんなに静かだったっけ? 向こうの人たちは声が大きいせいかもしれないけど、劇場ですごくわいわいとした雰囲気が感じられる。お酒も飲むし、幕間でアイス食べたりしているし(笑)。

――観客の年齢層は関係あるでしょうか?

野田:向こうも劇場や芝居によって客層が全く違うけど、全体的に日本よりも年齢層はかなり上ですね。小劇場の観客も圧倒的に日本のほうが若いと思う。日本でNODA・MAPを観たイギリス人が「若い客も多いんだね」とびっくりしていたから。そこは実は希望ですよね。

「広く才能を見せる場所」に

――この「国際芸術祭」は、日本の演劇界に何らかの波及効果をもたらすでしょうか?

野田:別にこれをやれば(演劇人の)みんなが食べていけるようになるわけではない。それは各々が“食べる気”にならなければだめです。いざプログラムを組むとなれば、出演者のクオリティの基準や演目の選択などかなり難しい問題が山積みになるでしょう。ただ、「広く才能を見せる場所」にはなる。そのためにも“演劇のみ”に特化しないほうがいい。

――会見では「万博が行われる2025年をひとつの目処に、2027年頃を目標に見据えたい」ということでしたが、本格的な資金集めや支持集めはまさにこれから?

野田:そうですね。まだ、ただのドン・キホーテの妄想です。すでに幾つか少し話をしている先もありますが、これからお金を集めるという作業をしなくてはいけない。途方もない話だけど、ちょっとだけ楽観視している部分もあってね。

ちょっとふらふらしている予算ってあるんですよ。例えば海外の人の「日本の文化に寄付したいんだけど、どこに寄付すればいいのか分からない」という声も時おり耳にする。そういう受け皿もないともったいないし(笑)。景気が悪いなか、民間がどれだけ話を聞いてくれるか。どういうステップを踏めばいいのか。フェスティバル運営を熟知している人たちからお話を聞いて、学習しながら進めていければと思っています。

(日本記者クラブ会見では恒例の登壇者一筆。撮影:緒方一貴。写真提供:NODA・MAP)
(日本記者クラブ会見では恒例の登壇者一筆。撮影:緒方一貴。写真提供:NODA・MAP)

コロナ禍、NODA・MAPの公演は、2022年の『『Q』:A Night At The Kabuki』再演において関係者の体調不良による4公演の中止にあったものの、それ以外は公演スケジュールが感染拡大のピークに重ならなかったため、甚大な被害を受けずに済んだという。会見で野田自身も語っていたが、緊急事態舞台芸術ネットワークへの参画も政府への支援要請も「自分に収入が入るわけじゃないから、むしろ声高に言えた」という。

その性格上、野田は決して鼻息荒くは語らなかったが、さらりと発せられた「演劇的な最後の夢の一つ」という言葉からは、彼の並々ならぬ覚悟が感じられた。言うは容易く行うは難しの壮大な構想だが、実現を期待しつつ、今後の動向に注目していきたい。

野田秀樹……1955年、長崎県生まれ。劇作家・演出家・役者。東京大学在学中に「劇団 夢の遊眠社」を結成し、数々の名作を生み出す。1992年、劇団解散後ロンドンに留学。帰国後の1993 年に「NODA・MAP」を設立。『キル』『赤鬼』『パンドラの鐘』『THE BEE』『ザ・キャラクター』『エッグ』『逆鱗』『足跡姫〜時代錯誤冬幽霊〜』『贋作 桜の森の満開の下』『フェイクスピア』『兎、波を走る』など数々の話題作を発表。オペラの演出、歌舞伎の脚本・演出を手掛けるなど、演劇界を超えた精力的な創作活動を行う。また海外の演劇人とも積極的に創作を行い、これまで日本を含む12ヶ国18都市で上演。2022年9月にはロンドンで『『Q』: A Night At The Kabuki』を上演し、好評を博す。2023年1月、その国際的な舞台芸術界における活動を評価され、ISPA2023で優秀アーティスト賞を日本人初受賞。2009年10月、名誉大英勲章OBE受勲。2009年度朝日賞受賞。2011年6月、紫綬褒章受章。2024年夏秋にはロンドンを含む国内外4都市で新作舞台を上演予定。

◯NODA・MAP ロンドン公演『Q』: A Night At The Kabuki

作・演出:野田秀樹

音楽:QUEEN

出演:松たか子 上川隆也 広瀬すず 志尊淳 橋本さとし 小松和重 伊勢佳世 羽野晶紀

野田秀樹 竹中直人

秋山遊楽 石川詩織 織田圭祐 上村聡 川原田樹 近藤彩香 末冨真由 谷村実紀 間瀬奈都美 松本誠 的場祐太 水口早香 森田真和 柳生拓哉 吉田朋弘 六川裕史

■配信期間:2023年11月17日(金)12:00~11月30日(木)23:59

※配信エリアは限定あり。海外からの視聴は Stagecrowd 限定。詳細はNODA・MAP公式サイトにて。

ライター 編集者 ディレクター

雑誌SWITCH編集長を経てフリーランス。音楽を中心に、映画、演劇、ファッションなど様々なジャンルのインタビューやコラムを手掛けている。各種パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/ディレクション/コピーライティングも担当。不定期でメディアへの出演やイベントのMCも務める。近年の執筆媒体はYahoo!ニュース特集、音楽ナタリー、リアルサウンド、SPICE、共同通信社(文化欄)、SWITCH、文春オンラインほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』などがある。

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