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映画「チェイシング・トレーン」は“コルトレーンの変節”を解き明かすための“ヴェーダ”かもしれない

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
映画館の入口にて(筆者撮影)

♬ 前半はありがちな伝記映画のパターンだったのが……

“ジャズ史上最大のカリスマ、その短くも求道的な人生を描くドキュメンタリー”と銘打って、コルトレーンの生誕95周年を記念して上映された作品。日本では2021年12月から順次全国で公開されました。

前半は音源と貴重な写真で綴りながら、コルトレーンが自らのサウンドをつかむまでの経緯を、関係者の証言(インタヴュー・カット)を織り交ぜて構成。“至上のクァルテット”のメンバーであるジミー・ギャリソン(ベース)とエルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)は望むべくもないものの、2020年に逝去したマッコイ・タイナー(ピアノ)のインタヴュー・カットが入っているのが、まあまあ感涙ものだったでしょうか。

後半は、2つのエポックに焦点を当てて展開。まず、バーミングハムの教会爆破事件をきっかけに生まれた彼のオリジナル「アラバマ」の背景を追ったものでした。

バーミングハムの教会爆破事件というのは、1963年9月15日にアラバマ州北部の都市バーミングハムで、当地の公民権運動の拠点だった16番通りバプティスト教会に爆弾が仕掛けられ、日曜学校に来ていた小中学生4人が亡くなったというもの。この事件は、当地区のいくつかの学校で人種統合が予定されたことに反発する人種差別主義者による凶行だとされています。

映画では、この事件に触発されてコルトレーンがオリジナル曲「アラバマ」を作曲した経緯が、事件を紹介しながら綴られていきます。「アラバマ」の演奏は、1963年11月にスタジオでレコーディングされたものがアルバム『ライヴ・アット・バードランド』に収められています。

ここらへんから、なんかフツーの伝記映画と違うみたいだなぁと感じるようになっていたのですが、その理由を後で考えてみると、映画で描かれる“コルトレーンにとって重要なエピソード”が、ボクのアタマにインプットされているジャズ史とずれ始めていたからなんだと思います。

例えば、彼にとっても、ジャズ史にとっても“最高傑作”とされる『至上の愛』を1964年に制作するころから、コルトレーンは当時のジャズ・シーンで影響力を増していたフリー・フォームの表現方法へ傾倒していったとされていました。

ボクも漫然とそう考えていたのですが、ぼんやりと違和感も残っていたのです。

『ジャイアント・ステップス』で示していたような、激しい転調を重ねていく音楽理論的なアプローチに執心していた彼が、フリー・ジャズのムーブメントに後押しされたのであれば、さらに過激な音の重なりによる表現の可能性(例えば1961年の『アフリカ・ブラス』の延長線上)へと突き進んでいくほうが順当だったのではないか──みたいな。

しかしコルトレーンは、明らかに『至上の愛』の少し前から軌道を大きく変えようとしていた。そこに焦点を当てて説明しようとしてしたのがこの映画「チェイシング・トレーン」の後半部分で、“軌道が変わる”きっかけが「アラバマ」だったことを明示しているのではないだろうか、と。それがあったからボクは、映画「チェイシング・トレーン」がアーティストの足跡を追っただけの伝記映画に収まらなかったと“高く評価したい”と思うようになっていたようなのです。

♬ コルトレーンが音楽に託したのは“祈り”?

「アラバマ」を制作するきっかけとなったバーミングハムの教会爆破事件への言及は、コルトレーンが“なんのために音楽を生み出そうとするのか”という、アイデンティティにも関係する問いに対する答えを与えてくれました。彼は自分が“祈りの家系”であることに気づき、扇動(あるいは示威行動)や論破ではなく、自らが繰り出す音に鎮魂の想いを込めるというアプローチを具現することに“演奏の意識”を変えたのだ、と。

こうした仮説を、この映画が拾い集めてつないだ映像は証明しようとしていたのではないでしょうか。

亡くなる1年前に実現した来日ツアーも、この仮説に対する証拠として扱われ、それゆえにかなりのヴォリュームを割いています。

来日時の記者会見で「私は聖者になりたい」と発言したことも、女性関係を自虐ネタにして煙に巻こうとしたものなどではなく、まさにそうした境地に至ろうとした想いが言葉になったのであり、再婚相手のアリス・コルトレーン(来日時のメンバーでもあった)と顔を見合わせて笑ったとされるエピソード(映画パンフレット参照)も、めざすべきイメージを公言したことに対する同志ならではの共感がもたらした笑顔ではなかったか、と思うわけです。

そしてこの映画で決定的な場面は、日本ツアーで長崎に向かったコルトレーンが、予定にない爆心地の碑を訪れ、献花して手を合わせ、フルートを演奏しているシーンです。

このシーンこそが、コルトレーンという存在と“祈り”を結びつける証拠になっていたと感じました。

また、アリス・コルトレーンに対する日本のジャズ・シーンの評価の低さも、こうしたコルトレーンへの理解とともに改められることが期待されます。2021年にようやくCD化されて聴くことができるようになった1982年録音の『キルタン〜トゥリヤ・シングス』を聴いて、ボクがアリス・コルトレーンに抱いていたモヤモヤはさらに深まっていたのですが、それを晴らしてくれたのもこの映画です。彼女こそ、コルトレーンが“祈り”にむかうための決断を後押しし、コルトレーン・ミュージックの本質を開花させるための導師としての役割を果たしたと理解すれば、その音楽も180度違って見えてくるのです。

まとめると、前半は彼が音楽家としての地位を築くためにもがいたエピソードの“点”をつないでいき(これは伝記映画によくある手法)、後半は“聖者”という見えない目標に向かって突き進む彼の姿を浮き彫りにしようとする意図によって構成されたドキュメンタリーだった、というのがボクの「チェイシング・トレーン」に対する理解です。

この映画「チェイシング・トレーン」という重要な“資料”によって、ジャズ史を大きく変革させることになったジョン・コルトレーンの業績は再考され、分断と混沌に陥らんとしている21世紀の現在においてさらに重要性を増すものとして注目されるべきではないか──という“拡大解釈”もしたくなってしまった作品でした。

♬ 映画概要

映画館の入口にて(筆者撮影)
映画館の入口にて(筆者撮影)

生誕95周年記念上映「ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン」

出演:ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、マッコイ・タイナー、ウェイン・ショーター、ベニー・ゴルソン、ジミー・ヒース、レジー・ワークマン、ウィントン・マルサリス、カマシ・ワシントン、カルロス・サンタナ、コモン、ジョン・デンスモア(ザ・ドアーズ)、ビル・クリントン(元アメリカ合衆国大統領)、藤岡靖洋、デンゼル・ワシントン(コルトレーンの声)ほか

原題:THE JOHN COLTRANE documentary/CHASING TRANE

監督:ジョン・シャインフェルド

日本語字幕:落合寿和 2016年/アメリカ/99分

公式サイト:https://www.universal-music.co.jp/john-coltrane-chasing-trane/

※ヴェーダとは、インドにおける宗教の聖典のこと。ジョン・コルトレーンは1960年代に入るとインドのシタール奏者のラヴィ・シャンカールからインドの文化全般についての教えを受けるようになっていました。コルトレーンが自分の音楽的コンセプトを“聖典”にしよう(あるいはなぞらえよう)とは思っていなかったと思うのですが、ボクの勝手なイメージで2つを結びつけてしまいました。お許しください。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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