Yahoo!ニュース

厚労省の統計不正は、さらに深刻な問題が・・・

津田栄皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト
(写真:西村尚己/アフロ)

 前回書いた記事https://news.yahoo.co.jp/byline/tsudasakae/20190507-00125075/で、厚労省の統計不正が外国人投資家の不信を招き、日本株式売却を踏み切らせたのではないかと指摘した。しかし、それだけでなく、もっと大きな問題を、この厚労省の統計不正は引き起こしている。

日本経済を扱う専門家にとって深刻な問題

 その一つは、これまで、日本の統計を使ってエコノミストや評論家、大学の先生方が日本経済に関して行ってきた分析や論評、講義が、果たして正しいのか疑問を持たれたということである。つまり、厚労省の統計を使って行った日本経済の分析は、間違っている、そこまでは言えなくても正しいとは言えない、また過去に遡って修正しないということは、統計の空白を作ることになり、その期間は日本経済の分析は不可能ということになる。

 これでは、少なくとも雇用統計を使った現状の経済報告や論文は、世界から評価できないということになる。しかも、雇用統計だけでなく、それを基にした賃金所得の統計の一部不備で、所得の実態が掴めず、それをもとにして計算されてきたGDPまでが、正しくないことになる。すなわち、日本経済そのものの実態が正しく把握できない状況にあるといえる。

 もちろん、大学の先生や専門家には非はない。しかし、このことによって、世界から評価されない、また事実に基づいた正しい講義を行ったとはいえない事態になる。海外からは、日本から発信される経済分析・論文が正しくないと見られる一方、日本経済に関する統計を使って調査・分析することもできないことになる。

 つまり海外から日本経済を調査できず、評価もできないから、日本を正しく判断することができないということになり、その不利益は日本経済を扱う専門家、そして日本全体にもたらされる恐れがあるということである。

日本は本当に真の民主主義国家なのか問われている

 しかし、この厚労省の統計不正の最大の問題は、日本が本当に民主主義国家なのか、という問題を浮き上がらせたことである。資本主義は、少なくとも民主主義を前提にしている。それに日本が疑問を持たれたのが、今回の統計不正の問題といえる。つまり、日本は中国と変わらないのではないかということである。

 今中国は国家資本主義体制を採っている。これは、共産党が支配する国家の主導の下での資本主義体制であり、欧米の民主主義の下で国家の介入を排除し、自由な競争を保障した資本主義体制とは異質なものである。今、アメリカは、中国が、資本主義を採用していても、共産党一党独裁の共産主義国家は変わらず、民主主義に挑戦していることに気づいたからこそ、根本的に相いれないという判断から、中国との貿易戦争に入ったのであり、これは、どちらかが倒れるまで終わらないと見ている。その中国と同じような体制の片鱗が今回の統計不正に感じられたのではないだろうか。

この統計不正の問題の根底には

 最近の行政は不祥事が多い。特に財務省の公文書の改ざん、そしてこの厚労省の統計不正など、本来あってはならないことである。それが、問題発生の原因と責任を追及せず、うやむやになって、知らないうちに事実上黙認されてしまっている。それは、民主主義国家にあってはならないことである。

 国民に選ばれた議員による議会の民主的な手続きで法律や規則が決められ、本来行政はそれに縛られて行動するのが民主主義国家である。それを無視して、勝手に行政が変えてしまうことは許されない。もしこれを行政が行うなら、厳正な対処をしなければならない。そうでなければ、行政が、民主主義的手続きをないがしろにし、勝手に変えられることになる。それは民主主義国家ではないということになる。

 ところが議会は、これを許してしまい、それを厳正に対処して正すことをしないままでいる。このことは、国民に選ばれた議員及び議会が国をコントロールできていないということになる。逆に、実質的に官僚などの行政がこの国を支配していることを示すことになる。

 それは、世界から、特に欧米から、どう見えるだろうか。まさに、崩壊した過去の旧ソ連のテクノクラート(官僚)による社会主義国家、今の中国の共産主義国家に見えるのではないだろうか。そのことが、欧米の民主主義諸国からすると、民主主義の根幹、共通の価値観で、日本は異質な国と見えるのではないか。

 もちろん、戦後日本は民主主義国の仲間入りをしたが、現実は、議会による討論・議決は形式的で、予算や法律などの内容については、ほぼ官僚により作成されたものである。つまり実質的には官僚など行政を中心に国が動いているといえる。それでも、曲がりなりにも、議会の議決を得て、そのもとで国が動いている形を取っている。しかし、最近の行政は、そうした議会の議決した法律や規則をも勝手に変えてしまっている。名実ともに行政が国を動かしていると見えることになる。

厚労省の統計不正を放置すれば、日本は見捨てられる

 今回の厚労省の統計不正は、そうした深刻な問題を突き付けている。これは行政による議会への挑戦であるといえる。これに対して、議会は、厳正に対処し正さなければならない。与党も野党も、お互いに協力して行政をどうコントロールするかを問われている。もちろん、首相への忖度で改ざんや不正を行政が行ったかもしれない。それならなおさらである。しかし、議会では、野党が与党を攻撃する材料として扱い、結局厳正な対処もできず、実質的に行政のやり方を黙認してしまっている。

 この結果、日本は、やはり欧米とは違って、共通の価値観を持っていないと認識されたのではないだろうか。今はまだ経済大国の一員であるから表立って言われはしないが、欧米は民主主義という点で日本とは一線を画する国と見られたのではないだろうか。そして、資本主義は民主主義を前提に機能するという欧米の政治経済構造とは、日本は異なるとなれば、前回書いたように、今後も日本へ投資するのは避ける判断が働く、その先には、日本は衰退していけば見捨てられることになる。それだけ、この厚労省の統計不正は、深刻な問題なのである。

皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

1981年大和証券に入社、企業アナリスト、エコノミスト、債券部トレーダー、大和投資顧問年金運用マネジャー、外資系投信投資顧問CIOを歴任。村上龍氏主宰のJMMで経済、金融について寄稿する一方、2001年独立して、大前研一主宰の一新塾にて政策立案を学び、政府へ政策提言を行う。現在、政治、経済、社会で起きる様々な危機について広く考える内閣府認証NPO法人日本危機管理学総研の設立に参加し、理事に就任。2015年より皇學館大学特別招聘教授として、経済政策、日本経済を講義。

津田栄の最近の記事