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提案します。津軽鉄道売却(案)

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
津軽鉄道のストーブ列車

先日のこのコーナーで取り上げた

シーズン最後の活躍をする津軽鉄道のストーブ列車で見たホスピタリティー

ですが、

訪れてみてわかるのは、本当にスタッフの皆様方がホスピタリティーにあふれていて、一見(いちげん)の観光客に対してもにこやかに対応してくれています。

そして、お客様も皆さんハッピーになって、「また来ますね。」と言って汽車を降りて行きます。

アテンダントの方にお聞きすると、気に入ってくれて毎年来てくれる方もいらっしゃいますし、手みやげを持ってきてくれる方もいらっしゃるそうです。

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駅にはこんな表示が。

「ここにふるさとがある。」

東京生まれでふるさとと呼べる田舎がない筆者のような人間から見れば、見ず知らずの土地へ行って、「よく来てくれましたね。」と温かなおもてなしを受けたら、「また来ますね。」と思いますし、その旅を思い出すたびにその土地がなんとなく気になって、「ああ、今頃吹雪いているかなあ。」とか、「もう桜は咲いたかなあ。」などと、その土地に思いを馳せるようになる。

そして、「今度の休みにまた行ってみようかなあ。」という気持ちになれるし、そういう気持ちになれれば、

「よし、明日も頑張って働こう。」という元気が出てくる。

「ここにふるさとがある。」という津軽鉄道はもちろんですが、日本全国の田舎のローカル線って、今の都会人にとっては心の栄養剤のような存在になっているのではないでしょうか。

やれることは全部やっている

ローカル線を訪ねて感じることは、皆さん一生懸命頑張っているということ。

列車を安全に走らせるのはもちろんですが、津軽鉄道の車内販売に見られるようなおみやげ品の販売などの増収策はもちろん、アテンダントさんやスタッフによる沿線の観光案内もやっていますし、その観光案内のための観光地の発掘やストーリー作りのようなこともやっている。

地域住民が協力して特産品を販売したり、駅弁を作って売ったり、あるいは津軽鉄道で出会ったような地元のおばあちゃんたちが手作りの座布団を駅のベンチに取り付けたり、草刈りや花壇の手入れなど、やり方は様々だけど、限られた資金や人的資源の中で、考えられることはほとんどすべてやっているんです。

津軽鉄道のキャラクター「つてっちー」
津軽鉄道のキャラクター「つてっちー」
駅の改札口には手書きの英語の案内が
駅の改札口には手書きの英語の案内が
時刻表にも英語表記があります
時刻表にも英語表記があります

オリジナルキャラクターも頑張ってるし、駅の案内や時刻表にも英語表記がしてあり、いわゆる多言語化対応もできています。

ただし、予算がないのでしょう。おそらく職員の方々が手書きして作った英語の案内表記です。

このように会社としては、考えられるできることを、お金がなくても一生懸命やっている。

でも、津軽鉄道は赤字ですから、存続の危機にあるのです。

行政支援の限界

いすみ鉄道のような第3セクター鉄道は行政が株主になっていますから、第3セクターであれば、路盤の維持管理や車両の修繕費などに関しては、ある程度行政が補助金を出してくれる鉄道が全国的にも多くなってきました。津軽鉄道が走る青森県でも、東北新幹線ができたときに、それまでの東北本線を並行在来線として県が引き受けた青い森鉄道という会社があります。

「新幹線ができたら、それまでの○○本線という在来線は県が引き受けてやりなさい。」

という国と県とのお約束で、青森県ばかりでなく、岩手県も長野県も新潟県も富山県も石川県も北海道も熊本県も鹿児島県も、新しく新幹線が開業したところは並行在来線となった線路を都道府県が引き受けて、毎年何億円という金額を投入しています。

でも、同じ青森県にありながら、津軽鉄道には県のお金がほとんど投入されていません。

その理由は、津軽鉄道は第3セクターではなくて、純粋な民間資本の私鉄だからです。

国は「バスにするなら」という条件で補助金を出してくれています。

なぜなら、鉄道というのはお金がかかりますから国から見たら贅沢品なのです。

「別に鉄道じゃなくても、まだバスがあるでしょう。」

つまり、鉄道を残しているということは、ぎりぎりの努力をしていないとみなされるようです。

地元の自治体は、市民の足になっているかどうかが補助の前提になります。

きちんと市民に利用されていることが証明されなければなりません。

でも、津軽半島だけの話ではありませんが、日本全国少子化で高校生の数が減っている。

数字で示そうにも毎年右肩下がりのデータしかありません。

利用者が減ってきている交通機関に対して行政が補助金を出す意味があるのか。

全国共通の話ですが、地元の議会ではそういう議論が行われています。

そして、補助金というのには大きなハードルがあります。

それは、全額補助が出ないということです。

例えば踏切改良工事を申請したとします。

それに1200万円かかるとして、安全性が向上するという前提で補助対象と認められたとします。

そうなると、国から3分の1が出ます。地元自治体からも3分の1が出ます。

でも、残りの3分の1が会社負担になりますから会社はその分の資金をどこかから調達しなければなりません。

津軽鉄道がホームページで公表している決算書を見ると、減価償却も大きな金額ですが、圧縮記帳をして損金処理をしている年度もありますから、補助金が入っていることがわかります。でも、その度に会社の資金が減って行くわけですが、その中でも借りたお金を何とか少しずつ返済していることがうかがえます。

まじめにコツコツ、地道な商売をしていることが財務諸表からも見ることができます。

そんな補助金ですが、補助金の最大のハードルは、今の法律では輸送を維持するための安全対策や設備更新以外には使えないということです。

だから、観光客が来ているから、その観光客に気持ちよく利用してもらうための直接的な設備投資が鉄道会社ではできないのです。

なぜストーブ列車が走っているか

先日のこのコーナーでも書きましたが、津軽鉄道のストーブ列車は昭和20年代に製造された車両を使っています。

昭和58年に当時の国鉄から払い下げを受けた車両で、車齢60年以上になる古い客車です。

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車体には日本国有鉄道と書かれた銘板が取り付けられていますが、好き好んでこの客車を使用しているわけではなくて、お金がないから大切にだましだまし使用してきたのです。

たまたま最近の観光列車ブーム、ローカル線ブームでこういう古い客車が脚光を浴びて、一躍スーパースターになりましたが、それはあくまでも偶然の産物であって、本来は新車を導入することができないから、60年前のものを今でも使っているということなのです。

ただし、民間会社ですから、この観光ブーム、ローカル線ブームをチャンスととらえて、考えられる様々な工夫をしてお客様にいらしていただくことで、地域の人口が減少し、利用者が減っている分を、観光客で補っているのです。

おそらくもってあと5年

こういう状況を見ると、車両や線路設備などの老朽化とそれに伴う資金需要を考えると、筆者としては、このままの状況が続けば、津軽鉄道はせいぜいもってあと5年ではないかと推測します。

筆者は地域鉄道を経営的な面から見てきていますから、きれいごとを言うつもりはありません。

あくまでも、こういう現状を考えて、どうしたら改善できるか。泥沼から抜け出すことができるかを考えなければならないと考えます。

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津軽鉄道の澤田長二郎社長さん(79)です。

筆者も長年にわたって懇意にさせていただいておりますので、ざっくばらんにお話をお伺いしました。

「鳥塚さんだから話すけど、そりゃあ厳しいですよ。うちは3セクじゃなくて完全な私鉄だからねえ。『どうして民間企業に行政が補助金を出さなければならないのか』と、すぐにそういう話になる。地域の高校生も減って来てるし。むずかしいねえ。」

御年79歳。

地元出身で上京して大学卒業後は大手商社に入り、海外勤務の経験もある人生の大先輩です。

その大先輩である澤田社長さんが、退職後、故郷に貢献してくれと頼まれて、津軽鉄道の社長になって長年奮闘して来られたのですが、これは筆者の想像の範囲ですが、おそらく相当な金額の個人資産の持ち出しもあるのだろうと推測できます。

筆者もそうでしたが、赤字会社の社長というのはなんだかんだで会社に請求できないお金が出ていくものですから、そんな会社の社長を10年もやれば1000万、2000万のお金はなくなるものです。

その大先輩の社長さんの口から出る「厳しいよ。苦しいよ。」という言葉は筆者の耳に重く残りました。

津軽鉄道というのは日本全国はもちろんですが、最近では海外からも注目されている、言うなれば青森県にとってのスーパーコンテンツであると筆者は考えています。

「青森県自体にはそれほど魅力は感じないけれど、津軽鉄道には乗ってみたい。」

そう言って津軽鉄道をお目当てに東京や大阪はもちろん、海外からもたくさんのお客様がやってくる集客の広告塔です。

ストーブ列車のキップ。乗車券850円とストーブ列車の料金が400円。合計1250円が津軽鉄道の収入です。
ストーブ列車のキップ。乗車券850円とストーブ列車の料金が400円。合計1250円が津軽鉄道の収入です。

でも、その広告塔である津軽鉄道が得られる旅客収入は乗車券850円とストーブ列車の乗車料金400円の合計1250円。

それにわずかの物品販売です。

前回のニュースで「車内販売で500円のスルメイカがひと冬で5800枚売れた。」と書いたところ、大きな反響をいただきましたが、売り上げから仕入れを引けば手元に残るのはせいぜい数十万円です。ストーブ列車で燃やす石炭代を考えれば人件費にも足りない金額です。

つまり、スルメイカを車内販売で5800枚も売るという奇跡的な数字をはじき出すように、それほどまで皆で一生懸命頑張っても、地域のスーパーコンテンツとしての広告塔が自社ではやって行かれない現実があるのです。

結婚退職する機関士さん

「社長、私、結婚しますので、会社を辞めさせてください。」

昭和の時代の寿退職の話ではありません。

津軽鉄道では列車の運転士を機関士と呼んでいます。

その機関士さんがお嫁さんをもらうに当たって、会社を辞めさせてほしいという相談があったそうです。

どういうことかというと、お嫁さんをもらうと会社からの給料では生活して行かれないということです。

「津軽鉄道という会社は好きです。仕事も好きです。でも、無理なんです。」

そう言って辞めていった機関士さんは、今では長距離トラックの運転士をしているそうです。

日本全国はもとより、海外からも観光客が来る津軽鉄道です。

観光客が来るというのはあこがれの場所ということです。

そのあこがれの津軽鉄道の社員が、会社からもらう給料では結婚したら生活ができない。

こんなことってあるのでしょうか。

津軽鉄道ばかりではありません。

いすみ鉄道でもみんな安い給料で文句も言わず一生懸命働いてくれています。

全国どこのローカル線も似たような状況だと聞いています。

でも、ローカル線というのはそういうところで良いのでしょうか。

ローカル線が、働いている職員の犠牲の上に成り立っているという構造は決して放置するべきではないと筆者は考えます。

ローカル線と言えども鉄道会社ですから、職員は皆、安全、正確に列車を動かすために日々たゆまぬ努力をしています。

その上で、増収のための物販やイベントに参加し、乗客の皆様方に喜んでいただけるようにホスピタリティーを発揮して、一生懸命おもてなしをしている。

そういう献身的な勤務をしている職員の犠牲の上に、ローカル線があるとすれば、そういう仕組みは決して褒められるものではなく、推奨されるべきでもありませんし、やがて無理がたたって自らが存続を断念するような結果になると筆者は考えます。

日本全国の人々に、あるいは世界の人々に「行ってみたいなあ。」というあこがれと、夢と希望を与える田舎のローカル線が、職員の犠牲の上に成り立っているような構造を放置して、「外国人旅行者4000万人」「観光立国を目指す」ってのは何か違うのではないでしょうか。

筆者は長年ローカル線に携わってきただけに、そのようなローカル線を取り巻く現状に何かとても大きな違和感を感じているのです。

いっそのこと売却してしまいましょう。

津軽鉄道ばかりでなく、いすみ鉄道も、他のローカル線もそうですが、決算書を見ると、どこもそれほどびっくりするような赤字ではありません。

1つの株式会社として見れば「売り上げが下がっている。」「赤字はけしからん。」というお話になるでしょう。でも、もし、そういう話をするのであれば、「人口減少に歯止めがきかない。」「赤字財政を解決するめどが立たない。」という全国共通の課題を抱える行政機関だって「要らないよ。やめてしまえ。」という話をするのと同じですね。日本の田舎は全部要らないことになってしまいます。

財務諸表というのはいろいろな見方ができると筆者は考えていますから、ローカル鉄道の決算書も見方によってはいろいろな可能性が見えてくると考えます。まして、ローカル鉄道には今の法律や考え方では財務諸表上に表すことができない様々な価値があるわけです。

例えば、地域の広告塔としての価値であったり、沿線自治体を全国区にする価値であったり、地域を有名にすることでその地域の特産品が都市部でも売れるようになったり、観光客が来ることによって地域にお金を落としていただけるきっかけになることもできるでしょう。「ふるさと感」を提供することで人々を笑顔にする価値や、夢と希望を与える価値もあると思います。

言葉を変えれば社会貢献度や地域貢献度、国民満足度などになりますが、つまり、企業の社会的便益性ということです。

赤字だ黒字だというのは費用的便益性の話でありますが、たとえ株式会社と言えども、地域に社会的な公的サービスを提供する会社というのは、そういう財務諸表に表すことができない社会的便益性を考慮するべきであるし、その社会的便益性を数値化して財務諸表に組み込む仕組みづくりや制度が今の日本にはないのが、先進国として筆者は実に寂しいのです。

さて、そういう社会的な貢献度が大きい津軽鉄道のようなローカル線ですが、では、どうするかとなると、おそらく国にも無理だし、地元行政などはローカル線の価値そのものを理解していないところがほとんどですから、多分現状ではどうにもならないでしょう。

そこで筆者が考えるのは、儲かっている大企業に買ってもらったらどうかと思うのです。

CSRという考え方

CSR(Corporate Social Responsibility)、企業の社会的責任とは、最近では日本でも議論されるようになってきた言葉です。

企業というのはただ利潤を追求するだけの存在ではなく、顧客、株主だけでなく、その存在や活動を通じて広く社会全体に貢献するべきだという考え方を元に欧米で発展してきたのがCSRですが、筆者はイギリスの会社に長く勤務してきましたので「利潤を社会に広く還元する」というCSRを学んできました。今の日本の法律では利潤の一定割合を税金として納めることで社会に貢献するという考え方が主流ですが、ことローカル線問題を考えるときに、集められた税がきちんと還元されていないという問題に突き当たります。だったら、企業として納める法人税とは別に、直接ローカル線を支援してはいかがか。つまり、ローカル線に資本参加して積極的に経営してみることで、大都会の大企業の資金やノウハウを田舎のローカル線に注入することになりますから、経営問題のすべてが解決するのです。

例えば飲料メーカーや製薬会社など広告宣伝費を多く掛けている会社が、その宣伝費の数十分の1でもローカル線に資金を投入したら、おそらくその企業は社会的に大きな評価を受けることになるでしょう。

そういう使い方ができるはずです。

CSRは売名行為ではないというのであれば、黙って内緒で地域貢献すればよいのです。

今の時代、日本の社会では企業が内緒でやっていたことがバレたときに、社長をはじめ経営陣がテレビカメラの前で勢揃いして謝罪しているシーンばかりが目につきます。そうではなくて、企業が内緒でやっていたことがバレたときに、「なんてすばらしい企業なんだ。」と社会的に高い評価を受ける時代が来ても良いのではないでしょうか。

どことは申し上げませんが、ある大企業の社長さんが、自分のふるさとの鉄道が危機的状況にあるということで、腹心の部下を送り込んだ鉄道があります。その鉄道は、今、急速に息を吹き返して話題が絶えなくなりました。

そろそろ日本はそういう時代に入ってもよろしいのではないでしょうか。

いや、先進国だというのであれば、そういう考え方を身に付けなければならない時期だと考えます。

そうしないと、すぐに中国に追い越されてしまいますよ。

かつての温泉観光地の名旅館の多くが、今、中国資本になっているように、札束切って中国がローカル線を買いに来る前に、日本の会社が、日本人が、今、地域鉄道に直接経営参画するべき時代に来ていると、長年ローカル線を見てきた筆者は考えます。

大企業の皆様、津軽鉄道を買いとっていただける企業様はいらっしゃいませんでしょうか。

筆者のNPO「おいしいローカル線をつくる会」が、ローカル線と企業を結ぶお手伝いをさせていただきます。

外国人が大挙して日本にやってくる時代ではありますが、日本のふるさとの鉄道は、まずは日本人が守りましょう。

それが私たちが今やるべきことだと筆者は信じております。

※文中に使用した写真はすべて筆者が撮影。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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