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月曜ジャズ通信 スタンダード総集編vol.5

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

月曜ジャズ通信で連載している「今週のスタンダード」<総集編>シリーズの第5回です。

<総集編>では、月曜ジャズ通信で連載している「今週のスタンダード」だけを取り出して、まずはスタンダードからジャズってやつを楽しんでみてやろうじゃないか!――と意気込んでいる人にお送りします。

♪ラインナップ

ブラック・コーヒー

黒いオルフェ

ブルー・ボッサ

執筆後記〜ソニー・ロリンズ「橋(The Bridge)」

スタンダード総集編vol.5
スタンダード総集編vol.5

※<月曜ジャズ通信>アップ以降にリンク切れなどで読み込めなくなった動画は差し替えるようにしています。

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●ブラック・コーヒー

「ブラック・コーヒー」は、1948年にポール・フランシス・ウェブスターの作詞、ソニー・バークの作曲で、同年にコロンビア・レコードに移籍したサラ・ヴォーンのために用意された曲でした。

ソニー・バークは、ディズニー・アニメ「わんわん物語(Lady and the Tramp)」(米公開1955年、日本公開1956年)の挿入歌「ベラ・ノッティ」も作っています。その共作者ペギー・リーは、1953年に「ブラック・コーヒー」をカヴァーして大ヒットを記録した歌手。

歌詞の内容は、家に寄り付かない亭主の帰りを待ちわびながら虚しく過ぎる毎日を、寂しくコーヒーを飲む姿に投影して嘆くという虚無的なもので、ブルース的といえばブルース的でしょうか。いや、ちょっと違うような気もするのですが……。

♪Peggy Lee- Black Coffee

この曲をスタンダードに押し上げたと言っても過言ではないペギー・リーの名唱です。

♪Julie London "Black Coffee"

ペギー・リーはどちらかというと“小股の切れ上がった”スタイルのヴォーカリストですが、「ブラック・コーヒー」ではかなり声帯を絞ってセクシーさを前面に出そうとしています。1960年にこの曲をカヴァーしたジュリー・ロンドンは、それに比べると直球ど真ん中と言いたいセクシーさ満開。

♪Duke Pearson- Black Coffee

1960年代に活躍した、ハード・バップを代表するピアニストであるデューク・ピアソンによるヴァージョン。彼のブルース・マインドがこの曲を呼んだのか、はたまたこの曲の“深さ”が彼のブルースを呼び覚ましたのか。いずれにしても名演。

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●黒いオルフェ

ポルトガル語の原題が“カーニヴァルの朝”というこの曲は、1959年に公開された映画「黒いオルフェ」の主題歌としてルイス・ボンファが作曲、アントニオ・モラレスが作詞しました。

ルイス・ボンファはデビューが1945年、ブラジルのポピュラー音楽シーン黎明期から活躍するクラシック畑出身の名ギタリストです。

映画の原案になったのはヴィニシウス・ヂ・モライスが1956年に発表した戯曲で、マルセル・カミュ監督によってフランス・ブラジル・イタリアの合作映画に仕立てられました。

ヴィニシウス・ヂ・モライスはアントニオ・カルロス・ジョビンらとともにボサノヴァというスタイルを生み出したひとりで、外交官でありながら詩や文学を発表し、作詞・作曲も手がけるというマルチな才能を発揮した人です。

映画では歌とギターの名手である主人公のオルフェが弾き語りで披露したこの曲。サンバのリズムだったことから「オルフェのサンバ」とも呼ばれ、ボサノヴァを代表する曲として取り上げられるようになってからは、映画タイトル「黒いオルフェ」のままで通じるようになりました。

♪Luiz Bonfa(ルイス・ボンファ)

作曲者ルイス・ボンファによる演奏です。前半はボンファがブラジルのリズミックなギター・テクニックを自ら弾きながら解説。インタビューを挟んで3分35秒から「黒いオルフェ」を披露しています。

♪MANHA DE CARNAVAL CANNONBALL ADDERLEY

1960年代後半、人気絶頂だったキャノンボール・アダレイのクインテットによるパリ公演の音源。ファンキーの代名詞となっているキャノンボールのアルト・サックスですが、ボサノヴァのサウダージにもマッチしていることがこの演奏から伝わってきます。ピアノのジョー・ザヴィヌルのヴォイシングがジャズっぽいですね。

♪黒いオルフェ 小野リサ

日本が世界に誇るボサノヴァ・シンガー、小野リサによるライヴ映像です。彼女の声はブラジルでディーヴァ=歌姫と呼ばれる人たちの声質とはかなり異なるのですが、ひとつの潮流を生み出すほどの表現力があったからこその評価だったと思います。

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●ブルー・ボッサ

「ブルー・ボッサ」は、ケニー・ドーハムが自分のバンドに所属していたジョー・ヘンダーソンの初リーダー作『ページ・ワン』(1963年)に収録するために作曲しました。

“ボッサ”はボサノヴァを意味しています。1963年といえば、スタン・ゲッツがジョアン・ジルベルトを呼んで『ゲッツ・ジルベルト』を制作、アメリカにボサノヴァ旋風が巻き起こった年で、ドーハムもこのブームに乗っかったのでしょう。

ケニー・ドーハム(1924〜1972)は、1950年代から60年代にかけて活躍したビバップ〜ハード・バップを代表するトランペット奏者。ジョー・ヘンダーソン(1937〜2001)は、1960年代から40年ものあいだジャズやロックなどポピュラー音楽シーンの最前線で活躍したサックス奏者。

ジョー・ヘンダーソンの談話として、「この曲はシャンソンの名曲をヒントにドーハムが書き上げた」というエピソードが残っています。該当曲は「パリの空の下」で、ユベール・ジローが作曲した原曲は映画「パリの空の下セーヌは流れる」(監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ、1951年製作)の挿入歌です。

♪Joe Henderson- Blue Bossa

ジョー・ヘンダーソンが語ったエピソードが本当なら、哀愁漂う3拍子のシャンソンを見事にブラジリアン・フレーヴァーの軽快なバップ・ナンバーに仕立てたドーハムのアレンジ力を褒めるべきでしょう。“ボッサ”と言いながら、どちらかといえば曲調がキューバ音楽っぽいのは、1960年代前半当時のアメリカではボサノヴァがまだちゃんと認識されていなかったからだと思われます。

♪Art Pepper- Blue Bossa

アート・ペッパーの1988年の作品から。チャーリー・パーカー直系と讃えられるテクニックとウエスト・コースト・ジャズの最前線で活躍したセンスを融合させた、聴き応えのある構成です。展開部でペッパーとベースのボブ・マグヌッセンのメロディ・ラインが錯綜するあたりは、イースト・コースト・ジャズのケニー・ドーハムとジョー・ヘンダーソンによるアンサンブルとはひと味違ったこの曲の表情を引き出していると言えるでしょう。

♪Michael Brecker- Blue Bossa- 1985

1985年に六本木ピットインで収録された映像。マイケル・ブレッカー(テナー・サックス)、スティーヴ・ガッド(ドラム)、エディ・ゴメス(ベース)、佐藤允彦(ピアノ)という豪華メンバーです。

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪編集後記

8月4日は8と4でハシ=箸の日だとか。

ジャズで“ハシ”といえば、ソニー・ロリンズの名作『橋(The Bridge)』を外すわけにはいきません。

1950年代には“モダン・ジャズを代表するサックス奏者”と言われるほどの人気を博したソニー・ロリンズですが、1959年に突然活動を停止してしまいます。

再び人前で演奏するようになったのは1961年。そのあいだ彼は、ニューヨークのイースト・リヴァーに架かるウィリアムズバーグ橋で練習を重ね、新たなサウンドをつかんだと言われています。

その“結晶”が、1962年の初頭に収録された『橋(The Bridge)』です。

その後の彼が、フリー・ジャズとは異なるコンセプションのインプロヴィゼーションを追求したり、電気楽器を積極的に取り入れてフュージョンに新風を送るなど、ジャズの旧弊を次々と打ち破る活動を展開したことは周知のとおりです。

♪The Bridge/ Sonny Rollns & Jim Hall

“疾風怒濤”という表現がピッタリの、60年代ジャズを代表する名演のライヴ動画ヴァージョン。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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