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東京五輪を目指す新成人・緒方良行のスポーツクライミングにかける覚悟 [クライマーズファイル]

津金壱郎フリーランスライター&編集者
昨年は代々木第二体育館で行われたボルダリング・ジャパンカップ(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

成長著しい緒方が2018年シーズンの主役の座を狙う

 ボルダリングの国内唯一の公式戦で、日本代表選考会を兼ねたボルダリング・ジャパンカップ(BJC)が、2月3日(土)、4日(日)に東京・駒沢屋内球技場で開催される。

 男子は昨季のボルダリング・ワールドカップ(ボルダーW杯)年間2位の楢崎智亜(※)をはじめ、同4位の渡部桂太、同6位の杉本怜など、国際大会で活躍する実力者たちがひしめき、誰が藤井快のBJC3連覇を阻んでも不思議はない。

 そのなかで注目したいのが、昨シーズンは世界ユース選手権でボルダリングとリードの二冠に輝き、シニア大会でも目覚ましい成長を遂げた緒方良行だ。

 ボルダリングではW杯アメリカ・ベイル大会で3位、ワールドゲームズで優勝するなどして世界ランクは8位。リードではW杯イタリア・アルコ大会4位、チャイナ・オープン3位などの成績を残して世界ランク18位。この活躍で昨年10月からは日本山岳・スポーツクライミング協会の第1期五輪強化選手に選ばれている。

リードW杯初出場となったアルコ大会では、アレックス・メゴス、アダム・オンドラなどの世界に名だたるクライマーと互角の勝負を演じた (C)EDDIE FOWKE/IFSC
リードW杯初出場となったアルコ大会では、アレックス・メゴス、アダム・オンドラなどの世界に名だたるクライマーと互角の勝負を演じた (C)EDDIE FOWKE/IFSC

さらなる成長のために訪れたドイツに用意されていたサプライズ

 緒方は飛躍のシーズンとなった2017年の締めくくりに、大学が休みに入った12月22日から12月31日まで自費でドイツ、オーストリアで合宿を敢行したが、そこには大きなサプライズが待ち受けていた。

 事前にヨーロッパでの合宿計画を伝えた日本代表のドイツ人コーチ、ベンジャミン・ハートマンの計らいで、アレックス・メゴスと一緒にトレーニングをする機会を得たのだ。

 メゴス(こちらの過去記事を参照)とは24歳のドイツ人クライマーで、活動拠点は岩場でのリードとボルダリングだが、2017年シーズンはキャリアで初めて両種目のW杯に出場し、スポーツクライミングでも才能の片鱗を見せた。

 世界中のクライマーが一目も二目も置く存在のメゴスとのトレーニングを、緒方は「ものすごく刺激になったし、モチベーションをもらいました」と、うれしそうに振り返る。

「めちゃテンション上がりましたよ。まさかメゴスと一緒にトレーニングできるなんて思っていなかったし、彼の家にも招待してもらって、いろんな話ができたので、すごく貴重な時間になりました。

 合宿に行くまでは年末だし、観光気分も少しはあったけど、メゴスの指の保持力の強さなどを目の当たりにしたら、一気にトレーニングモード全開に切り替わりました」

 充実した時間を過ごし、元旦に帰国した緒方は故郷・福岡に帰省して1年ぶりの実家で束の間の休息を堪能した。

「成人式では久しぶりに同級生たちに会い、たくさんの応援の言葉をもらってエネルギーが充填されました」

 現在は大学のある神奈川に戻り、授業や後期定期テスト、レポート提出などに追われながら2018年シーズンに向けて練習に励んでいる。

ドイツのクライミングジム・カフェクラフトでメゴス(右)とトレーニング。写真提供:緒方良行
ドイツのクライミングジム・カフェクラフトでメゴス(右)とトレーニング。写真提供:緒方良行

今季の最大の目標は世界選手権

 BJCに緒方が初出場したのは高校1年だった2014年。準決勝に進んで9位。翌年は7位、2016 年10位、昨年は11位。準決勝上位6人が進める決勝戦をあと一歩のところで逃してきた。それだけに今年のBJCは強い意気込みで臨むのか訊ねると、「なにがなんでも決勝とは考えていません」と、意外な答えが返ってきた。

「日本男子のレベルは高いので、油断していたら予選落ちの可能性があるので、手を抜くわけではないです。でも、今年はオーストリアのインスブルックである世界選手権を最大の目標にしていて、そこで最高のパフォーマンスを発揮して活躍したいんです。そのために年末の合宿でインスブルックに行ったくらいなので。だから、BJCにピークを合わせるよりは、日本代表として活動できる最低限の順位を確保できればいいと考えています」

 緒方の視線がBJCを飛び越えて、4月から始まる国際大会シーズンに向いているのは、昨年の経験則があるからだ。

「去年は“絶対に決勝に進む”と決意して、BJCに照準を合わせたら全然ダメで。しかも、その後に反動が出て、W杯シーズンの開幕直前になっても調子が全然上がらなかった。智亜(楢崎)くんに「いまの状態を受け入れて、負けるにしても自分なりの力を出せばいい」とアドバイスされて気が楽になって、ボルダーW杯の開幕戦は予選を突破して9位になれたけど、その後もなかなか本調子に戻らなかった。

 だから、今年は世界選手権を目標にしているし、W杯でも開幕から活躍したいので、BJCは7、8割くらいのコンディションで臨もうと考えています」

過酷なシーズンを乗り切って得た経験則

 今季のスポーツクライミングシーズンは、W杯シリーズや大陸別大会のほかに、6月には新設されたオリンピック種目コンバインド(複合)の国内大会があり、9月には2年に一度のスポーツクライミング界最大のタイトル・世界選手権が控えるため、例年よりも試合数が多い。

 シニアとユースの代表を兼ねていた昨年の緒方は国内代表選考会やW杯、ワールドゲームズ、世界ユース選手権など国内外の19大会31試合に出場した。これは藤井快の18大会25試合、楢崎智亜の15大会20試合、シニアとユースの両大会に出た楢崎明智の13大会20試合と比べれば、緒方がいかに多くの試合に出場したかがわかる。

 そして、この経験が大会数の多い今季、緒方のアドバンテージになる可能性は大きい。

「去年の試合数はやばかったですからね。シーズン終盤は肉体的にも精神的にも壊れそうでした。実際、9月の世界ユース選手権後は体調を崩しました」

 昨夏の緒方は、8月半ばにドイツでのボルダーW杯に出場し、翌週はイタリアでのリードW杯に臨んだ。大会後はそのままヨーロッパにとどまり、8月30日から9月10日までオーストリアでの世界ユース選手権でリード、ボルダリング、スピード、コンバインドの4種目に出場した。

 世界ユース選手権後は本来なら、ふたたびドイツに戻って賞金大会に参戦し、終了後にイランのテヘランへ移動して9月18日からアジア選手権を戦うはずだったが、体調を崩したことでドイツでの賞金大会をキャンセルし、いったん帰国してからアジア選手権に向かうことになった。

「去年の世界ユース選手権は出場できる最後の大会だったから大きな目標にしていて、大会前にすごい減量をしたんです。そこに連戦の疲労も加わって大会後に熱と腹痛で倒れました。日本に帰ってきたら体調は戻ったけれど、登る調子はずっと落ちたままで。そのためシーズン後半は大会に出るのがストレスでしたね」

 アジア選手権後もリードW杯やアジアカップと大会は続き、シーズン最終戦のチャイナ・オープンまで、緒方は「また大会かよ」とウンザリしながらも、「あともうちょっとでオフだからがんばろう」と自らに言い聞かせて乗り切ったことで気づきがあった。

「去年のワールドゲームズや世界ユース選手権でわかったのは、ひとつの大会にこだわると、その後は大きな反動が出て、調子は落ちて成績も凹む。だから、なるべくひとつの大会にピークを合わせず、シーズンを通じて好調時の8割くらいの調子を維持した方が、コンスタントに成績が残せるってことですね。

 ただ、長いシーズンを戦うなかでピークを合わせたい大会は必ずある。だから、その大会後は調子は落ちるものだとわかっていれば、焦りもないし、ストレスから体調を崩すこともないので、調子が下がるのは当たり前と吹っ切って大会を楽しもうと思っています。

 チャイナ・オープンがそういう心境でした。勝ちたいとか、いい成績を出したいとか思わずに臨んだら、大会に出るストレスは減って、気負いがないから良いパフォーマンスが出せて好成績が残せたんですよ」

(C)EDDIE FOWKE/IFSC
(C)EDDIE FOWKE/IFSC

「二十歳の誕生日にいい思い出をつくりたい」

 緒方は福岡県内一、二の進学校として知られる公立・明善高3年時に出場した世界ユース選手権イタリア・アルコ大会で優勝したことで、「もっと強くなって世界で活躍したい」の気持ちが抑えきれなくなり、国立大への進学を諦めて、海外遠征費の支援などスポーツクライミングに理解の深い神奈川大に進んだ。

 この2年間はトレーニングだけではなく、一人暮らしをしながら日々の食事で摂ったカロリーや糖質、タンパク質量などをスマホのアプリを使って自己管理したことも成果につながり、国内トップクライマーの仲間入りをした。

「高3の時に世界大会で活躍できるクライマーになると覚悟を決めて進んできたので後悔もないし、大変だとも思っていません。

 東京オリンピックの代表を本気で狙っているので、それを達成するために出来ることは全部やりたい。だから、目の前のことでブレて、オリンピック代表という大目標を見失わないようにと思っています」

 その言葉を聞きながら、昨年8月のボルダーW杯ミュンヘン大会決勝の2課題目に挑んだ緒方の姿を思い出した。制限時間4分内に10回以上スタートを切る選手はそういないなか、コーディネーション系の課題だったとはいえ、緒方は15回もトライした。

 あの光景を見たら「絶対に登りたい」というスイッチが入ったら、緒方は後先を考えて力をセーブするなどできないのではないか―――。

「ありえますね。本音を言えば優勝したいんで。BJCの決勝がある2月4日は、ぼくの二十歳の誕生日なので、いい思い出をつくりたいですから。だけど、たとえ課題にのめり込んだとしても、シーズンを棒に振るケガだけはしないように気をつけます」

 二十歳の誕生日で幕開けする今シーズン、緒方がどんな飛躍を遂げるのか目が離せない。

(C)EDDIE FOWKE/IFSC
(C)EDDIE FOWKE/IFSC

おがた・よしゆき 

1998年2月4日生まれ(19歳) 福岡県久留米市出身。

「身長は最近測ってないけど、みんなに伸びたと言われるんで172cmかな」という緒方が気を配っているのが体重。オフシーズンは60kg以上に増えるが、シーズン中は53kg〜58kgに絞って大会に臨んでいる。

※楢崎の「崎」は正しくは「大」の部分が「立」

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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