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『叙情歌 JOJOUKA』を聴きながら日本のインバウンドを考えてみた【ジャズコラ#003

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

RED KIMONO PROJECTの『叙情歌 JOJOUKA』は、日本で広く親しまれている“叙情歌”を、世界へ発信しようとスタートしたプロジェクト。

“叙情歌(あるいは抒情歌)”というのは、日本における歌曲ジャンルのひとつとして数えられているもので、一般には童謡や唱歌、感情を歌い上げた曲を指している。厳密なスタイルがあるわけではないのだけれど、子どもに聴かせることが選択の基準になっているようだ。

RED KIMONO PROJECTというのは、“叙情歌”と呼ぶにふさわしい日本の楽曲を取り上げ、「世界中にその音楽的価値を問おうとするもの」だ。

「日本の魅力を世界へ発信する」というのは政府も注力している事業だったりもする。が、その内情は「日本はいろいろ良い場所がある国なので来てください(お金を落としていってください)」というインバウンド需要を目的としたもので、発信すべき内容がおざなりになってしまっていることも多いように感じている。

本来は、アウトバウンド需要と対になってコンテンツの拡充といった日本文化全体の盛り上がりをめざすものになるべきが、インバウンド需要を展開する観光事業がバブル的な大量輸送による大量消費を前提に動いているため、アウトとインのバランスがなかなかとれていない。コロナ第7波のあとの水際緩和がツアー客から、というのもこうした体制が影響していると思われるように……。

一方で、お仕着せではない、パーソナルなインバウンド需要としては、アニメの聖地巡礼のような需要も高まりを見せているようだ。日本発のアニメーションやコミックといったアウトバウンドとインバウンド、この例こそがそのバランスをとるキーポイントになっているのではないか──。

とは言うものの、アニメやコミックのアウトバウンドはすでに実績を積んでいるので、こうした期待ももてるわけなのだけれど、残念ながら音楽に関してはこのバランスがとれていない、いや、それどころかどんどん閉鎖的になってガラパゴス化しているといった危惧のほうが大きくなっている。

RED KIMONO PROJECTは、日本の音楽文化におけるアウトバウンドのコンテンツとして期待されるものであり、世界に“叙情歌”が広まることで日本への理解や訪日への期待感を高め、相乗効果としてインバウンド需要に影響を与えてくれるかもしれない。

そこで考えなければならないのが、“叙情歌とはなにか?”“日本が発信すべき歌とはどんなものなのか?”ということになる。

このテーマを掘り下げていくことによって、“叙情歌”を生んだ土地や背景や歴史が“客”を引き寄せる魅力的なコンテンツになりえるのではないだろうか──。

“叙情歌”に多く取り上げられる唱歌は、明治から戦前の昭和にかけて当時の文部省が新たに(報酬を支払って)作成したもので、教科書に掲載することで日本という統一したイメージを“国民”に植え付けようという目的があったという。

その意図的な制作過程があったからこそ歌い継がれる“名作”が残った事実を考えると、逆にその“強さ”をいまこそ活かすべきなのではないか──。

英語によって発信される『叙情歌 JOJOUKA』は、それまで封印されていた“叙情歌”の新たな可能性を解き放つかもしれない。などといった空想を膨らませてくれる、ほんわかしたサウンドなのにドシッとしたバックボーンを考えさせられるアルバムだった。

アルバム情報

RED KIMONO PROJECT 『叙情歌 JOJOUKA』ジャケット(提供:TEOREMA)
RED KIMONO PROJECT 『叙情歌 JOJOUKA』ジャケット(提供:TEOREMA)

RED KIMONO PROJECT 『叙情歌 JOJOUKA』

収録曲

01. Home, Sweet Home〜埴生の宿(feat. tea)

02. The Last Rose of Summer〜庭の千草(feat. Aimee Blackschleger & tea) 03. Oh, Spring is Here!〜どこかで春が(feat. Lina Nobuka)

04. Rain〜雨(feat. Samm Bennett)

05. Summer Has Begun!〜夏は来ぬ(feat. Carole Nobuka)

06. Dreaming of Home and Mother〜旅愁(feat. Mike Marrington & tea) 07. Waiting in Vain〜待ちぼうけ(feat. tea)

08. Red Dragonflies〜赤とんぼ(feat. tea)

09. Song of the Seashore〜浜辺の歌 (feat. Aimee Blackschleger)

10. Goinʼ Home〜遠き山に日は落ちて(feat. Chloe Kibble)

11. Gondola〜ゴンドラの唄(feat. Samm Bennett)

12. Hazy Moon〜朧月夜 (feat. tea)

13. Falling Leaves〜紅葉(feat. Aimee Blackschleger)

14. Pechka〜ペチカ (feat. Carole Nobuka)

15. Country Home〜故郷(feat. tea)

Musicians

tea(vo), Chloe Kibble(vo), Aimee Blackschleger(vo), Lina Nobuka (vo), Carole Nobuka(vo), Samm Bennette(vo, g), Mike Marrington(vo), 林正樹(p), 佐藤浩一(p), 市原ひかり(tp), 和田充弘(tb), 伊藤ハルトシ(g, cello), 黑田大祐(g), 山ʼハンクʼ史翁(g), 時枝弘(b, g, programming)

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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