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月曜ジャズ通信 2014年7月21日 梅雨明け間近だ海の日号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード〜ブルー・モンク

♪今週のヴォーカル〜ミルス・ブラザーズ

♪今週の気になる2枚〜上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト『ALIVE』/サイモン・フィリップス『プロトコルII』

♪執筆後記〜シー・レヴェル

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

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『セロニアス・モンク・トリオ』
『セロニアス・モンク・トリオ』

●今週のスタンダード〜ブルー・モンク

セロニアス・モンクが作曲した、ジャズを代表するブルース・ナンバーのひとつ。

初出は、1954年リリースの『セロニアス・モンク・トリオ』という作者自身のトリオによるアルバムです。

セロニアス・モンクは、ビバップ黎明期から大きな影響力をもっていたミュージシャン。

いち早くメジャー・レーベルと契約した点では、マイルス・デイヴィスと肩を並べる実力とカリスマ性を備えていたと言っていいでしょう。

ピアノ・スタイルは独特で、わざと音を飛ばしたり、リズムを崩したような弾き方が印象に残ります。これは“自分のめざすジャズは流行音楽とは一線を画するものであるべき”という彼の主張に基づいたもので、そのこだわりに共感したジャズ・ミュージシャンたちがモダン・ジャズと呼ばれる芸術性の高い音楽を生み出すときの“指標”としていたようです。

♪Blue Monk, Thelonius Monk

テナー・サックスを加えたクァルテットでの演奏。セロニアス・モンクの手のアップに注目してください。大きな指輪はわざと演奏をぎこちなくするためのもので、これもまた彼独特のジャズに対するこだわりだったと伝えられています。

♪ABBY LINCOLN- Blue Monk

ビリー・ホリデイの後継者として注目され、1950年代後半から60年代にかけてラディカルな活動を展開した女性ヴォーカリスト、アビー・リンカーンによる1961年のパフォーマンス。詞はアビーが書いています。この曲のブルース・フィーリングを表現しながら、ジャズ・ミュージシャンとして“ジャズとしての現代性”をどう構築するのかというモンクが残した命題に対して彼女の出したひとつの答えが、この歌に込められていると言えるでしょう。

♪Karin Krog & Dexter Gordon- Blue Monk

“ノルウェーの歌姫”カーリン・クローグと“サックスの巨人”デクスター・ゴードンによるアルバム『サム・アザー・スプリング』(1970年)に収録されているヴァージョン。

ノルウェーのシンガーが、自分にもジャズが表現できることをアメリカで認めてもらうためにこの「ブルー・モンク」を選んだということもまた、この曲のエピソードのひとつとして記しておきたいと思います。

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ザ・ミルス・ブラザース『初期傑作集 (1931)』
ザ・ミルス・ブラザース『初期傑作集 (1931)』

●今週のヴォーカル〜ミルス・ブラザーズ

男性ジャズ・コーラスの“草分け”と言われているのが、ミルス・ブラザーズです。

このグループのルーツは、床屋(バーバーショップ)の主人だったジョン・ミルス・シニア。彼は“フォー・キングス・ハーモニー”というコーラス・グループで歌手としても活動していました。

「床屋の主人がコーラス・グループ?」といぶかる人が日本では多いかもしれませんが、アメリカでは床屋は社交場のひとつとして認知されていた場所で、テレビもラジオもなかった19世紀後半には仕事を終えた労働者たちが集まって音楽を楽しんでいました。こうした習慣が“バーバーショップ・コーラス”というスタイルを生み出し、4人編成のグループが定着。ジョン・ミルス・シニアの活動も、こうした流れに乗ったものです。

彼の息子たちも父親のように歌手をめざし、4男のドナルドが7歳になって兄たちと歌うようになった1920年代半ばに、4人兄弟によるコーラス・グループ“ミルス・ブラザーズ”が誕生しました。

1930年には故郷オハイオ州からニューヨークへ進出。1931年にレコード・デビューすると、「タイガー・ラグ」や「ダイナ」といった大ヒット曲を送り出して、一大センセーションを巻き起こします。

1936年には長男ジョン・ジュニアの死というアクシデントに見舞われますが、父ジョン・シニアが参加してミルス・ブラザーズのその後22年を支えます。1958年以降は兄弟3人で活動を続け、最後は4男ドナルドが息子ジョン・ミルス2世とツアーを回っていましたが、1999年のドナルドの引退をもってオリジナル・メンバーはいなくなってしまいました。現在はジョン・ミルス2世がその名を受け継いで活動を続けています。

♪Mills Brothers- Swing It, Sister

ミルス・ブラザーズの魅力は、ジャズならではのテンション・ハーモニーを用いながらも、難解さを感じさせないバランス感覚にあるのではないでしょうか。

♪Mills Brothers- Caravan

全編楽器を真似たスキャットで構成される、彼らの代表的なパフォーマンスです。

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原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト『ALIVE』
原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト『ALIVE』

●今週の気になる1/2枚〜上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト『ALIVE』

今年5月に同時発売した、2012年12月の東京国際フォーラムでのステージを収めたDVD『MOVE ライヴ・イン・トーキョー』は圧巻でした。前作『MONE』のナンバーを全曲収録し、余すところなくこのザ・トリオ・プロジェクトの魅力を詰め込んだと言っても過言ではありません。

2013年はデビュー10周年という節目を迎え、さらにこのザ・トリオ・プロジェクトを発展させた上原ひろみ。

実はボク自身、このプロジェクトは(“プロジェクト”という名称から受ける印象もあって)単発で終わるのではないかと思っていました。ところがところが、2011年の結成からすでに3年。ワールド・ツアーも精力的に行なうなど、大御所であるアンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスの上原ひろみに対する可愛がりようは尋常ではありません。

もちろん、上原ひろみの才能に惚れる部分が多いのでしょうが、それ以上に彼女の音楽性が2人を必要としていることを彼女自身がよく理解して前進しているからだと考えられます。

そうして出てきた第3弾がこの『ALIVE』。

変わったなと思ったのは、これまでの変拍子と超速パッセージで圧倒する印象が薄れたこと。逆にバラードの表情が豊かになり、これこそが3年の活動をともにしている収穫ではないかと感じました。

トリオという最小にして最強のオーケストラを手にした上原ひろみ。彼女がこのバンドにしか出せない“ライヴ感”をつかんでいる喜びが、このアルバムから伝わってきます。

♪Hiromi The Trio Project performing "Alive" (live in the studio)

アルバム冒頭を飾るタイトル・チューン。スタジオでのライヴ映像です。

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サイモン・フィリップス『プロトコルII』
サイモン・フィリップス『プロトコルII』

●今週の気になる2/2枚〜サイモン・フィリップス『プロトコルII』

上原ひろみのザ・トリオ・プロジェクトのドラマーでもあるサイモン・フィリップスが、25年前にリリースしたデビュー作『プロトコル』の続編として制作した新作です。

1980年にリリースされたジェフ・ベックのアルバム『ゼア・アンド・バック』でフュージョン・シーンに“この人あり!”と印象づけた彼は、その後はマイケル・シェンカーのアルバム参加やミック・ジャガーのツアー・サポートなどロック側の活躍が多く、ザ・トリオ・プロジェクトで名前が挙がったときには正直“意外な人選だなぁ”という感想でした。

その時点で、上原ひろみサイドには「ミシェル・ペトルチアーニの最後のトリオ(アンソニー・ジャクソンとスティーヴ・ガッド)の延長線上でジャズのピアノ・トリオを発展させる」という意識がなかったことに気づくべきだったと、後悔しています。つまり、その出発点はまったく異なり、サイモン・フィリップスはザ・トリオ・プロジェクトがジャズではないところから始めるために必要とされた人材であった、ということです。

本作を耳にすれば、“ジャズではないところ”がすぐにわかるでしょう。内容は、ハード・フュージョンと呼ばれるカチッとしたサウンドで埋め尽くされています。リヴァーブがきいたギターとキーボードはスペーシーで、アナログ主体のジャズ・サウンドとは対極に位置するものです。

しかし、なぜか冷たくない……。それは、彼のサウンドに物語性があふれているから。正確無比と称される彼のドラミングですが、決して機械的ではないということが、このサウンドからも伝わってくるのです。

♪Simon Phillips Protocol II- Pt.1- Verviers, Spirit of 66 10.11.2013

アルバム・メンバーによるライヴから。

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

●執筆後記

7月21日は海の日です。“海”を祝日の目的としているのは日本だけなんだそうですね。

海とジャズのつながりはあるようでないような……。調べていると、名前に海=Seaがついた好きなバンドがあったことを思い出しました。

1976年から81年にかけて活動していたSea Levelです。フュージョン的にはシーウィンド(Seawind)のほうが有名かと思うのですが、ボクはポップなシーウィンドよりも泥臭いロック感が漂っていたシー・レヴェルのほうがなぜか好きだったんです。

シー・レヴェルはもともとオールマン・ブラザース・バンドのメンバーが結成したので、フュージョンのなかでもサザン・ロックのテイストが強いサウンドを特徴としています。オールマン・ブラザース・バンドはグレイトフル・デッドと並んでロック界にインプロヴィゼーショナルな潮流を創った代表的なバンド。ジャムバンドのムーヴメントを引き起こすきっかけになったとも言われているので、そんなテイストがシー・レヴェルにも受け継がれ、それがボクの琴線に触れたのかもしれません。

♪Sea Level "Midnight Pass" (1978)

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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