Yahoo!ニュース

人気YouTuberが「高齢者ワンオペうどん店」を酷評して活動休止! 大炎上になったある1つの理由

東龍グルメジャーナリスト
(写真:イメージマート)

ワンオペとは

ワンオペという言葉を知っていますか。

ワンオペとはワンオペレーションの略であり、ひとりで作業するという意味です。最近では「ワンオペ育児は辛い」というような表現がよく用いられているので、聞いたことがある人も多いかと思います。

そもそもワンオペという言葉は、ひとつの店舗や事業所で、ひとりで業務を行うという意味合いで使われていました。ひとりしか従業員がいないので、休憩をとったり、食事をとったりすることはままならず、常に緊張感を強いられる大変な状況です。

飲食業界では、飲食店にひとりだけいて、全ての作業をひとりで行うことがワンオペとなります。飲食店におけるワンオペについて、最近大きな炎上事件が起きました。

ワンオペを揶揄

炎上の端緒となったのは、登録者数60万人以上を擁する人気のYouTuberグループ「夕闇に誘いし漆黒の天使達」が投稿した動画。

「ネット上でレビューがついていない店に行き、初めてのレビューを書いてあげよう」という企画のもと、神奈川県相模原市の飲食店を回ります。あるうどん店を訪れ、高齢の女性がワンオペで運営していることを確認した上で、カツ丼・特製上うどん・天丼・天ぷらうどんと、メンバーそれぞれが意図的に違うメニューを注文しました。

時間がかかるといわれたにもかかわらず、「1品目がくるのに40分かかりました」というテロップを表示。退店すると「急ぐ気がなかったのが腹立つ」「クソ店」「あんなもん店じゃない」「飲食の権利ない」と口汚く酷評しました。レビューでも、ネガティブなコメントを残し、低い評価点を付与。

この動画に対して、批判が殺到します。これを受けて、動画を非表示にして謝罪文を掲載。店舗に電話し、謝罪が受け入れられたと主張しますが、「おばあちゃんは動画を知らないので謝罪にならないのでは」といった反応もあり、鎮火しません。事案の重さを鑑みて、DJを務めるラジオ番組が打ち切られたり、YouTubeの公開が休止されたりするなど、大きな影響がありました。

改めて飲食店のワンオペについて説明していきましょう。

ワンオペの苦労

ワンオペでは、飲食店における全ての業務をひとりで行います。

飲食店の業務には何があるでしょうか。

客から見えるところでは、入店時の応対、オーダー受付、水のサーブ、電話の対応、料理の調理と配膳、ドリンクの用意と提供、皿やグラスの下膳や交換、会計対応、テーブルの片付けやセッティングなどになります。

これだけでも数多くの業務がありますが、並行で行われることがあるのが厄介です。たとえば、調理途中に新しい客が入店してきたり、皿を下げようとしたら会計を求められたり、電話で話しているのに客から呼ばれたりします。

複数人いれば、それぞれが役割を分散して対応すればよいですが、ワンオペであれば、そうはいきません。ところどころで中断されてしまうので、余計に時間を要してしまうでしょう。キッチンとホールを行き来していれば、なおさら効率が悪くなることは間違いありません。

客から見えるところだけではなく、客から見えないところでも業務があります。

開店準備、料理やドリンクをつくるための仕込み、予約の確認やテーブル調整、予約サイトの在庫管理、次のメニューの考案や試作、食材やドリンクの発注や受け取り、店内の清掃、備品の補充、レジ締め、お金の補充と管理、閉店作業など、雑多な業務があるのです。

これらの作業を全てひとりで行うのが大変であることは、普段家事をしない人でも想像できるのではないでしょうか。

人のために料理をつくる

各人が食べたいものをオーダーすること自体は、全く問題ありません。しかし、ワンオペのスタッフをわざと困らせようとして、麺と丼を混在させて、それぞれが別の料理を注文したことが問題です。

しかも、YouTubeという誰もが観られる場で、その様子を嘲笑ったり、酷評したりしたのは、全く賛同できません。誠意をもって時間がかかると伝え、客のために頑張っておいしいものをつくろうとしている人を揶揄するのは、どういった感覚なのでしょうか。

多くの方は、小さい頃に、親が自分のために料理を一生懸命つくってくれたことを覚えていると思います。親は子どもに満足してもらい、栄養をとって元気になってもらうことを期待して、奮闘していたことでしょう。その親が忙しく働いている姿を笑うことなどできるでしょうか。

飲食店と客はお金の授受がある関係ですが、料理をつくるのは手間のかかることであり、誰かのためにつくるのは尊い行為であるように思います。

従業員が少ない

総務省統計局の2016年経済センサスによると、日本標準産業分類「76 飲食店」では、全国453,541事業所のうち、個人事業主が304,983事業所。飲食店の67.2%は法人ではなく、個人事業主による経営となっています。そして、全体のうち6割もの事業所が1人から4人の従業者数で運営されているのです。

多くの飲食店は個人事業主であり、経営規模が小さいので、人を雇う余裕がありません。ただ、席数が少なかったり、繁盛していなかったりする店であれば、少人数のスタッフで運営を回すことができます。

従業者数が2人以上であったとしても、シフトの時間帯によってワンオペになるでしょう。したがって、少なからぬ飲食店がワンオペで運営していることになります。

ワンオペを困らせるような行為は、飲食店にとって全く他人事であると思えません。

企画の根底にある考え

そもそも、当事案の企画意図に疑問がもたれます。

「ネット上でレビューがついていない店に行き、初めてのレビューを書いてあげよう」という企画ですが、“レビューを書いてあげる”という言葉からしても、上段から見下ろしているように感じられます。食べ終えた後の会話や酷評のレビューを鑑みても、飲食店を応援したいのではなく、飲食店を馬鹿にして楽しんでいるようです。

日本では、職人に対する地位や評価があまり高くありません。残念ながら、飲食店の料理人やサービススタッフに対しても同様です。普段から飲食店を下に見ているので、このような残念な企画が考案され、品のない動画が制作されたのではないでしょうか。

料理人やサービススタッフに対するリスペクトや感謝を持ちあわせており、飲食店のよさを伝える内容であれば、このような大炎上にはつながらなかったはずです。

飲食業界の素晴らしさを広めてもらいたい

2013年に「日本人の伝統的な食文化」として「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。ミシュランガイドにおいては、東京は世界で最も多くの星を獲得する都市です。

少子高齢化していき、国力が落ちていく日本において、食は大きな力となり、我々の子孫の財産になります。それなのに、日本人が日本の食を体現する飲食店を大切にしなくてどうするのでしょうか。

人気YouTuberが飲食店を貶めるような行為をすれば、視聴者に悪い影響を与えてしまいます。影響力や発信力のある方には、日本の飲食業界の素晴らしさを広めるための活動を行ってもらいたいと切に願います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

東龍の最近の記事