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藤井聡太八冠、プレイバック八冠ロード ~挑戦者の戦略&2024年新たな戦いへ~

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 2023年、藤井聡太八冠(21)が歴史的な偉業、全タイトル制覇を達成しました。この記事では、藤井八冠に立ちはだかった対戦相手たちがどのような戦略を用いて挑んできたのかに焦点を当てます。

 2023年、藤井八冠は1月に開幕した羽生善治九段(53)との第72期ALSOK杯王将戦七番勝負を皮切りに、8つのタイトル戦で6名の棋士と番勝負を戦いました。
 対戦相手がどんな戦術を駆使してきたのかを紐解き、2024年に控えるタイトル戦についても展望します。

先輩棋士は経験を生かす戦略に

 藤井八冠は、先手番では角換わりを主戦とし、後手番では相手の得意戦法を避けずに受けて立つ戦い方をします。
 対戦相手は、この藤井八冠の戦術にどのように対応するかが戦略の要となります。

 藤井八冠の得意に乗らず、経験を生かす指し方を試みたのは、以下の3人の棋士でした。

  • 羽生善治九段(第72期ALSOK杯王将戦七番勝負)
  • 渡辺明九段(第81期名人戦七番勝負)
  • 永瀬拓矢九段(第71期王座戦五番勝負)

 いずれも第一線で活躍している経験豊富な棋士であり、藤井八冠の得意戦法に対抗すべく工夫を凝らしました。
 全ての番勝負で内容的には押している場面も多く、戦略的に成功していたと言えます。特に永瀬九段は内容的には結果が逆になってもおかしくない充実した将棋でした。

 また、藤井八冠が居飛車しか指さないため、振り飛車で対抗するのも一つの手段となります。その戦略を試みたのが振り飛車党の第一人者である菅井竜也八段(31)でした。

 第8期叡王戦五番勝負では、藤井八冠に対して菅井八段の振り飛車が十分に通じており、その実力を見せつけました。

 菅井八段は、2024年1月に開幕する第73期ALSOK杯王将戦七番勝負で挑戦者に決まっています。
 八冠の牙城を崩す可能性も十分に秘めているでしょう。

七番勝負は1月7日(日)に開幕する
七番勝負は1月7日(日)に開幕する

正面からぶつかった同世代

 20代の挑戦者達は藤井八冠の得意に正面から立ち向かいました。

  • 佐々木大地七段(第94期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負、伊藤園お~いお茶杯第64期王位戦七番勝負)
  • 伊藤匠七段(第36期竜王戦七番勝負)

 両者は後手番で藤井八冠の角換わりを受けて立ち、自身の先手番では相掛かりをぶつけました。
 結果、佐々木七段は2棋戦で2勝、伊藤七段は0勝と跳ね返されました。
 佐々木七段は角換わりを受けずに横歩取りも採用しましたが、結果的には後手番で1勝もあげられませんでした。

 筆者がいつも練習将棋を指す場所があり、平日に行くと伊藤七段が朝から練習将棋に勤しんでいる光景を目にします。伊藤七段がいない時は公式戦で対局していることが多く、将棋漬けの日々を送っている姿を見ています。

 藤井八冠は対局や公務に忙しいため、竜王戦七番勝負では伊藤七段の研究が上回るのではないか、と筆者は密かに期待していましたが、藤井八冠の高い研究力の前に思うように戦局を進められませんでした。

 20代の若手が藤井八冠を経験で上回ることは難しく正面からぶつかるよりないのですが、一方で藤井八冠に真正面からぶつかれば若者にとってかけがえのない経験を得られるため、決して無駄な敗戦ではなかったと思います。

2024年、挑戦者はどう戦うか

 2023年の第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負では、渡辺九段が藤井八冠の得意である角換わりを主軸に据える戦略を採りましたが、内容的に完敗でした。
 そこで渡辺九段は、第81期名人戦七番勝負では経験を生かす戦略に転換し、結果にはつながらなかったものの、作戦的には成功していた将棋が多かった印象です。

 経験を生かして中盤までにリードを奪い、藤井八冠の終盤力をかわして逃げ切る戦略は、短期的には結果に結びつきやすい側面もあり、先輩棋士たちはこれからもこの戦略で藤井八冠に立ち向かうでしょう。

 一方で長期的に見れば、藤井八冠の土俵に飛び込んで中終盤のねじり合いで勝利をつかむ戦略を取らなければ、長いスパンで藤井八冠と互角に戦い続けるのは難しいでしょう。
 そのため、藤井八冠と同世代や、少し上の世代は、藤井八冠の土俵に飛び込み、そこで勝機を探るべきだと筆者は考えます。

五番勝負は2月4日(日)に開幕する
五番勝負は2月4日(日)に開幕する

 竜王戦七番勝負で藤井八冠に挑んだ伊藤七段は、昨日(26日)の挑戦者決定戦で勝利を収め、2024年2月に開幕する第49期棋王戦コナミグループ杯五番勝負の挑戦者に決まりました。
 竜王戦七番勝負で正面からぶつかった経験を生かして戦えるため、今回の番勝負は接戦になるのではないかと筆者は予想します。

 2023年は、「藤井八冠なるか」、という点に注目が集まりましたが、2024年は「打倒藤井八冠なるか」、という点に注目が移ります。

 果たして2024年中に八冠は崩れるのか。
 それとも、藤井八冠がタイトル戦の連勝記録を伸ばし続けるのでしょうか。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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