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ヨコハマは萌えていたのか!〜横濱JAZZ PROMENADE 2018見聞録

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

今年も横濱JAZZ PROMENADE(ジャズプロ)が開催された。26回目となる、日本最大級の“街ジャズ”のイヴェントだ。

確かに、全46会場、総ステージ数346に350組が出演ーーという数字を見れば、“日本最大級”であることに異論はないだろう。

来場者数も実行委員会の発表で約15万人と、ちょっとした地方都市規模の人口がこのイヴェントを楽しんだことを示している。

ボクも横浜に引っ越してくる前にジャズプロの取材をしたことはあった。しかしそれは、特定の出演者をピンポイントで狙ったものだったため、“日本最大級”を実感できるものだったとは言いがたい。

横浜に引っ越して10年。そろそろこの“日本最大級のジャズ・イヴェント”の全体像を、漠然としててもいいから俯瞰できるぐらいにはしておきたいと思って、2日間の取材を申し込んだ。

♪ ジャズプロ的コスパの高い楽しみ方とは?

横濱JAZZ PROMENADEは、8ヵ所のホール(およびホールに準じるライヴ施設)で開催される1日あたり3〜5ステージのプログラムを、購入したチケット代わりのバッジを見せれば自由に観覧できることが、いちばんの目玉になっていると言っていいだろう。

ボクも個人的にチケットを購入して、日本で活躍するプロのジャズ・ミュージシャンが続々と出演しているプログラム一覧を眺めながら、どの会場のどのステージを渡り歩けば、効率的に満足度の高い“ジャズライヴ三昧”が可能かという“高難度のパズル”に挑んだことが何回かある。

要するに、いちばんコスパの高いジャズプロの楽しみ方を見つけてやろうと躍起になっていたわけ。

ところが、ジャズプロを俯瞰しようと思ってみたら、もっとコスパの高い楽しみ方があったことに気がついてしまったのだ。

それが、“街角ライヴ”を渡り歩くというもの。

“街角ライヴ”というのは、ジャズプロの開催期間中、みなとみらいエリアや桜木町駅前、関内、元町、伊勢佐木町、横浜駅といった18会場で、約200組の出演バンドによる演奏が「無料で!」鑑賞できてしまうという企画。

出演するのはアマチュアだけど、エントリー制なので「ジャズプロに出演する」という目的意識をもったバンドがラインナップされている。

ジャズプロが“横浜の街にジャズがあふれる”を標榜しているからには、ホール企画よりもアクセス・フリーな“街角ライヴ”こそが、ジャズプロの現状を最も反映していると言えるのではないか、と思ったわけです。

では、ボクがテクテクと歩き回ってみた“街角ライヴ”のようすをかいつまんで報告してみよう。

筆者撮影
筆者撮影

JR京浜東北根岸線の関内駅北口を出て左手に見えるイセザキ・モールの入り口付近でも人だかり。

筆者撮影
筆者撮影

横浜駅西口の駅前にある横浜ベイシェラトンホテル&タワーズのロビー。

ホテル内なので、外を通りがかっただけではジャズプロの“街角ライヴ”会場なのかどうかわからないというハンディキャップはあるけれど、知っている人がちゃんと集まっていたという印象。

小さな子ども連れでも休憩しながらジャズを楽しめるという、ちょっと贅沢なスポットかもしれません。

筆者撮影
筆者撮影

横浜駅西口、通称“タカシマヤ前”の西口広場。行き来する人も多い場所ながら、ちょうど立ち止まれるスペースがあるため、野次馬的にジャズが楽しめるという雰囲気がありましたね。

筆者撮影
筆者撮影

横浜駅東口にあるそごう横浜店の2階、はまテラスでは、ビッグバンドでのエントリーに割り当てられたプログラムが組まれていました。この場所は百貨店の裏に位置するのですが、ベイクォーターとみなとみらいエリアをショートカットできる通路として知られているので人通りも多く、リハーサルが始まるとどんどん人垣が膨らんでいきました。

筆者撮影
筆者撮影

横浜元町ショッピングストリートで実施されたデキシーランドパレード。

両日の午後2時と3時半の計4回、外山喜雄とデキシー・セインツがこのショッピング街を練り歩くという、“街角ライヴ”とはまた別の趣で好評を博しているという企画です。

パレードでは、通りがかりの子どもにタクトを渡して指揮をしてもらったりと、観たり聴いたするだけではないジャズの楽しみ方ができる“場”を提供していました。

筆者撮影
筆者撮影

山下公園にほど近いNHK横浜放送局の1階スタジオ前に設置された無料観覧席には黒山の人だかり。

ここは、チケット購入ナシにステージを楽しめるという意味では“街角ライヴ”的なのだけれど、プログラム的にはプロが出場するホール会場に準じたスタイル。

こうしたヴァリエーションが増えてくれると嬉しいというのが、個人的な意見ではあります。

♪ もっとヨコハマでジャズが萌えるために

“街角ライヴ”とは別にジャズクラブの取材などもしていたので、2日間のジャズプロが終わったあとにスマホの歩数計を見てみたら、5万歩に近い数字が表示されていた。

それだけタフで大規模なイヴェントだという証拠のひとつでもあるわけだけれど、果たしてそのエネルギー消費量に見合う内容だったのだろうか?

あらかじめ断わっておけば、アマチュアの出演する“街角ライヴ”とプロの出場するホール会場のプログラムを同列にコスパという俎上に載せるのはナンセンスだし、それぞれ別の楽しみ方で計るべきだろう。

今回、“街角ライヴ”をあえて持ち出したのは、ヨコハマという街とこのライヴ・イヴェントの親和性を考えたかったからという単純な理由から。

そのうえでもう少し立ち戻って考えれば、「ジャズプロは観客にそれほどのエネルギー消費量を求めなければならないのか」という課題があるようにも感じられた。

こうしたパラレルなステージ構成のライヴ・イヴェントはジャズプロだけではない。

そして、多種多様に分化してきたジャズという音楽を表現するために、パラレルなステージ構成であることは重要な意味をもっている。

しかしそれは、「ジャズの裾野を広げる」というもうひとつの重要なイヴェントの目的と対立するものでもある。

実際にジャズプロの開催期間に横浜の街を歩いていると、“ジャズプロ難民”とでも呼ぶべき、戸惑っている人たちに出逢うことも少なくなかった。

「これもあれも観たいけれど時間が合わなくて残念!」という嬉しい悲鳴ならともかく、どれを観ればいいのかわかりづらい、満席で施設や店に入ることができず無駄足になったーーといったマイナス印象で終わってしまうのでは、裾野を広げるどころか“不満があふれる2日間”になりかねない。

ジャズプロがスタートした1993年には、ツーリズムやインバウンドといった言葉は一般的ではなかった。

でも、いまでは、お仕着せのプログラムをつつがなく遂行するだけでイヴェントの成否を計測できないという風潮が高まっている。

“最大級の規模”を実現できるイヴェントであればなおさら、その先の“ジャズプロ3.0”、コトラーで言うところの「ジャズプロに来ることで得られる価値の共創」を意識した運営が求められてもしかるべきではないかーー。

横浜の住人になったことなので、期待をもってその変容を見ていきたい。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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