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挑戦者の秘策によって見えた、藤井聡太竜王の強さとは ~第35期竜王戦第2局~

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 22日に2日目が指し継がれた第35期竜王戦七番勝負第2局は、藤井聡太竜王(20)が挑戦者の広瀬章人八段(35)に105手で勝利し、シリーズ通算1勝1敗とした。

 角換わりから広瀬八段が意表を突く作戦を見せて主導権を握ったが、中盤以降の藤井竜王の攻めが的確で、広瀬八段の粘りを許さずに押し切った。

意表の作戦で広瀬八段が主導権を握る

 藤井竜王が角換わりを志向したのは予想通りだったが、広瀬八段の作戦に驚かされた。

 銀が行くべき3三の地点に金を持ってくる作戦を採用したのだ。

 全く見たことのない作戦ではないが、100局あって1局あるかどうかという珍しいものだった。

 広瀬八段の秘策に藤井竜王は意表を突かれたようだ。準備を整えてきた広瀬八段が快調なペースで指し進めるのに対して、藤井竜王は持ち時間を使って対応していく。

 ・自分だけが知っている展開に持ち込む

 ・時間を使わせる

 この2点を達成して序盤は広瀬八段の狙い通りに進んでいった。

 しかも、藤井竜王が仕掛けたところで将棋AIはまったくの互角を示していた。

 自分の土俵に持ち込むと評価値を犠牲にすることが多く、ましてや後手番で自分の土俵に持ち込んだうえに互角で中盤を迎えるのは非常に難しい

 広瀬八段としては満足の滑り出しだった。

イレギュラーな形で見えた藤井竜王の強さ

 角換わりで3三にいる後手の駒が銀か金という僅かな違いだが、将棋はその僅かな違いで感覚がずれてしまうことが多い。

 通常の形であれば好手であっても、この場合は悪手になる、そういった手が生じやすいのだ。

 本局は中盤の終わり頃から藤井竜王に形勢が傾いて押し切る流れだったが、傍目には広瀬八段に目立ったミスがあったようには思えず、不思議な気持ちで進行を見ていた。

 あくまで将棋AIの評価によるところではあるが、常識的にみえた広瀬八段の手でいくつか形勢を損ねる要因になる手があったようだ。

 それは通常の形であれば好手なのに、この場合に限ってはいい手にならない、そういう類の手だった。

 人間は僅かな形の違いにおける手の優劣の差を感じとるのが得意ではない。通常の形での優劣にどうしても考えが引きずられてしまうのだ。

 トッププロであっても、人間である以上は仕方のないことである。

 広瀬八段としてはもう少しこの作戦のコツをつかんでから本対局に投入したい気持ちもあっただろう。

 しかしAIでいくら研究しても、練習段階で指しても、限界がある。

 公式戦で指すのがコツをつかむには最適だが、それでは相手に対策されて意表を突く効果が大きく薄れる。

 筆者も時折イレギュラーな形を公式戦で投入するのだが、なかなか勝ちに持っていくには至らず、その大変さを肌で感じている。

 当然ながら藤井竜王にとっても難しい展開だったと思うが、イレギュラーな形でミスなく指し進めたところに筆者は改めて強さを感じた

 「筋に入った」展開でいい手を連発してもプロは驚かない。しかしこうした展開で安定した指しまわしを見せられると強さを感じるのである。

第3局は挑戦者にとって正念場に

 本シリーズは2局を終えて1勝1敗となった。互いに先手番で勝利をあげて、第3局は仕切り直しの一戦となる。

ここまで先手番の棋士が2局とも勝利をあげている
ここまで先手番の棋士が2局とも勝利をあげている

 ここまでの2局をみると、広瀬八段が作戦の主導権を握っているが、これは大方の予想とは違う。

 広瀬八段は相手の作戦に合わせるタイプで、自ら秘策を繰り出すのは珍しいからだ。

 このシリーズに照準を合わせて作戦を練りに練っていることがうかがえる。

 広瀬八段は中終盤の正確性や読みの深さに定評があるため、藤井竜王としてもそちらに警戒を強めていたはずだ。

 しかし2局を終えて、序盤の作戦面においても警戒を強める必要があると藤井竜王は認識しただろう。

 第3局は10月28・29日(金・土)に行われる。

 藤井竜王は今期のタイトル戦において、初戦を落とした後に全て勝ってシリーズを制するという展開が続いている

 先手番で迎える広瀬八段としては、正念場とも言える一戦であろう。

 広瀬八段がどんな作戦を選択するのか、対して藤井竜王がどう対応するのか。

 中盤以降のねじり合いも楽しみだ。

 ぜひご注目いただきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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