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直木賞作家の小説の舞台が一つ星に! 3年間苦しんだミシュランシェフが達した“ある境地”とは?

東龍グルメジャーナリスト
(C) 東龍

東京會舘のメインダイニング

2019年1月8日に「NEWCLASSICS.」=「新しくて伝統的」というコンセプトを掲げて開業したのが、東京會舘。

直木賞作家、辻村深月氏の「東京會舘とわたし」(毎日新聞出版)の舞台にもなった施設であり、多くのゲストに愛されてきました。建て直しのために2015年1月31日から休館し、4年近くの歳月を経てオープンしたということで、大きな話題となったのは記憶に新しいところ。

食にも定評があり、5つの素晴らしいレストランを擁しています。その中でメインダイニングとなるのが、フランス料理「レストラン プルニエ(Restaurant Prunier)」です。

ミシュランシェフの松本浩之氏を招聘

東京會舘には伝統的なフランス料理の味が継承されています。

その味をさらに革新的に強化するために、松本浩之氏を「レストラン プルニエ」のシェフとして招聘。松本氏は25歳で渡仏して研鑽を積んでから帰国し、「レストラン フウ」ではシェフを務めてミシュランガイドで6年連続一つ星を獲得するなど、輝かしい経歴を誇る料理人です。

東京會舘はウェディングや宴会、レストランが中心なので、コロナ禍では非常に厳しい時期を過ごしていました。その辛い期間を乗り越え、昨年末に発売された「ミシュランガイド東京2023」で「レストラン プルニエ」が見事、一つ星を獲得したのです。

新しく一つ星に輝いた「レストラン プルニエ」について紹介しましょう。

「レストラン プルニエ」とは

「レストラン プルニエ」内観 (C) 東龍
「レストラン プルニエ」内観 (C) 東龍

「レストラン プルニエ」の歴史について振り返ると、その嚆矢となるのは1934年。

日本初の鮮魚介料理店としてオープンし、非常に先進的でした。この原点に立ち返ろうと、店内は魚や水をコンセプトにデザインに。水の流れをイメージしたものや魚の装飾品が置かれていたり、テーブルクロスが鱗を模した柄になっていたりと、随所にこだわりが見かけられます。

ダイニングには、48席をゆったりと配置。6席個室が2つ設けられているので、様々なシーンで利用できるでしょう。窓の外には、日比谷通りの美しい緑が広がっており、心を癒してくれます。

テーブルウェアも注目するべきところ。ショープレートは店名のロゴが入ったオリジナルのレイノー。レイノーはフランス・リモージュの名窯として知られています。食事のプレートには同じくリモージュで評価の高いジョン・ド・クロームやベルナルド、カトラリーには高級銀器として名高いフランスのエルキューイ。普段は使えないテーブルウェアで食事できるのも大きな魅力です。

オススメのコース

アラカルトやクイックメニューも用意されていますが、ランチにもディナーにも提供されているコース「ムニュートリロジー」(16,500円、サ別)もしくは「ムニュー・ド・イヴェール」(24,200円、サ別)がイチオシ。

なぜならば、ミシュランシェフである松本氏が自信をもつ、季節のおすすめ料理やデザートが体験できるからです。

では、この時季に味わえるメニューを詳しく紹介していきましょう。

赤貝の瞬間マリネ フルーツトマトのクーリ ストゥーリア社のオシェトラキャビア添え

赤貝の瞬間マリネ フルーツトマトのクーリ ストゥーリア社のオシェトラキャビア添え  (C) 東龍
赤貝の瞬間マリネ フルーツトマトのクーリ ストゥーリア社のオシェトラキャビア添え (C) 東龍

お酢にくぐらせて瞬間マリネした赤貝を主役にした一品です。静岡県のトマト「アメーラ」をミキサーに入れてクーリ=とろっとしたソースにし、そのジュレも合わせました。赤貝の旨味にトマトの心地よい酸味がよく合います。トップには大粒のオシェトラキャビアを大胆にのせて。

毛蟹のリエット 昆布に見立てた帆立貝のチップス

毛蟹のリエット 昆布に見立てた帆立貝のチップス  (C) 東龍
毛蟹のリエット 昆布に見立てた帆立貝のチップス (C) 東龍

毛蟹のリエット 昆布に見立てた帆立貝のチップス  (C) 東龍
毛蟹のリエット 昆布に見立てた帆立貝のチップス (C) 東龍

見た目のサプライズがある冷前菜です。陶器のプレートを黒く覆っているのは、乾燥させた竹炭を加えた帆立貝のチップスで、上には瑞々しいナスタチウムの葉。チップスの中には、出汁を加えた毛蟹のリエットと立派な殻付きの脚があります。海の幸を存分に堪能できる料理です。

河豚白子 長野県産香茸のリゾット

河豚白子 長野県産香茸のリゾット  (C) 東龍
河豚白子 長野県産香茸のリゾット (C) 東龍

香気を有した希少な長野県の香茸を用いたリゾット。山口県下関のトラフグの白子を茹であげてから炙りました。白子はとろっとした口当たりで、非常に濃厚。マデラ酒のソースでしっかりとした味わいに仕上げ、アルデンテに仕上げた米との相性は抜群です。

ヨーロッパ産オマールブルーのソテー シナモン バニラ風味の姫林檎のロースト カルヴァドスを効かせたシードルソース

ヨーロッパ産オマールブルーのソテー シナモン バニラ風味の姫林檎のロースト カルヴァドスを効かせたシードルソース  (C) 東龍
ヨーロッパ産オマールブルーのソテー シナモン バニラ風味の姫林檎のロースト カルヴァドスを効かせたシードルソース (C) 東龍

リンゴとオマールブルーをテーマにした一品。オマールブルーはミキュイ=半生の焼き加減なので、フレッシュな瑞々しさと火入れされた旨味が感じられます。ホイップクリームを加えたカルヴァドスのソースは口当たりがよく、オマールブルーの旨味とよいコントラスト。姫林檎はフレッシュ・ロースト・ピューレの3種類の調理法で仕上げられています。ローストした姫林檎の中にはバニラやシナモンの鞘が入れられており、香りが豊か。

蝦夷鹿背肉のロースト フランス産 トピナンブールのデクリネゾン

蝦夷鹿背肉のロースト フランス産 トピナンブールのデクリネゾン (C) 東龍
蝦夷鹿背肉のロースト フランス産 トピナンブールのデクリネゾン (C) 東龍

3歳のメスの蝦夷鹿を、届いたその日のうちに、赤身、筋、骨に分け、ロース肉は2週間クルミオイルでマリネして、やわらかく仕上げました。均一かつ丁寧な火入れで、蝦夷鹿の妙妙たる味わいをじっくりと引き出しています。蝦夷鹿の出汁、白ワイン、赤ワインのソース、コケモモとビーツのソース、パセリオイルのソースと、3種類のソースを用意。それぞれ味わいが異なるので、食べ比べてみると楽しいです。トピナンブール=キクイモは、ポワレ、スライスチップ、ピューレにして、3種類の体験を。周りにはオクサリスとセイヨウノコギリソウが配され、ピリッとしたアクセントと緑の彩りを加えています。

再構築したフォレノワール バタックペッパーのアクセント

再構築したフォレノワール バタックペッパーのアクセント  (C) 東龍
再構築したフォレノワール バタックペッパーのアクセント (C) 東龍

チョコレートとチェリーのフォレノワールを現代風に再構築しました。チェリーのように見えるのは飴細工です。中には酸味の効いた赤ワインのソルベが包まれています。円盤状になっているのはココアの飴細工で、チョコレートとチェリーのムース。周りには砕いたガトーショコラの生地が美しく散らされています。

紅茶と小菓子

紅茶と小菓子 (C) 東龍
紅茶と小菓子 (C) 東龍

最後の小菓子も手が込んでおり、スタンドにのせられた見た目も可愛らしいです。ウィークエンドシトロン、ピスタチオクリームとフランボワーズのパリブレスト、カシスクリームをサンドしたクローブ風味のダコワーズ生地という取り合わせ。どれも紅茶にぴったりな香味をもっています。

充実したワイン

ワインは文中の順番に合わせて左上、右上、左下、右下 (C) 東龍
ワインは文中の順番に合わせて左上、右上、左下、右下 (C) 東龍

本格的なフレンチに合わせて、ワインも充実しています。

最初に提供されたシャンパーニュは「ジュール ラサール ロゼ プルミエ クリュ」(5,500円)。黒ブドウ主体のロゼで、赤貝の旨味とトマトコンソメのジュレの酸味に合います。

「コンドリュー “レ ヴァン ド ヴィエンヌ” 2020」(3,850円)はオマールブルーにペアリング。華やかな香りのヴィオニエ100%の白ワインで、青リンゴやレモン、オレンジピールの香りが、姫林檎やシードルのソースに寄り添います。

蝦夷鹿にマリアージュさせたのは「シャトー ロル ヴァランタン”サンテミリオン” 2015」(5,500円)。やわらかく、しっかりとした味わいの赤身肉に対して、なめらかなタンニンをもつメルロー主体の赤ワインがぴったりです。

デザートに合わせられたのは「ディクタドール パーペチュアルXO」(4,400円)。コーヒーやチョコレートのニュアンスを感じられるコロンビアの熟成ラム酒で、チョコレートとの相性は抜群です。

おいしいと思った料理を提供する

「レストラン プルニエ」内観 (C) 東龍
「レストラン プルニエ」内観 (C) 東龍

「レストラン プルニエ」のシェフ、松本氏に話を聞きました。

「オープンしてからの4年間でスタッフもだいぶスキルがついてきて、昨年1月くらいからチームとして完成度が高まってきました。お客様からの急なご要望にもスムーズに対応できるようになったと思います」

これまでもやりたいことは色々とありましたが、スキルの問題もあって、できなかったということです。ゲストの目の前でサービスする舌平目のムニエルもそのひとつで、今ではスタッフに安心して任せられるとあって、オンメニューされています。

松本氏は「レストラン プルニエ」のシェフに就任した当初のことを振り返ります。

「東京會舘は昨年100周年を迎えた、非常に歴史のある施設です。東京會舘のフレンチを愛してくださっているお客様もたくさんいらっしゃいます。シェフ就任当初は東京會舘のクラシックな料理を求められて、どのような方向に進んでいけばよいのかと悩んだ時期もありましたね。ただ今では、私自身がおいしいと思った料理をご提供していくしかないと思うようになりました」

今回の星が最も嬉しい

松本氏は「レストラン フウ」のシェフ時代には、ずっと一つ星を獲得していました。

「これまで何度も星をとりましたが、今回の星が最も嬉しかったですね。シェフに就任してからの3年間、星がとれなくてずっと苦しんでいました。今回、星を獲得できて、お客様やスタッフに本当に感謝しています。思い返してみれば、30歳でシェフになり、一つ星もずっと獲得してきて順風満帆でした。もしも『レストラン プルニエ』でも星をすぐにとれていたら、もしかすると、おごりにつながっていたかもしれません。試練を乗り越え、苦しんできた分だけ成長できたので、とてもよい経験だったと思います」

どうして星をとれないのかと自問自答してきただけに、ミシュランガイド発表会の夜には、チームみんなでシャンパーニュを飲み、一緒に喜びを分かち合ったということです。

話題の「ミシュランガイド東京2023」を読み解く 発表会に参加したグルメジャーナリストの視点(東龍)/ Yahoo!ニュース

次はニつ星を狙う

「レストラン プルニエ」のアプローチ (C) 東龍
「レストラン プルニエ」のアプローチ (C) 東龍

「発表会の後に、一週間くらい今後のことを考えましたが、やはり次はニつ星を狙いたいですね。それには、サービスを含めて、より洗練させていくことが重要であると考えています。支配人やソムリエと相談しながら、素晴らしいチームをつくり、お客様に満足していただきたいです」

最近のガストロノミーでは、フレンチでも少人数のカウンタースタイルが増えています。そういったトレンドにあって、「レストラン プルニエ」のような大きなレストランが、新たに星をとれたのは、非常に意義のあることです。

最後に松本氏はこういいます。

「『レストラン プルニエ』の入口は重厚で、足を踏み入れるにはハードルが高いかもしれません。でも、テーブルに着いていただければ、あとはおいしい料理とワイン、ホスピタリティのあるサービスによって、リラックスしていただけると思います。楽しい時間を過ごせますので、大切なデートや記念日ではもちろん、気軽にご利用いただけたら嬉しいですね」

新しく一つ星となった「レストラン プルニエ」。2つのレストランで星を獲得した松本氏が、ニつ星へとステージを進められるのか、今後も目が離せません。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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