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恐るべし大井川鉄道 どこへも行かないトーマス号が今日も走る!

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

静岡県の中央部を走る大井川鉄道のSL、機関車トーマスは皆さんご存じだと思います。

筆者は先日、この機関車トーマスが走る大井川鉄道に被災後初めて乗車してきました。

大井川鉄道は昨年秋の豪雨による水害で線路に大きな被害を受けて、SLが走る大井川本線(金谷-千頭間全長39.5km)のうち、家山-千頭間22.4kmが不通となっていて、現在は途中の家山まで17.1kmの折り返し運転となっています。

つまり、全区間の半分以下の距離しか運転できない状態なので、いったいどのような形で観光列車を運転しているのかが気になり、実際に乗車しに行ったのです。

大盛況の機関車「トーマス号」

筆者が訪ねたのは9月中旬の日曜日。夏休みが終わったというのに大井川鉄道は家族連れで大賑わいでした。

発車時刻の20分ほど前に列車がホームに入るとご覧のようにたくさんの乗客が記念撮影しています。

大井川鉄道のSL運転は1970年代から始まっていて、かれこれもう半世紀近くになります。筆者ももちろん何度も乗車した経験がありますが、2014年から始まったトーマス号は実は初めての乗車でした。

というのも、昭和のSL現役時代を知っている筆者としては、こういう形での運転はあまり共感できるものではないというのが本音でして、昭和のお爺さんたちはトーマスの運転開始当初は「あんなのはないよね。」「アレじゃあ、せっかくのSLが台無しだ」などと不平不満を言う人が多かったのです。

ところがふたを開けてみるとご覧のような大盛況。

観光列車の元祖的存在である大井川鉄道のSL列車ではありますが、何十年もやっていると「昭和のSLの旅」ではだんだんとお客様が少なくなってきていてジリ貧状態だったのですが、トーマス号を走らせ始めたとたんに大人気になりました。

もちろん、乗客の大半は昭和のSLを知らない家族連れの方々で、つまり、大井川鉄道はトーマス号によって全く新しいお客様の需要の開拓に成功し、経営が立ち直るほどの業績を上げてきていました。

そこに発生したのが昨年の土砂崩れや線路流失などの災害です。

全線の半分以下の区間でしか運転できないとなれば、素晴らしい大井川の景観や茶畑など、川根路と呼ばれる沿線の景色を楽しめる区間もほとんどありません。これでどうやって観光列車を維持するのだろうか。同業の経営者としては気になっていたのです。

乗ってみてわかったトーマス号の秘密

以前から話には聞いていましたし、テレビなどで報道されているのは何度も見ていましたから、トーマス号がどういう列車だろうかということはだいたい分かっていました。

でも、今回乗ってみてはっきり分かったことがあります。それは、先頭に付いている機関車こそトーマスになっていますが、客車は塗装変更してあるものの昔のままで、ほとんど手が加えられていないということです。

つまり、特別な車両を新造するようなことはせずに、最低限の設備投資でトーマス号は走っているのです。

車内はわずかに座席カバーと壁の一部にトーマスのキャラクターがデザインされてはいますが、昭和の国鉄時代の客車そのもので、もちろん冷房もなし。

9月の半ばとはいえ30度を超える真夏日で冷房のない車内はムシムシする状態です。

でも、6両編成の客車にはざっと見たところ300人からの乗客が乗っていて、ムシムシする車内でも皆さん笑顔で発車を待っています。

筆者が乗車したのは新金谷10:38発のトーマス号Aコース。

家山から先の区間が不通ですから、当然ではありますが家山で折返と時刻表に表示されています。

でも、よく見ると他の列車はみな家山の到着時刻が書かれています。

トーマス号だけが折返になっています。

帰りの時刻表を見てみると、やはり他の列車は家山の発時刻が書いてありますが、トーマス号だけが折返となっています。

謎ですね。

乗ってみてわかったのですが、実はこのトーマス号は家山駅で下車することも乗車することもできない列車なのです。だから、到着時刻も発車時刻も記載されていない。もちろん、新金谷から乗って行ったお客様が途中下車したり、ホームに降り立つこともできません。

つまり、このトーマス号は新金谷を10:38に発車して、新金谷に11:42に到着する新金谷発新金谷行。途中どこでも乗車することも下車することもできず、乗客は車内に乗車したまま、ただ家山を折り返すだけという、「どこにも行かない列車」なのです。

観光列車とは「乗ることそのものが目的」の列車

よく言われることですが、通常の列車というのは「目的地へ行くために乗る列車」です。これに対して観光列車というのは「乗ることそのものが目的の列車」。つまり、その地域には何の用事もないけれど、わざわざ乗りに行ってみたくなるような列車が観光列車で、そういう列車が走ると鉄道会社ばかりでなく、地域の観光産業自体が盛り上がる仕組みを作ることができます。

大井川鉄道の「トーマス号」もその通りで、たぶん大井川鉄道沿線には縁もゆかりもない人たちが、この機関車トーマスだけをお目当てに1列車に300名も乗りに来ているのです。

そしてさらに驚いたことに、新金谷から家山を往復するだけの約1時間のこのトーマス号には大人一人3400円の乗車料金が必要なのです。

ちなみに新金谷から家山までの運賃は690円。往復で1380円ですから、目的地に行かない列車を走らせることは、鉄道会社にとってはお金を集めることにもなるわけで、これが観光列車が鉄道会社の経営に貢献できる仕掛けです。

もちろん会社としてはお客様を楽しませるために様々な工夫をしています。

写真のように風光明媚なところでは徐行運転をしたり、沿線でトーマスの話に出てくる赤いバス「バーティー」が並走したり、いろいろなアトラクションがあります。

また、車内にはトーマスのテーマソングがスピーカーから流れていて、旧式スピーカーからの曲はあまりはっきりとは聞き取れないものの、トーマスファンの親子がみんなで口ずさんでいる状況でした。

もちろん営業も熱心で、車内販売が何度もやってきます。

冷房のない車内ですから冷たい飲み物がどんどん売れていきますし、トーマス関連のグッズやお菓子、お土産品などは小さな子供が手にとったら放しません。

観光列車は非日常の世界ですから、お母さんが「それは買わないわよ。」と言ったところで、お父さんが「買ってあげようよ」となりますから、どうしてもお財布のひもが緩みがちです。

8割ほどのボックスが埋まっている車内のあちらこちらでお客様のお財布から千円札、あるいは1万円札がどんどん出ていく光景が目の前で繰り広げられましたが、驚いたことに6両編成の客車の中には車内販売チームが複数乗車していて、途中各所で止められたとしても、往復する間には全車両のお客様に対応できるようになっているのです。

到着後も油断できません

約1時間ほどの乗車体験で新金谷に戻ってきた乗客たちは改札口へ向かいますが、出口から先、皆さんが向かったのは転車台です。

到着した機関車トーマスが、転車台でぐるりと一回転して水を補給したり石炭を補給するシーンをお目当てに皆さん駅前広場を進んでいきます。

筆者も人の流れに沿って歩いていくと・・・

「ここから先は有料ゾーン」の表示が。

どこへも行かない列車に3400円払った人たちが、何の抵抗もなくさらに500円払って中に入って行きます。

ここまで来て、「えっ? またお金払うの?」と言って帰っていく人は誰もいません。

もちろん筆者も中へ入りました。

転車台の周りにはたくさんの家族連れが。

バスのバーティーなどトーマスの仲間たちもやってきて、機関車の車両基地なのにまるでテーマパークのようです。

さらに驚いたのは燃料となる石炭の積み場まできちんと説明看板を立てて観光資源としていること。

蒸気機関車ですから石炭と水が必要なのは当たり前のことですが、その当たり前のことを敢えて説明することで、若いお父さんお母さんたちにもSLに対する理解が深まるようです。

こうして、大井川鉄道は災害で全線の半分以下しか列車を走らせることができないにもかかわらず、どこへも行かない観光列車を走らせて、たくさんのお客様を呼び込んで、しっかりと売り上げを上げている。

その売り上げを上げる中で、できるだけ小さな設備投資で各種工夫を凝らし、ご乗車いただいたお客様皆様を笑顔にして、家族みんなの思い出になるという素晴らしい営業努力をしているのです。

もちろん筆者のお財布の中からも諭吉さんが数枚消えていきましたが、同行してもらったちびっ子たちの思い出になっただろう反応を見て、「行ってよかったなあ。」と感じさせていただきましたので、商売としての基本に忠実な姿勢を感じました。

昨今の気候の変化で大きな災害が発生し、線路が被害を受ける鉄道路線が全国的に見られます。

でも、中にはこれ幸いのようにちょっとの被害で全線運休にしたり、あるいは廃止議論に持ち込もうとする会社もあるようですが、そんな中で「絶対にあきらめない」姿勢を見せる大井川鉄道は、まさに、「恐るべし、大井川鉄道」と言えましょう。

10月1日には不通区間のうち家山駅から先、川根温泉笹間渡駅まで2.9kmが復旧して延伸開通しますが、それとて全線の約半分の距離にしかなりません。

大井川鉄道の線路の被害状況は大きく、全線で運転再開できる見込みは立っていないようですが、一生懸命頑張る鉄道に皆様ぜひ大きな声援をお願いいたします。

https://www.facebook.com/oigawa.railway/videos/299010366172310

▲大井川鉄道のFacebookページでは川根温泉笹間渡駅までの復旧区間のSL試運転の様子が見られます。

※本文中に使用した写真はすべて筆者撮影のものです。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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