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永島麻実が語る〈マタイ受難曲2021〉【〈マタイ受難曲2021〉証言集#19

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
〈マタイ受難曲2021〉ステージのもよう(撮影/写真提供:永島麻実)

 2021年2月、画期的な“音楽作品”が上演されました。その名は〈マタイ受難曲2021〉。バロック音楽を代表する作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハによる〈マタイ受難曲〉を、21世紀の世相を反映したオリジナル台本と現代的な楽器&歌い手の編成に仕立て直し、バッハ・オリジナルのドイツ語による世界観から浮かび上がる独特な世界を現代にトランスレートさせた異色の作品となりました。このエポックを記録すべく、出演者14名とスタッフ&関係者6名に取材をしてまとめたものを、1人ずつお送りしていきます。概要については、「shezoo版〈マタイ受難曲2021〉証言集のトリセツ」を参照ください。

♬ 演劇から写真へとのめり込んでいった10代

 3歳から16歳ぐらいまでピアノを習ってはいたものの、なじめないままにやる気をなくしてましたね。

 一方で、おやこ劇場という会に入っていたので(“おやこ劇場”または“こども劇場”という名称の、舞台芸術を鑑賞することで子どもたちの感性を豊かに育てることを目的とした団体で、全国に多数存在する)、舞台を観る機会が多かったこともあって、演劇には興味がありました。そんなことから、小学生のころに自分で劇団を結成したりしていたんです。その延長で、高校では演劇部に入部しました。

 写真にのめり込んだのは大学のときですね。1年の夏休み明けにバイト代でカメラを購入して、同好の士と出逢って以来、大学の暗室が生活の拠点になるという毎日を送っていました。暗くなっても大学の周囲でフラフラしているのを友だちに見られて、「また暗室?」なんて言われたりしてましたから。

 卒業後はカメラの腕を活かす仕事に就いて、「カメラをやっているのならライヴも」と撮影を依頼されるようになった、というのがこのプロジェクトに関わるそもそものきっかけだったんだと思います。

♬ ビエンナーレが縁でステージ・フォトグラファーに

 shezooさんとの出逢いは、ゼロバイゼロ(oxoxo)というアートユニットのイベントがきっかけでした。私の夫がこのユニットのメンバーなので。

※ゼロバイゼロの活動はこちらを参照:https://oxoxo.me/

 ゼロバイゼロが“神戸ビエンナーレ2011”のコンペティション(アート・イン・コンテナ)で特別賞を受賞して、ミュージシャンの方とコラボしてパフォーマンスをやるという企画があり、そのときにshezooさんから連絡をいただいたのが最初だったと思います。

 私はゼロバイゼロの記録写真を担当していたので、その縁でshezooさんからライヴのときに呼ばれたり、アーティスト写真を撮ったりするようになったんです。

照明の演出でも重要な鍵を握っていた豊洲シビックセンターホールのステージのようす(撮影/写真提供:三嶋聖子)
照明の演出でも重要な鍵を握っていた豊洲シビックセンターホールのステージのようす(撮影/写真提供:三嶋聖子)

♬ 1ヵ月まえに届いた「撮ってください」という連絡

 実は、私が出産などで現場から離れている時期があったので、〈マタイ受難曲2021〉の立ち上げぐらいの話には関わっていなかったんです。だから、shezooさんから声がかかったのは本番の1ヵ月ぐらい前のこと。もう、観客気分で会場に行って写真を撮っただけ、という感じなんですよ。

 ライヴのときはいつもそうなんですが、shezooさんからは「こういう写真を押さえておいてほしい」というようなリクエストはぜんぜんないんですね。「撮ってください」「はい」だけ。それで私が現地で会場の方やスタッフに撮影に関する諸々の確認とチェックを済ませる、という流れです。

 今回の豊洲シビックセンターに関しては、移動が制限されていて、原則としていちばん後方から望遠レンズで狙うしかなかったというのがライヴハウスでの撮影との違いでしょうか。

 それと、ライヴの場合は特に、その場の雰囲気というか、“空気感”を撮りたいと思っているんですが、この〈マタイ受難曲2021〉では「あ、ここ、撮りたい」と思う瞬間が多かったのに、そのときに限って場内がシーンとして、シャッターを押しづらかったのを覚えています。なんか、会場全体がグーッと集中しているというか、そんな美しい空気に包まれた瞬間に出逢うことが多くて、それを記録したかったんですが、ためらわれたのがちょっと悔しいですね。

 ファインダー越しでも照明の感じがすごく印象的でしたし、これからなにが起きるのかというワクワク感がいつものライヴとはまったく違っていて、どんどん話に引き込まれていったということも、カメラ担当の役割を忘れさせる原因だったかもしれません。

 shezooさんがメンバーのほうを向いて指揮をされているときの表情なんかも追いたかったんですが、動き回れなかったので背中からしか狙えなかったのも心残りかな。

 私は〈マタイ受難曲〉そのものを知らなかったので、逆にこの〈マタイ受難曲2021〉を新たなファンタジーとして純粋に観ることができたのかもしれません。

 shezooさんの音楽って、とても物語性に富んでいるというか、ほかのライヴでも観ているといろんな情景が浮かんでくるんです。それがすごくおもしろいと思っているんですよ。

永島麻実(写真提供:永島麻実)
永島麻実(写真提供:永島麻実)

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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