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月曜ジャズ通信 2014年1月27日 構えあって構えなしお構いなく号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード~オール・オア・ナッシング・アット・オール

♪今週のヴォーカル~カサンドラ・ウィルソン

♪今週の自画自賛~ジョー・ヘンダーソン『イン・ン・アウト』

♪今週の気になる1枚~エミリー・ベアー『ダイヴァーシティ』

♪執筆後記

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

ジョン・コルトレーン『バラード』
ジョン・コルトレーン『バラード』

♪今週のスタンダード~オール・オア・ナッシング・アット・オール

1939年に、当時人気を誇っていたハリー・ジェームス楽団のために書かれた曲です。

作詞・作曲はジャック・ローレンスとアーサー・アルトマン。どちらもソング・ライターとして活躍した人で、この曲に関してはローレンスが詞を、アルトマンが曲の土台を担当して、共作という感じで仕上げたようです。

ハリー・ジェームス楽団では、この年に専属契約を交わした新人のフランク・シナトラに歌わせようとこの曲を用意したのですが、リーダーのハリー・ジェームスのトランペットに配慮したアレンジだったため、シナトラはがっかりしたと後に語っています。その感想どおり、この曲はヒットに至らず、シナトラも翌年にはトミー・ドーシー楽団に移籍したのですが、そこで人気が出始め、1943年にいわゆるセルフ・カヴァーをしてリリースすると、これが全米2位を記録するほどの大ヒット。この曲の面目を一新するとともに、“シナトラ伝説”の記念すべき最初のエピソードとなりました。

♪Frank Sinatra Harry James Orchestra "All or Nothing at All"

ハリー・ジェームス楽団の伴奏で歌うシナトラです。いま聴くと、それほど悪くないと思うんですが、当時のシナトラはもっと甘く歌いたかったんでしょうね、きっと。

♪John Coltrane Quartet- Ballads- All or Nothing at All

20世紀を代表するジャズ・サックスの巨匠、ジョン・コルトレーンが残したバラードの結晶、その名も『バラード』収録のヴァージョンです。ちょっとラテンっぽくアレンジしているところが珍しいかもしれません。

♪Diana Krall- All or Nothing at All

ポスト“新”御三家のトップをぶっちぎりで走り続けているダイアナ・クラールが2001年12月にパリのオリンピア劇場で行なったライヴ映像です。ちなみにこのライヴはCDでもリリースされていますが、「オール・オア・ナッシング・アット・オール」はDVDにしか収録されていません。

カサンドラ・ウィルソン『ブルー・ライト・ティル・ダウン』
カサンドラ・ウィルソン『ブルー・ライト・ティル・ダウン』

♪今週のヴォーカル~カサンドラ・ウィルソン

“新”御三家の最後に控えしは、カサンドラ・ウィルソン。

1955年米ミシシッピ州ジャクソン生まれで、6歳からピアノを、12歳からギターを習い始めました。ロバート・ジョンソンやジョニ・ミッチェルがレパートリーだったとか。

ヴォーカリストとして働き始めたのは1970年代半ばごろで、1980年代初頭にニューヨークへ進出(つまり20代後半にさしかかったころ)。そこでスティーヴ・コールマンに出逢い、Mベース・コレクティヴのメンバーになります。

スティーヴ・コールマンは1956年生まれのサックス奏者。Mベースとは、彼が提唱した音楽理論で、1980年代のストリート系と呼ばれた音楽要素と連携しながら高度に発展させようとしたユニークなアプローチが注目を浴びました。カサンドラの歌唱スタイルにこのMベース理論があることは要チェックです。

話をカサンドラ・ウィルソンに戻すと、Mベース仲間の協力でファースト・アルバム『ポイント・オブ・ヴュー』を1985年に制作。1993年には老舗レーベルのブルーノートに移籍し、グラミー賞最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞を2度受賞しています。

♪Until- Cassandra Wilson

1996年リリースでグラミー賞受賞作『ニュー・ムーン・ドーター』収録の「アンティル」のミュージック・ヴィデオです。カサンドラ本人と、俳優のイザック・ド・バンコレが出演しているクールな映像、かっこいいです。

♪Cassandra Wilson Performs'Another Country'

2012年リリース『アナザー・カントリー』収録のタイトル曲を歌っているテレビ番組。彼女はMベースに則った先鋭的なアプローチでヴォーカル界に新風を吹き込んだ後、1990年代に入るとジャズのスタンダードやカントリー、フォーク、ブルースなど自身の音楽的なルーツを再訪するようなボーダレスな活動を展開するようになりました。新作でもその傾向が前面に出ているようです。

ジョー・ヘンダーソン『イン・ン・アウト』
ジョー・ヘンダーソン『イン・ン・アウト』

♪今週の自画自賛~ジョー・ヘンダーソン『イン・ン・アウト』

限定発売された最新の24bitリマスタリング盤のライナーノーツを富澤えいちが執筆しました。

「気鋭の新人の3枚目」「80年代BN再興の象徴的存在」「新旧のバランスが整った愛聴盤」の3つに分けて解説しています。

日本のファンのあいだでは親しみを込めて“ジョー・ヘン”と略されるこのサックスの巨人、1960年代にブルーノートに残した諸作はどれも“新主流派”を代表する名盤ばかりです。

なかでも本作で注目したいのは、ピアノのマッコイ・タイナーとドラムのエルヴィン・ジョーンズという、当時のジョン・コルトレーン・クァルテットのメンバーが参加しているところ。

本作が収録された1964年という年は、コルトレーン・ジャズを象徴する『至上の愛』が制作された年でもあり、ヴォイシングの要であったマッコイ・タイナー、ポリリズムの担い手であるエルヴィン・ジョーンズがどのような役割を果たしていたのかを理解するためにも、本作はより具体的でわかりやすいサンプルになってくれます。こういうマニアックな聴き方ができるのも、ジャズならではと言えるでしょう。

この年のジャズ・シーンのもう一方では、マイルス・デイヴィスがウエイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスによる“黄金の”クインテットを結成。モード・ジャズを完成させようとしたマイルスとの比較という楽しみも、このアルバムにはあるでしょう。

このようなエポックが詰まった本作は、いままで点にしか見えなかったジャズ事象を時代の流れのなかでつなぎあわせ、別の視点で解き明かしてくれる重要な“試験薬”と言えるかもしれません。

♪Joe Henderson- Short Story

このアルバム、基本的には2ホーンのハード・バップなアプローチを軸に展開している、どちらかといえばオーソドックスなサウンドが多いのですが、この曲ではエルヴィン・ジョーンズのドラムから始まりマッコイ・タイナーのコードで徐々に全体像を浮き上がらせていくという、コルトレーンの『バラード』のような展開を見せているのがユニークです。

エミリー・ベアー『ダイヴァーシティ』
エミリー・ベアー『ダイヴァーシティ』

♪今週の気になる1枚~エミリー・ベアー『ダイヴァーシティ』

<2014年1月13日 寒波来襲ドテラだ号>で“神童”と呼ばれ注目を浴びたトーマス・エンコを紹介したばかりですが、今回登場するのは2001年生まれの少女、エミリー・ベアーです。収録当時は11歳、つまり“小学生”ですね。

本作のプロデューサーはクインシー・ジョーンズ。マイケル・ジャクソンを“キング・オブ・ポップ”の座に押し上げた彼が、2011年のモントルー・ジャズ・フェスティバルに招聘してしまうほど惚れ込んで、アルバムまで作ってしまったわけです。2013年に32年ぶりに来日したクインシーの公演でもフィーチャーされていました。

エミリー・ベアーの経歴は以下のとおり。

米イリノイ州ロックフォードの音楽的な一家に生まれた彼女は、すでに赤ん坊の時点で母親が絶対音感に気づくなど才能を発揮。2歳でピアノに向かい始め、3歳で作曲を始めます。4歳のときには大手音楽出版社に著作権管理を委託していたというのですから、就学前にしてすでに“プロ”の音楽家だったわけです。

その後はメディアでも取り上げられる有名な天才少女として主にクラシック畑で活躍してきましたが、満を持して今回、ジャズ・デビューを飾ることになりました。

「クラシックとジャズはどっちがスゴイのか?」という不毛な論争をよく見かけるんじゃないかと思いますが、こと幼少期に関しては“手本どおり”を評価する傾向にあるクラシック分野のほうが“神童ぶり”を発揮しやすく、感情という不確定要素を要求されることの多いジャズ分野では“時期尚早”と判断されるのが一般的だったりするところを、このエミリーちゃんは“飛び級”で合格ラインに到達し、デビューと相成ったことになります。

だからタイトルはダイヴァーシティ=多様性。

“コピーの天才”ではなく、自主的な表現力をもったひとりのアーティストであるという自負が、このタイトルからうかがえます。

さて、実際にアルバムの演奏を聴いてみると、テクニック的に不安なところがまったく見当たらず、なるほど“天才少女”と騒がれるのも無理はありません。

さらに、音大生にありがちなグルーヴ感の欠落もほとんどなく、かといって子ども芝居にありがちな取ってつけた感もなく、スムース系ピアノ・ジャズとして十分に評価できるレヴェルに達しています。

と、客観的なフリをして評価したものの、振り返ってみるとそれを11歳の女の子がやってしまっていることの重大さに、改めて驚かないわけにはいかないでしょう。

ジャズには“柔軟性”と“熟成”という変化の楽しみがあります。

エミリー・ベアーはまだまだ“新鮮”という魅力を発揮している最中で、前述の2点に関しては先の話……。

つまり、これから彼女がどうなるのかという“未来の楽しさ”もこの作品には託されている、ということなのです。

♪Emily Bear- "Q"

アルバム『ダイヴァーシティ』収録「Q」のレコーディングの様子を伝えるヴィデオです。このアルバム、全曲エミリー・ベアーのオリジナルが収録されているという点も要注目です。

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪執筆後記

毎号、ヘンなタイトルを付けていますが、これは「本の雑誌」へのオマージュであるとともに、さりげなく本号の内容に関係しています。

ということでちょっと解説をしてみると、「構えあって構えなし」というのは宮本武蔵が著わした『五輪書』第4巻「風の巻」に書かれている二天一流の考え方を言葉にしたものです。「あるのにない」を「オール・オア・ナッシング・アット・オール」に掛けているのと、「イン・ン・アウト(出たり入ったり)」のイメージも重ね、さらにはカサンドラ・ウィルソンの出自であるMベースのスティーヴ・コールマンが名乗っていたグループ名“フィフス・エレメンツ”が『五輪書』からとったものであることにインスパイアされちゃったんですね~、きっと。

ほらね、深~い意味があったでしょ? え? そんなに深くないよってか?

まあ、“深そうで深くない”というのが<月曜ジャズ通信>のモットーだってことで、今回は許してやってくだされ。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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