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【ジャズ生】“ジャズという覚悟”を問われる合戦場|Music Make Us One@新宿ピットイン

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

“ジャズの醍醐味”と言われているライヴの“予習”をやっちゃおうというヴァーチャルな企画“出掛ける前からジャズ気分”。今回は、第6回となるジャズ・イヴェント“Music Make Us One”。

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Music Make Us Oneは、ジャズ・ピアニストとして精力的に活動する荒武裕一朗が主催するライヴ・イヴェントだ。

今回で6回目を迎え、日本のジャズのパワーを世界に向かって発信するに足る“最前線のショーケース”としてのポジションを築き上げるまでに発展していると言っても過言ではない。

今回のスケジュールと出演予定アーティストは以下のとおり。

●Music Make Us One 公演概要

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2月27日(土) 開場15:30/開演16:00

会場:新宿ピットイン(東京・新宿)

出演:荒武裕一朗トリオ+1<荒武裕一朗(ピアノ)、三嶋大輝(ベース)、本田珠也(ドラム)、橋本信二(ギター)>、中山拓海カルテット<中山拓海(アルト・サックス)、小川晋平(ベース)、高橋佑成(ピアノ)、濱田省吾(ドラム)>、松崎加代子 with 奥村和彦トリオ<松崎加代子(ヴォーカル)、奥村和彦(ピアノ)、安東昇(ベース)、福森康(ドラム)>、力武誠カルテット<力武誠(ドラム)、小林創(ピアノ)、津上研太(アルト・サックス)、金森もとい(ベース)>

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主催者である荒武裕一朗は、毎回このイヴェントに趣向を凝らして出演し、それもひとつの見どころになっている。前回は“荒武7”と題して、ツイン・ドラムにフロント3管という意欲的な編成で、まるでEASEを超えようとするかのような奔放なサウンドを披露して来場者を驚かさせてくれた。

今回の趣向は“トリオ+1”というシンプルな出で立ちだが、実はこの編成は、2月4日にリリースしたばかりのニュー・アルバム『TIME FOR A CHANGE』にリンクしている。つまり、彼の現在進行形の活動をそのままこのイヴェントに持ち込んでしまおうということなのだ。

前回の“荒武7”はイヴェントの祭り的な意味合いを優先させた方法論と言えるが、彼がレギュラーと位置づけるトリオでの今回の出演は、まったく逆の意味合いをもつものだと言える。

スペシャルではなく、自分のありのままの現在進行形を示すことで、Music Make Us Oneというイヴェントの変換点および荒武裕一朗という“音楽家”が示そうとする未来図のヒントを観客が共有できる機会を作ろうとするものではないかと感じているからだ。

そうした気配を確かめるために、レコーディングの核となっている荒武トリオが顔を揃えるタイミングで話を聞く機会を得たので、以下に掲載したい。

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荒武裕一朗『TIME FOR A CHANGE』
荒武裕一朗『TIME FOR A CHANGE』

ーーアルバムを作ろうという話はどのあたりからどんなふうに出てきたんですか?

荒武裕一朗:珠也さんには、僕のセカンド・アルバム『THE LIGHT FLOWS IN』(2004年制作)で1曲だけ参加してもらったんですけれど(#10「Grumbring Sky」)、いずれは珠也さんとフルでレコーディングしたいなぁというのはずっと考えていたことだったんです。それが昨年、アルバムを作らないかという話をいただいて、なんとか実現できないかと……。

本田珠也:荒武とは古い付き合いなんですよ。プライヴェートな面でもお世話になっているし、自分のバンドにも参加してもらったりしていたり、そういうことだったので機会があるならいつでも力を貸してあげたいとは思っていたんです。だから、彼からこの話があったときは、ホントに嬉しかったですね。

ーーこのレコーディングはトリオを軸に考えたのでしょうか?

荒武裕一朗:ええ。ファースト・アルバムの『アイ・ディグ・イット』(2002年制作)を安藤昇と力武誠で録って以来、トリオでの作品はなかったんですよ。お客さんからもトリオのアルバムを聴きたいってずっと言われ続けていたんですが、ソロとかデュオと違ってトリオはセッションのようにすぐスタジオに入るというわけにはいかないところがあって……。

ーーこのトリオって、いつから一緒にやり始めたのですか?

荒武裕一朗:まだ1年経ってないですね。

三嶋大輝:トリオとして活動したのは(2015年)6月からです。

ーー三嶋さん、まだ若いんですよね?

三嶋大輝:えーと、平成25年卒なので、卒業して3年目、この(2016年)4月で4年目になります。

ーーどんな音楽が好きでプロをめざそうということになったんですか?

三嶋大輝:高校のときからロックをやっていて、そこでベースを弾いていたんですが、僕が好きだったのがメロディック・ハードコアのGreen Dayってバンドで、ライヴ盤でベースの人が4ビートみたいな演奏をしていて「カッコいいなぁ」って思ったんですね。それがきっかけでジャズにも興味が湧いて、大学にジャズ研があったので演奏するようになって、始めたからには中途半端には終われないなぁと思ってやり続けて今に至る、ですね(笑)。

ーー珠也さんから見て、この若いベーシストは見どころありました?

本田珠也:彼はまだまだこれから成長するであろう段階だから……。まぁ、ケツひっぱたいて、あわよくばいいベーシストになってくれたらいいなぁとは思ってますけど(笑)。

ーーどこが許せてトリオのメンバーに?

本田珠也:“若さ”だろうね(笑)。

ーー若さはジャズにとって重要ですか?

本田珠也:そう思いますよ。だって、(渡辺)貞夫さんだって若いもんねぇ(笑)。実際の年齢とかには関係なく、感化されない気持ちで居続けるというか、常に素直な気持ちで演奏できるようにしているというか……。そういうふうに取り組めるというのは、やっぱり“若さ”ということなんじゃないかと思うんですね、気持ちのうえでというか、精神的にというか。

ーー三嶋さんは、このトリオに呼ばれて、最初はどう思いました?

三嶋大輝:とにかく緊張しました(笑)。一緒に演奏を重ねていくたびに、言っていただいたことを1つ1つ自分のなかでしっかり実践していくしかないとは思っているんですけれど……。この2人と一緒に演奏する機会があるということは、音楽だけじゃなくて、いろいろな面で成長しなければならないことに気づかせてくれるんです。例えば、考え方とか、人との付き合い方とか。そういう面でもいろいろとアドヴァイスしてもらっているので。

ーーそういう部分も音に出る?

三嶋大輝:そりゃぁもう、ぜんぶ音になって出てくるのがジャズだと思います。だからこそ、頑張らないといけないなぁって。

荒武裕一朗:このトリオ、僕は一緒に演奏した瞬間に「いいメンバーだなぁ……」って感じたんですよ。なんというか、トーンが似ているというか。1人ひとりの個性はもちろん違うし、仲がいいというのともちょっと違っていて、なんと言ったらいいのか……。まだまだ始めたばかりで、このトリオで乗り越えていかなければならない音楽的な課題はいっぱいあるわけなんですけれど、このメンバーなら乗り越えられそうな気がするんですよ。そういうところで、いいなぁと思っているんでしょうね、きっと。

ーー音楽的な課題?

荒武裕一朗:そうですね、言葉にするのはなかなか難しいんですけれど、もっと一緒に歩いているようにという点では、ぜんぜん足りていないですからね。例えば、珠也さんが急に90度曲がるように場面転換したとすると、それに対して僕と大輝がスッと瞬時に同じ方向を向いて歩くように演奏を続けられたら、というのがあるんですよ。そのへんがこのトリオではまだまだなので、「もっといけるぞ!」と思っているんです。

本田珠也:予想外のルートを進むようになってしまったとしても、そのルートを勇気をもって3人で突き進んで行くことで、そのルートでしか得られない喜びを分かち合えるようになる、と思っているんですよ。その代わり、そこにたどり着くまでに3人で悩み、いろいろな経験を重ねていくことが大事なんじゃないか、ってね。だから僕は、結果より“道のり”のほうが大事だと思う。そうやって自分の経験値を上げることで、演奏するということに対する“勇気”が湧き上がってくると思っているから。

ーー経験によって得られる“勇気”ですか?

本田珠也:ええ。経験というのはやっぱり、すごく大事な部分だと思いますね。というのは、ジャズという音楽って、“継承する”という部分がとても重要だと思うんです。だから、伝える人の中身というか“人となり”というか、人生経験とか音楽的な体験とか、そういったものの1つ1つに対して意味があると思うんですよ。それは音楽的なことにかぎらず、生活のなかのことでもいいし、今日あったことでもなんでもいいんですよ。そこから得たものが、楽器を持ったときに一緒になって表現されるんじゃないか、と。だから、三嶋については、そういうところがまだ薄いというか……。

ーー音楽的な経験値はこれからだと?

本田珠也:いや、それ以前の、飯の食い方とかですよ(笑)。そういうホントに細かいことの1つ1つに意味を見出していかないと、おもしろくならない。要するに、自分の意識のなかで生活のレヴェルを上げる、ってことになるのかな。

三嶋大輝:僕に対してそういうことを含めて気に掛けてくれているというのは、すごく感じています。珠也さんが言っていることは珠也さんのドラムにも現われていると思うし、荒武さんの話もいままでの経験に基づいた内容だから説得力が違うんです。そういうことを、2人と一緒に演奏させてもらう機会が増えるにつれて、どんどん自分のなかで変化しているのを感じることができてます。

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♪ トリオより先に発表していたアルバム制作

ーーアルバムの構想は、三嶋さんが入ったトリオの結成が先ではなかったんですね。

荒武裕一朗:実は、結成する前にライヴで宣言しちゃってたんですよ(笑)。僕のなかではドラムを珠也さんにやってもらうって勝手に決めていて、一緒のライヴのときにMCで「作ります!」って口に出してしまっていたんですね。終わってから焼き肉を食いに行ったんですけど、珠也さんに「ああ言ってたけど、ホントに作るんだろうなぁ?」って念を押されたんだけど……(笑)。

ーーそのときのライヴは三嶋さんがメンバー?

荒武裕一朗:いえ、まだいませんでした(笑)。でも、言っちゃったからには守らないとと思ったし、おかげで大輝とも出逢えた。アルバムが本当にできあがって、嘘にならなくてよかったなぁって思ってます(笑)。

ーー選曲や構成に関しては?

荒武裕一朗:基本的にはライヴで演奏した曲が中心になってます。このトリオがライヴでやっていることをカタチに残したいと思っていたので。でも、レコーディングのために選んだ曲もあります。収録候補曲は僕のなかではいっぱいありすぎて、選びきれないぐらいだった。最初はスタンダードを多めに入れたほうが売上的にはいいかなとか考えたりもしたんだけど(笑)、すぐに「意味ないな」って思い直して。それで、自分がやりたい曲、録りたい曲だけにしよう、って。

ーーアルバム・タイトルは……。

荒武裕一朗:“タイム・フォー・ア・チェンジ”っていうのは、自分のなかでは最初から決まっていました。

ーーそれは、荒武さんがジャズをやめるとかやめないとかというのと関係があった?

荒武裕一朗:うーん、まぁ、それは自分のなかの問題だったんですけどね。ただ、アルバムを作ろうと思ったことがきっかけで、ちゃんとピアノと向き合おう、ちゃんと音楽に向き合って進んでいこうと思えるようになった。そのときに“変化”っていうキーワードが閃いたんです。だから、いままでやっていたトリオとはまったく違うものにしたいと思ったし、それを言葉にしたのが“タイム・フォー・ア・チェンジ”だったんです。

本田珠也:そんなことを考えてアルバムを作ろうとしていたなんて、知らなかったですね。ライナーノーツで荒武が書いていたのを読んで、初めて知った。

荒武裕一朗:よほど思い詰めたら珠也さんに相談したかもしれないけど、最終的には自分でクリアしなきゃいけないことだから……。いまは、そうならないために次はどうしていけばいいのかを考えることができるようになっているし、また前に進めるって感じですね。このレコーディングに関しても、これがゴールだとは思ってなくて、もっと録りたい曲もあるし、演奏のアイデアも湧いてくるんです。実は、同じメンバーで続けてアルバムを作ったことがないので、このトリオの変化を記録してみたいということも考えているんですよ。

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♪ 作曲家・本田竹広を再発見する試み

ーー今回の選曲で、本田竹広さんの曲を取り上げることに関しては、最初からの計画だった?

荒武裕一朗:決めていたというか……、録りたいなぁ、レコーディングが決まれば録ることになるだろうなぁ、とは思ってました。もっと録りたい曲はあったんですけれど、そうすると竹広さんの曲ばっかりになっちゃうんで(笑)。

ーーそれもおもしろかったと思います(笑)。

荒武裕一朗:まぁ、それはこれからですね。いつかは竹広さんのトリビュート・アルバムみたいなものは作りたいとは思います。

ーー「アイヴ・ガット・ニュー」は竹広さんの1970年代の曲だそうですね。

荒武裕一朗:竹広さんの録音も残っていない曲なんですよ。珠也さんから教えてもらって。

ーー珠也さんはこの曲を竹広さんと一緒に演奏したことはあるんですか?

本田珠也:いやいや、ないですよ。まだ親父がアフロヘアーでトリオを組んでいた時代。俺は幼稚園ぐらいだったから(笑)。たまたまウチに当時のFMのライヴ番組をエアチェックした音源が残っていて、そのなかでわりと頻繁に演奏されていたんです。メロディはいいし、ワクワクするような曲だからいいなぁと思っていて、自分で採譜して、自分のバンドでやったりはしていたんですけどね。

ーー本田竹広という人は、ピアニストのイメージが強いから、作曲家としてはあまり注目されていませんよね?

荒武裕一朗:いやいや、作曲家としてもスゴいですよ。ああいうメロディって、書けそうで書けないんですよね。

ーーどういうところが?

荒武裕一朗:すごく理路整然としているんですよ。弾いててわかるんですけれど。無理な音とか嘘っぽい音がないっていうか。ぜんぶの音を言い切っている感じがするんですね。メロディを誤魔化さない作り方なんです。竹広さんらしいというか……。

本田珠也:僕も親父の曲がすごく好きなんですよ。作為的なものがまったくないというか。そういえば、親父はスタンダードを弾こうとするときも、原曲の譜面を取り寄せて、まずオリジナルに忠実に弾こうとしていましたね。だから、いまアルバムなんかを聴き直しても、曖昧に感じるところがない。親父が弾くメロディには表裏がないというか、素直にメロディが入ってくるんです。そういうところで、聴く者を無意識に楽しくさせちゃったんじゃないかと思いますね。

ーー聴く者を感動させる根っこには、基本に忠実な姿勢があったということですね。

本田珠也:とにかくメロディを弾くことが大好きだったんですよ。そこが親父のいちばんいいところだったんじゃないかな。そういうところをみんなが“泣きがある”なんて言ってたんだと思いますね。情というか、心の琴線に触れるというか。そこが俺もいちばん好きなところなんですよ。なんたって、ピアノを弾きながら「アイ・ラヴ・ユー!」とか叫んでいた人ですからね(笑)。そういうのを素直に出すことができた人だから。

ーーこれからのトリオについての抱負を1人ずつお願いします。

三嶋大輝:今回のツアーでは、場所によっては初めて僕を見る人もいるでしょうし、荒武さんが新しいベーシストとして選んだヤツはどんなもんだろうという目で見られるのは覚悟しています。それだけに、ガッカリされてはいけないという想いはスゴくありますね。そうならないために、2人からはいっぱいアドバイスやヒントをいただいているので、それを1つ1つ消化していければ、と思っています。

本田珠也:僕は、このトリオは特に気負ってやる必要はないし、いつもどおり粛々と演奏すれば自ずといい方向に行けると思ってます。まぁ、荒武が体育会系のニンゲンだから、毎日の発散としての“結果”は変わるかもしれないけれど(笑)。

荒武裕一朗:僕はこれまで、珠也さんにお願いするのはせいぜい半年に1度ぐらいだったんですよ。リトマス試験紙じゃないけど、その期間で自分がどれだけ学ぶことができたかを、珠也さんとの共演で確認したかった。でも、この2〜3年で、レギュラーでお願いしたい、レコーディングもしたいという想いが強くなってきて、それを受け止めてくれたことに感謝しながらのライヴということになると思います。だって、こんな幸せなことはないですよ、珠也さんと一緒にやりたいって言うピアニスト、日本どころか世界中で大勢いるのに、そのスケジュールの一部を僕がもらうことができているんですからね。それを肝に銘じて、この3人でやれることをやれるところまで、やってみたいと思ってます。

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(写真提供:荒武裕一朗)

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♪ Dialogue in a Day of Spring

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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