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コロナ禍での観光列車考 「特別便」を走らせてみた。

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
妙高山をバックに走る観光列車・えちごトキめきリゾート「雪月花」

筆者が代表取締役社長を務める新潟県のえちごトキめき鉄道では「雪月花」というリゾート列車を走らせています。この「雪月花」は日本人観光客はもとより、台湾、中国、東南アジアをはじめとする外国人観光客にも大好評の列車ですが、コロナが猛威を振るい始めたこの春以降、ご多分に漏れずお客様がめっきり少なくなってしまいました。

コロナ以前に賑わっていた外国人観光客の姿は消え、秋以降持ち直してきていた都会からの皆様方も感染者数のグラフに反比例するようにここへきて多くのキャンセルが出てきています。

「雪月花」はリゾート仕様の観光列車として2両編成で定員40名というゆったりとした座席配置が売り物ですが、3密を避けるためにさらに定員を減らして20~25名(1両あたり10数名)程度の運用をしている関係で、満席と言ってもコロナ以前の6~7割程度という営業的には苦しい状況が続いています。

そんな中、少しでもお客様にお楽しみいただこうと、先週末12月18日に「夜のプレミアムコース」として特別便を運転しました。

雪月花《特別便》のご案内(すでに募集は終了しております。)
雪月花《特別便》のご案内(すでに募集は終了しております。)

通常20000円ほどの雪月花の乗車料金ですが、この日は特別価格の38000円。

ありがたいことに募集開始からほぼ数日で20名の定員が満席となりました。

こういう特別便はリピーターの方が多いのが特徴で、お申込みいただきましたお客様のほとんどが以前から雪月花に何度もご乗車いただいている方々でしたが、乗車するアテンダントや営業スタッフもおなじみのお客様にご満足いただけるように、お出しするお料理やお酒、各種サービスなど、いろいろ創意工夫を凝らして企画をいたしました。その中でも目玉となったのが初めて企画した列車内でのミニライブです。

国鉄車掌さんのシンガーソングライターがサプライズ登場

今回ミニライブをお願いしたのはシンガーソングライターの伊藤敏博さん。

ご記憶の方もいらっしゃると思いますが、伊藤敏博さんは国鉄時代に列車の車掌さんだった1981年にデビューし、大ヒット曲「サヨナラ模様」で全国的に話題になった方。当時の歌謡番組で駅構内から生中継したシーンが今でも伝説となって語り継がれている方ですが、実は伊藤さんはえちごトキめき鉄道沿線のご出身で、糸魚川(いといがわ)高校卒業後、当時の国鉄に入社されたという地元のアイドル?。今は富山県在住で音楽活動を続けられていますので、今回は是非にとお願いしたところご快諾をいただいたのであります。

デビュー当時の伊藤敏博さん(当時のレコードジャケットから)
デビュー当時の伊藤敏博さん(当時のレコードジャケットから)

もっとも、ご乗車いただくお客様には伊藤さんの車内ミニライブのことは何もお伝えせず、募集のパンフレットにも一切記すこともしないサプライズ演出。

雪月花《特別便》でいつもと違った車内サービスをお楽しみいただいている途中の停車駅から伊藤さんがギター1本で乗り込んでくるという演出で登場していただきました。

雪月花の中で歌声を披露する伊藤敏博さん
雪月花の中で歌声を披露する伊藤敏博さん

ご乗車いただいたのは糸魚川駅から折り返しの市振(いちぶり)駅までの約20分間。

まずは1号車で大ヒット曲「サヨナラ模様」をはじめ、数曲をご披露されて、折り返しの市振駅からは2号車に移動されての大熱演。

サプライズの登場であることと、観光列車にご乗車いただくお客様の世代がシニア世代、つまり1970~80年代の歌謡番組世代ですから、車内は大変盛り上がりました。

歌い終わって列車から降りた伊藤さんの後をホームに降りて追いかけてサインを求めるお客様もいらっしゃいましたので、このサプライズ企画は大成功だったと言えましょう。

目指すはお客様と一緒に年を取っていく商売

今、日本全国の地域鉄道では色々と工夫を凝らした観光列車が走っています。その多くは地域の食材を使用したお料理やお酒を提供し、風光明媚な車窓風景をお楽しみいただくというものですが、今回えちごトキめき鉄道の雪月花《特別便》で目指したのは「時代感」。

かつて鉄道がまだ輸送の主役だった頃、どこへ行くにも鉄道というほぼ一択の時代に若者だった方々が、今、子育てを終え、ゆっくりと時間を過ごせるようになっていることから、そういう皆様方と同じ時代を共有してきた私たち経営陣世代として、歩んできた人生の道のりをふと振り返っていただけるような、そんな列車を走らせたいというのがコンセプトとして存在しています。

言葉を変えるなら「お客様と一緒に年を取っていく商売」とでもいうのでしょうか。

列車の中で非日常感をお楽しみいただくのがコンセプトの観光列車としてはいささか懐古趣味的ではありますが、「あの頃は良かったなあ。」という気持ちになっていただくのもシニア層をターゲットとした商品としては重要なファクター。同じ時代を過ごしてきた皆様方と同じ時間を共有するというのが、お客様と一緒に年を取っていくという商売です。

考えてみれば、かつて戦争経験者が世の中の主役だった昭和の時代は、戦友会などの皆様方を対象とした宴会ツアーが定番でしたし、同年代が集まってのグループ旅行などもおそらく昔話に花が咲いていることでしょう。昭和から平成、令和へと世の中が変わっても、共通のテーマがあるはずで、それが「時代感」であり、そういう旅行商品としての観光列車をお届けしていくのがお客様と一緒に年を取っていく商売なのではないでしょうか。

トキめき鉄道の石坂強営業課長(右)と再会した伊藤敏博さん
トキめき鉄道の石坂強営業課長(右)と再会した伊藤敏博さん

実は弊社の石坂強営業課長と伊藤さんは糸魚川高校の同級生。

2人とも卒業後国鉄に入社した世代ですが、今回のミニライブをお願いして久しぶりの再会となりました。

全国のローカル鉄道ではこのコロナ禍の中、様々な工夫を凝らしながらも観光列車を走らせています。

厳しい時代ではありますが、頑張っているローカル鉄道に、これからも温かいご声援をよろしくお願いいたします。

※本文中に使用した写真はえちごトキめき鉄道提供です。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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