【グラミー賞2020を聴く1】ベスト・インプロヴァイズド・ジャズ・ソロを味わう方法
♪ 第63回グラミー賞について
2019年9月1日から2020年8月31日までに発表された作品が受賞対象。ジャズ・カテゴリーには「インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ」「ジャズ・ヴォーカル・アルバム」「ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム」「ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム」「ラテン・ジャズ・アルバム」の5部門があり、それぞれで最優秀賞が選ばれます。
参照:https://www.grammy.com/grammys/awards/63rd-annual-grammy-awards-2020
♪ ベスト・インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ
チック・コリアの「オール・ブルース」が最優秀賞を受賞しました。
チック・コリア、クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド『トリロジー2』に収録されたトラックが対象作品です。
つまりこの最優秀賞は、「オール・ブルース」という曲に与えられたのではなく、「チック・コリアというピアニスト(がいるトリオ)の演奏」に対して与えられた──ということです。
♪ 『トリロジー2』
このアルバムについては、「ベスト・ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム」も受賞しているので、その記事で触れることにします。
♪ チック・コリア(ジャズピアニスト、キーボーディスト、作曲家)
チック・コリアはこの受賞式に出席(あるいはもし実現していればオンライン出演だったでしょうか)することなく、2021年2月9日に逝去しました。享年79歳。
高校卒業後にジュリアード音楽院へと進んだ彼は、1960年代半ばごろからプロとして活動を開始します。
売れっ子だったハービー・マン(フルート)のバンドにも参加していた縁からレコード会社アトランティックを紹介され、1966年にデビュー・アルバムとなる『トーンズ・フォー・ジョーンズ・ボーンズ』をレコーディング。プロデューサーはそのハービー・マンが務めています。
ウッディ・ショウ(トランペット)とジョー・ファレル(サックス、フルート)のフロントに、スティヴ・スワロウ(ベース)とジョー・チェンバース(ドラムス)によるリズムセクションという、いま見ると豪華なラインナップですが、当時は若手のトンがったミュージシャンが集まっての、“ビバップとかじゃなくて新しいアプローチの音楽をやろう”という気概がビシビシと伝わってくるような内容になっています。
「活きのいい鍵盤弾きがいる」という噂を聞いて、すでにジャズ界の帝王の座に着いていたマイルス・デイヴィス(トランペット)が自分のバンドに呼び入れ(1968年)、ジャズを電化させた先駆けのひとつである“エレクトリック・マイルス”の重要な役割を担うようになります。
1970年にはマイルス・バンドを脱退し、デイヴ・ホランド(ベース)とバリー・アルトシュル(ドラムス)で“サークル”という前衛的なユニットを結成。ここにアンソニー・ブラクストン(サックス)が加入するなど、フリーフォーマットのジャズに傾倒していますが、1971年には一転してスタンリー・クラーク(ベース)とともにリターン・トゥ・フォーエヴァーを結成して、次々とポピュラーな話題作を発表します。
リターン・トゥ・フォーエヴァーは、ラテンの要素が強い初期から、メンバーを替えてエレクトリック・ギターをメインにしたロック色の強いバンドへと変遷し、フュージョン史に欠かせない業績を遺すことになります。
1985年にはデイヴ・ウェックル(ドラムス)とジョン・パティトゥッチ(ベース)を迎えて“チック・コリア・エレクトリック・バンド”を結成、同じメンバーで“アコースティック・バンド”として活動するなど、まさにボーダレスな、ジャズが“自由な音楽”であるためにできることをすべて試そうとしたといっても過言ではない足跡を残し続けたアーティストでした。
♪ 「オール・ブルース」
1959年にマイルス・デイヴィスがリーダーとなって吹き込まれた『カインド・オブ・ブルー』に収録され、以降もマイルス・バンドのハード・ローテーション・ナンバーになるだけでなく、多くのミュージシャンに取り上げられるモダン・ジャズの名曲です。
『カインド・オブ・ブルー』は、ジャズ史のキーワードのひとつである“モード・ジャズ”を象徴すると言われ、そのなかでも「オール・ブルース」はモードの特徴をよく表わしています。
チック・コリアは、前述のようにマイルス・バンドの一員だった時期もありますが、彼はエレクトリック・ピアノ担当で、バンドのサウンドの方向性もそれまでとは変わったため、「オール・ブルース」を弾いているイメージはなかったというのが正直なところ。
そんな意外性もまた、この受賞につながっているように思えます。
♪ あわせて聴きたい
レイ・ブライアント・トリオ「オール・ブルース」
オーソドックスなブルース・プレイで、チック・コリアとの違いを感じていただきましょう。レイ・ブライアント・トリオの演奏でどうぞ。
ミシェル・ペトルチアーニ、ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセン「オール・ブルース」
ミシェル・ペトルチアーニとニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセンのデュオでは、“対話型のインプロヴィゼーション”が繰り広げられています。
アーネスティン・アンダーソン「オール・ブルース」
ヴォーカル版はアーネスティン・アンダーソン・ヴァージョンでお楽しみください。
♪ まとめると……
和音を意識させないモードという手法の印象が強かったり、リズム的には6拍子なのに4ビートのブルースに聴こえるように仕立てられていたりと、かなり手強い曲がこの「オール・ブルース」ではないでしょうか。
比較したくてYouTubeを探してみたのですが、なかなかグッとくる演奏がない、というのもこの曲の個人的な印象だったりします。
それをなぜチック・コリアは取り上げたのかは、この曲を単調に弾かない自信があったからとしか思えないのです。
その完成度の高さを(ブルースというシンプルでごまかしの利かないフォーマットだからこそ)評価した──というのがグラミー賞の矜持なのではないかな、と。