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スポーツクライミングW杯ボルダリングがクライマックス。日本勢に加え、初参戦のメゴスを見逃すな。

津金壱郎フリーランスライター&編集者
2500人を超す観客が沸いたBWC八王子から3ヵ月、今季の王者が決まる(写真:アフロスポーツ)

2020年東京オリンピックの追加種目に決まったスポーツクライミング。

国内での知名度が飛躍的にあがっている高さ5mほどの人工壁に作られた複数の課題を登れた数で争うボルダリング

高さ16mほどのクライミングウォールに大会ごとに作られる課題をどの高さまで登ったかで勝者を決めるリード

高さ15mの人口壁に国際規格で定められた課題を登る速さで競うスピード

この3種目の複合でメダルを争う東京五輪に向けて、日本が得意にするボルダリングの本当の実力が、ボルダリング・ワールドカップ・ミュンヘン大会から見えてくる。

最高峰のスポーツクライマーが集結する唯一の大会

 世界中のスポーツクライマーがボルダリングの競技力を戦わせる最高峰の舞台、スポーツクライミング・ワールドカップ・ボルダリング(以下W杯ボルダー)。

 4月にスイスで開幕し、世界各地を転戦してきたW杯ボルダーのシリーズ最終戦となる第7戦ミュンヘン大会が、8月18日(金)・19日(土)に開催される。

 例年5000人近い観客を集め、シリーズ随一の盛り上がりを見せるミュンヘン大会に、今年は47ヵ国から男女合わせて292選手(男子174、女子118)がエントリーしている。

 これは第2戦の中国・重慶大会の28ヵ国119選手(男子77人・女子42人)や、第6戦インド・ナビムンバイ大会の18ヵ国99選手(男子58・女子41)との規模は比べるまでもないほど。

 

 これだけ大きな差が生じる理由は、ミュンヘン大会がボルダリングのヨーロッパ選手権を兼ねていることにある。多くのスポーツにおいて大陸選手権の格付けは、世界規模で争う大会よりも下にくることが多い。だが、ヨーロッパ発祥のスポーツクライミングにおいては、歴史的な背景や各国協会の財政事情などが影響し、欧州圏の選手たちの優先順位は異なる。

 ミュンヘンと逆のケースだったのが、6月のW杯ボルダー・ナビムンバイ大会。リードのヨーロッパ選手権と日程が近かったため、欧州勢のほとんどの選手がナビムンバイ大会の出場を見送ったことで寂しい顔触れで争われた。

「ヨーロッパ選手権だから」と普段はW杯ボルダーに参戦しない選手たちも出場し、加えてアメリカ勢もこぞって顔を揃える。これほどハイレベルなメンツが揃う大会は、W杯ボルダーではミュンヘン大会のみ。日本にとっては、”真の実力”をはかるにはうってつけの舞台と言える。

誰が優勝してもおかしくない日本男子

 W杯ボルダー年間1位の可能性を持つ韓国のチョン・ジョンウォンロシアのアレクセイ・ルブツォフ渡部桂太(わたべけいた)の3選手や、ミュンヘン大会2連覇を狙う楢崎智亜(ならさきともあ)が優勝争いの中心になることが予想されるなか、注目したいのが藤井快(ふじいこころ)だ。

※楢崎の「崎」は正しくは「大」ではなく「立」

 昨季はW杯ボルダー年間2位となり、今シーズンも開幕戦のマイリンゲン大会に優勝して幸先の良いスタートを切ったものの、その後は精彩を欠いて、6名で争う決勝に残れない試合が続いた。

 日本代表の安井博志ヘッドコーチによれば、「マイリンゲンは調子が悪い中でも優勝できたけれど、その後は仕事との兼ね合いでコンディションが整わなかった」ことが響いた。だが、現在は勤務先の協力によってワールドカップに集中できる環境が整っている。

 6月の第5戦のアメリカ・ベイルで5位、続くナビムンバイは4位と本来の調子を取り戻しつつある藤井が、昨季は準決勝で散り、年間1位の座を逃した因縁のミュンヘン大会でどういう成績を残すのか興味深い。

藤井が優勝した今季開幕戦のBWCスイス・マイリンゲン大会の決勝

 伸び盛りで楽しみな存在が、ベイル大会でW杯ボルダーの表彰台に初めて立った19歳の緒方良行(おがたよしゆき/W杯ボルダー・ランク8位)と、18歳の楢崎明智(ならさきめいち/W杯ボルダー・ランク9位)だ。

 緒方は7月のワールドゲームズのボルダリングで、日本男子として初めて金メダルを獲得。上り調子の19歳がW杯ボルダーでも初めて表彰台の中央に立つ可能性はある。

 楢崎明智も186cmの長身を持て余すことが多かったが、力強さが少しずつ増し、他の誰もが真似できない手足の長いリーチを生かせるようになってきた。兄・智亜とは違うスタイルで、2年連続でミュンヘンを“楢崎家”が制するかもしれない。

 W杯ボルダー・八王子大会で決勝に進んだことが評価され、日本山岳・スポーツクライミング協会の強化委員会の推薦による「特別枠」を手にして出場する20歳の石松大晟(いしまつたいせい)は、ひとかたならぬ決意でミュンヘン大会に乗り込む。

「僕が初めて出たワールドカップが去年のミュンヘンで、決勝戦の盛り上がりは身震いするほどスゴかった。去年は準決勝で負けて見ているだけだったけど、あの観客の前で登って、完登できたら最高。もらえたチャンスを絶対に生かして、あの歓声を味わってきます」

 初めての表彰台に照準を合わせて準備してきた成果を、自身3度目のBWCの舞台で実現してもらいたい。

 このほか大舞台で無類の強さを発揮する堀創(ほりつくる/W杯ボルダー・ランク10位)、藤脇祐二(ふじわきゆうじ)、原田海(はらだかい)も出場する。当初予定されていた波田悠貴(はだゆうき)は、怪我のため欠場が決まった。

フリークライミング界を席巻するアレックス・メゴスが初参戦

 海外勢で最大の目玉はアレックス・メゴス(ドイツ)だ。2013年にスペイン・シウラナにある課題名『Estado Critical』という5.14d(難易度)のルートをオンサイトし、世界で初めて5.14dグレードのオンサイト記録を作るなどして、フリークライミング界に彗星のごとく現れた。

 以来、岩場でのリード、ボルダリングの高難度課題を次々と登って衝撃を与え続ける23歳の正真正銘のプロフリークライマーが、ワールドカップに初出場する。不慣れなスポーツクライミングという“競技”で、メゴスがどんなパフォーマンスを見せるのか。彼の登りを観るだけでもミュンヘン大会は価値があると言っても過言ではないだろう。

カナダ初の5.15bのグレードがついた課題『Fight Club』を初登したアレックス・メゴス

ショウナとヤーニャの2強に野中、野口が割って入れるか

 ショウナ・コクシー(イギリス)が今季4勝をマークして2年連続のW杯ボルダー年間1位をすでに決めている女子は、日本からは同2位の野中生萌(のかなみほう)、同4位の野口啓代(のぐちあきよ)、同9位の尾上彩(おのえあや)、同10位の小武芽生(こたけめい)の4選手が出場する。

 日本勢はここまで安定して決勝に進出しているものの、今季はまだ誰も表彰台の中央に立っていない。昨年のミュンヘン大会を制した野中は高難度課題で持ち前のフィジカルの強さを発揮できれば優勝の可能性が見えてくる。また、尾上と小武はW杯ボルダーの年間ランク10以内を維持する成績を残したい。

 ただし、ライバルは例年以上に強大だ。ショウナはもちろん、ヤーニャ・ガンブレット(スロベニア/W杯ボルダー・ランク3位)も出場する。今シーズンはBWCで2勝をマークし、リードWCでも開幕から無傷の3連勝と圧倒的な強さを見せるヤーニャは、前回出場のW杯ボルダー・ベイル大会(ナビムンバイ大会は欠場)で、リードとボルダリングのキャリアを通じて初めて決勝進出を逃した。

「ボルダーに出場するのは課題を楽しんでいるだけで、勝ち負けは気にしていない」

 リード種目に焦点を絞っている18歳はそう語るものの、持ち前の負けず嫌いに火が着き、ミュンヘン大会の翌週に控えるW杯リード・アルコ大会のことを忘れるほど集中力を高めてくれば決勝進出6枠のひとつは埋まると言っても過言ではない。

クライミング界のサラブレット・ブルックに大注目

 7月にあったワールドゲームズのボルダリングで金メダルを獲得して上り調子のスターシャ・ゲージョ(セルビア/W杯ボルダーランク8位)や、銅メダルになったファニー・ジベール(フランス/W杯ボルダーランク13位)など、W杯ボルダーの年間ランク上位に名を連ねる選手がこぞって出場するなか、普段は北米開催のW杯ボルダーにのみ出場する傾向の高いアメリカ勢も、今年はミュンヘン大会に数多くエントリーしている。

 2013年まではW杯ボルダーを主戦場にし、それ以降はスポット参戦のアレックス・プッチョ(28歳)は、昨年負った大怪我から復活し、今年のベイル大会で4位。“課題をねじ伏せる”と表現したくなるパワークライマーの彼女が、バリエーション豊かなミュンヘンの課題をどう攻略するのかは見どころのひとつだ。

 また、ブルック・ラバトゥも注目したい選手だ。父親が80 年代に岩場のコンペで活躍したディディエ・ラバトゥ。母親も1992年からW杯リード4連覇のロビン・アーベスフィールドというサラブレッドは、まだ16歳ながら岩場でのリードとボルダリングでの実績は十分。初出場した今年のW杯ボルダー・ベイル大会は9位。今後の飛躍が楽しみな逸材は、どんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうか。

 W杯ボルダー・ミュンヘンの準決勝、決勝の模様は、YOUTUBEのIFSCチャンネルでライブストリーミング放送され、無料で視聴できる。

《スケジュール》

8月18日(金) 

 午前8時開始・男子予選 

(日本時間8/18 午後3時〜)

 午後5時開始・女子予選 

(日本時間8/19 深夜0時〜)

8月19日(土) 

 午前10時開始・男女準決勝

(日本時間8/19 午後5時〜)

 午後6時開始・女子決勝 

(日本時間8/20 深夜1時〜)

 午後8時開始・男子決勝 

(日本時間8/20 深夜3時〜)

IFSC BWCミュンヘン2017 決勝

IFSC BWCミュンヘン2017 準決勝

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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