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手風琴の底力を示す還暦を迎えたcobaソロ公演/ノルウェー・ジャズ/さかもと未明【JAZZ週報】

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

♪ 2020年10月19日「coba solo tour 2020 The Accordion」@ 日本橋三井ホール

coba『The Accordion』リリース資料(筆者撮影)
coba『The Accordion』リリース資料(筆者撮影)

3月に予定されていたツアー東京公演が、満を持して実施されました。

アコーディオンという、古風で武骨な楽器を逆手に取り、ポピュラー音楽の最前線に躍り出て、新風を巻き起こし続けるcobaの、43作目となる『The Accordion』。

“無駄を一切省いた”というこのアルバム、確かにどこを取ってもcobaのアコーディオンしか聴こえてこないという、アコーディオン1台で臨んだ意欲作。そのリリース直後からスタートするはずだった発売記念ツアーが、新型コロナウイルス感染症対策を考慮して延期となり、ようやく実施の運びとなった次第です。

もちろん、会場人員定数の50%制限、入場時の検温、手指の消毒、場内でのマスク着用といった、ガイドラインを遵守する可能な限りの対応をとっての開催で、不安なく開演を待つことができました。

2部にわたって繰り広げられたステージは、文字どおり“独演会”。もっとも、バンドがいてもトークを含めた進行をすべて本人が仕切るステージングをしてきたcobaだけに、違和感も物足りなさもさほど感じない、というのが正直なところなのですが、唯一の違いはアコーディオンのサウンドのセッティング。

セカンド・セットで彼がミュゼット・アコーディオンを持ち込んで、それまで使っていたアコーディオンとの違いを説明して「そうだったのか!」と気付いたのですが、全般にドライと呼ばれるリードのチューニングで当夜の演奏を構成しようとしたのは、ミュゼットのトレモロ・チューニングだとソロではトゥ・マッチだと判断したからではないか、と。

大型で重いミュゼット・アコーディオンは、アコースティックな線の細さを解消して独自のcobaサウンドを創るうえで欠かせない“相棒”だったはずですが、バンドの大音量に負けない発音に気遣う必要のないソロであれば、乾いた音質のほうが表現を広げることができる──。

エモさと佗びを臨機応変に切り替えて曲の世界観を築いている、というのがボクのcobaに対する印象だったのですが、それが曲の旋律や構成を軸にして展開されていると思っていたこれまでに対して、彼の胸に抱かれているアコーディオンからダイレクトに発していると気付かされたのは、ソロという無伴奏であるがゆえだったわけです。

もちろんそれが、通算43作品というキャリアのなかで磨かれてきたテクニックとセンスによるものであることも忘れてはならないのですが(特に左手で紡ぎ出すベースラインのすばらしさに魅せられたのはソロならではでしょう)、逆にこれほど“裸のcoba”を出せてしまったことに、次のステージを見据えた“布石”があったのではないかと思っています。

アンコールの「上を向いて歩こう」変奏曲も圧巻の、新たなステージへの一歩を印象付けるステージでした。

♪ 2020年10月22日「ノルウェー・ジャズ・シンポジウム」@ノルウェー大使館

ノルウェー・ジャズ・シンポジウム資料CD(筆者撮影)
ノルウェー・ジャズ・シンポジウム資料CD(筆者撮影)

知り合いの知り合いから声をかけられて、東京・広尾にあるノルウェー大使館で開催された「ノルウェージャズシンポジウム」に出席することになりました。

主宰の八島さん(東京JAZZでお世話になったことがあります)に「なにか準備することはありますか?」と尋ねると(シンポジウムに呼ばれたんですからね)、大丈夫ですと言われたので、空身で臨むことに。

ということで、プロの取材者にあるまじき、なんの予備知識ももたないまま大使館のゲートをくぐって小さなプールの横をとおり会場に到着すると、スクリーンと箏がセッティングされていました。

入口でいただいたペットボトルの日本茶で喉を潤しながら開演を待つと、スクリーンにはオンライン会議システムで映し出されたノルウェー、イギリス、インドネシア、韓国のパネリストの姿が浮かび、ノルウェーのジャズについて語る、という展開であることが理解できるようになっていきました。

実は、予備知識をもたないとは言ったものの、北欧ジャズのムーヴメントやキーパーソンぐらいは復習していったので、まったく置いてきぼりにはならずに済んだのですが、改めて20世紀前半からのノルウェーのジャズ・シーンの変遷や、フリー・ジャズにおけるポジション、ECMレーベル、1980年代以降のオリジナリティあふれるジャズの源泉といった、体系立った各論を学ぶことができて、すこぶる貴重な体験になりました。

途中、目の前にいる八木美知依(箏)と、ノルウェーのブッゲ・ヴェッセルトフト(ピアノ)が、Zoomを使ってインプロヴィゼーショナルなデュオを披露するという刺激的なパフォーマンスも。

アメリカ発のジャズという文化が、ノルウェー~U.K.~アジア~日本という一本の線を形成し、延伸しながら、歴史的な背景を伴って次代へと継ぐべきメタモルフォーゼを進めていることを実感させてくれた会合になりました。

♪ 2020年10月23日「さかもと未明3rd『Moulin Rouge』発売記念ライヴ」@ 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA

公演プログラム(筆者撮影)
公演プログラム(筆者撮影)

さかもと未明は前歴華やかなりしイコンであることを知らないわけではないのですが、音楽ライターであるボクにとっては、2012年にリリースされたジャズ・アルバム『ラ・マジ・ドゥ・ラムール』でライヴとインタヴューの取材をしたアーティスト、というところがスタート地点になっています。

その彼女から、サード・アルバム『Moulin Rouge』の発売記念ライヴをやるから来ませんかと電話がかかってきて、出向いたのがこの日。

セカンド・アルバム『青い伝説』(2013年)は彼女の詞を軸に構成された内容とあって(後藤次利のプロデュース&作曲は大いに興味をそそるものではあったものの)、異なる“立ち位置”に向かって歩こうとしているのだろうなと、見送るつもりでいたのです。

それが今回、ファースト・アルバムと同じメンバー(クリヤ・マコトのピアノ、納浩一のベース、大坂昌彦のドラムス=当夜のライヴは藤井学)でのリリースとあって、さかもと未明のジャズ回帰に立ち会わなければなるまい、と思ってしまったわけです。

ジャズ回帰とはいうものの、彼女は最初からフレンチという要素にこだわり、塩谷哲の説を引くまでもなくジャズの起源にフランス由来の音楽が深く関わっていたり、最近公開されていた映画「マイルス・デイヴィス クールの誕生」でもパリに滞在していたマイルスのようすが活写されていたように、その選択は音楽という狭い世界ではなく、地政学的な視野での興味を投影した、さかもと未明らしさの表出したものであり、それゆえのクリヤ・マコトとのコラボレーションなのだと納得させられるわけなのです(クリヤのヨーロッパ志向はまた別の機会に)。

ステージでは、スクリーンに映し出されたこの日のためのオリジナル動画でアルバムにもゲスト参加しているバンジャマン・ルグラン(ミシェル・ルグランの子息で歌手)とデュオしたり、夏美れい&GYUによるアルゼンチン・タンゴと絡み合ったりと、盛りだくさんの演出で楽しませてくれました。

ファースト・アルバムの記念ライヴにも立ち会った身として言っておかなければならないのは、歌唱スキルが格段に向上していたということ。プロに対して「上手くなりましたね」というのは失礼極まりないのかもしれませんが、単純に上手く聞こえるように練習するのとは違う、幅を広げて表現したかった世界への窓をより広く開けようとする姿勢は、その経緯を知る者にとって感動となることを記しておかなければならないと思った次第なのです。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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