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月曜ジャズ通信 2014年1月6日 明けてイナナク午年号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード~オール・ブルース

♪今週のヴォーカル~カーメン・マクレエ

♪今週の自画自賛~ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』

♪今週の気になる1枚~マリーン『シングス・ドナ・サマー』

♪執筆後記

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』
マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』

♪今週のスタンダード~オール・ブルース

スタンダード・ジャズと呼ばれる曲の大半は、20世紀前半のポピュラー音楽シーンすなわちブロードウェイ・ミュージカルやハリウッド映画の挿入歌がオリジナルとなっています。

「あれ、この曲って聴いたことがあるような気がするんだけど、ずいぶん印象が違うなぁ……」と思わせて、演奏者の世界へ引き込むことができるかどうかが、ジャズとしての矜持でもあったわけです。

しかし、なかにはジャズ由来ながら広く多くの演奏家に愛されるようになった曲も、少数ながら存在します。その1つがこの「オール・ブルース」です。

オリジナルは、1959年にマイルス・デイヴィスが自身の『カインド・オブ・ブルー』収録のために作った曲。“作った”と言ってもその名のとおり“ブルース”と呼ばれるアフリカン・アメリカンに歌い継がれてきた民族音楽的なモチーフを利用して、8分の6拍子の1小節に音符を2つずつしか使っていないというスカスカのメロディだけで展開するという、マイルスならではの手抜き――いや、合理的で戦略的なアプローチの曲として誕生しました。

どこが合理的で戦略的かといえば、当時(つまり1950年代後半)のマイルスが考えていたのはコードを目まぐるしく変えて速いパッセージを競うビバップの限界をどのように超えるかということで、その1つの結論に達したのが『カインド・オブ・ブルー』であり、コード・チェンジを重視しない「オール・ブルース」のような骨組みの曲だったということなのです。

コード・チェンジや速いパッセージを否定したからといって、マイルスが単純で簡素なサウンドを求めていたわけではなく、より自由に、より複雑に音楽を構築するために“よけいなものを取り去った”と解釈することがポイントです。

実際にマイルスの1957年の録音と1964年収録の『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』での演奏を比べてみても、演奏メンバーが異なるだけとは思えないサウンドになっていることがわかるでしょう。

♪Miles Davis- Kind of Blue- All Blues

マイルス・デイヴィスのオリジナルの「オール・ブルース」です。古典的なブルースは4拍子12小節というスタイルでしたが、8分の6拍子に変えることによって“古いジャズ”と一線を画していることを宣言しているとも取れます。そしてそこから生まれたサウンドが、“クール”という新たなジャズの潮流の基本となりました。

♪Miles Davis- All Blues 1964 Milan, Italy

前の1957年ヴァージョンとこの1964年ヴァージョンの違い、わかりますよね?

♪"All Blues" Dee Dee Bridgewater & Benny Green

ヴォーカルのヴァージョンも取り上げてみましょう。シンプルゆえに難しいこのメロディを、ディー・ディー・ブリッジウォーターは見事に表現しています。ベニー・グリーンのコードの付け方もマイルスの2つとはぜんぜん違っていますね。これがジャズのポスト・モダニズムの主軸となったサウンドと言っていいでしょう。

カーメン・マクレエ『キャント・ハイド・ラヴ』
カーメン・マクレエ『キャント・ハイド・ラヴ』

♪今週のヴォーカル~カーメン・マクレエ

“エラ・サラ・カーメン”と語呂を揃えた女性ジャズ・ヴォーカル御三家の締めくくりは、カーメン・マクレエの登場です。

とは言っても、エラ・フィッツジェラルドとサラ・ヴォーンに比べると、彼女の名声はちょっと足りないんじゃないかと思う人が多いかもしれません。

ハーレムに生まれ育ち、10代からピアニストとして活動を始めたという経歴からは、ポピュラー・シンガー側ではなくマニアックなジャズ側というイメージが伝わってきます。もしかすると、そのことが彼女の名声を限定させる原因になっているのかもしれません。

でも、だからカーメン・マクレエはいいんです。

エラとサラには、ポピュラーであるために“毒を消した”ようなところがあると感じます。しかし、それがカーメン・マクレエにはない。その意味では彼女こそがビリー・ホリデイの“直系”と呼べるジャズ・ヴォーカリストなのではないでしょうか。

♪Carmen McRae- If You Never Fall In Love With Me

バラードに定評があるカーメン・マクレエですが、ミドル・テンポのこんな曲も実にうまく歌ってくれます。言葉の重みが伝わってくる歌い方――と言ったらいいのでしょうか、1960年代の映像だと思われますが、すでに風格が漂っています。

♪Carmen MCrae- Love Dance

最晩年と言える映像です。翌1991年にはドクター・ストップがかかって彼女は舞台から去ることになってしまうのですが、それが信じられない迫力あるステージングです。

ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』
ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』

♪今週の自画自賛~ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』

限定発売された最新の24bitリマスタリング盤のライナーノーツを富澤えいちが執筆しました。

この大名盤中の名盤を、「ジャズ・クラブが名演のお膳立て」「実験的なメンバー起用が大当たり」「ポピュラー曲中心のシンプルさも成功要因」の3部に分けて解説しています。

このレコーディング・セッションは1957年11月3日の昼と夜に行なわれたものからピックアップして収録されているのですが、1976年に未収録音源が発掘されて2枚組LPとして発売、CD化にあたっては当日の演奏順に並べ直してvol.1とvol.2に分けてリリースされました。ボクも最初に買ったのはCDの2枚ですが、今回のリリースはオリジナルLPの収録曲と曲順に則り、ボーナス・トラック4曲というかたちになっています。

名盤って、意外と買わずにいるものだということを喝破したのはラズウェル細木さんの名著『ときめきJAZZタイム』でしたが、ボクも『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』こそ持っていたものの、『サキソフォン・コロッサス』はどうやら見当たらず(たぶんLPを処分したときに買い直してないのでしょう)、『テナー・マッドネス』は数カ月前にあるルートを通してようやく手に入れたという体たらくで、本来であればとてもソニー・ロリンズを語る資格などないのですが……(汗)。

♪朝日のようにさわやかに / ソニー・ロリンズ

宣伝用のトレーラーで味見をどうぞ。

マリーン『シングス・ドナ・サマー』
マリーン『シングス・ドナ・サマー』

♪今週の気になる1枚~マリーン『シングス・ドナ・サマー』

フィリピン・マニラ出身のマリーンは、15歳からプロとして歌い始め1979年に来日。1980年代前半にヒットを連発して、フュージョン・シーンを代表する歌姫となりました。

2011年にセルフ・カヴァー集『イニシャル INITIAL』をリリースしたときに取材する機会があったのですが、近況を含めてかなりシリアスな話題もサラッと語ってくれた、ステージどおりの明るいキャラクターの彼女を思い出します。

新作は2012年に逝去したドナ・サマーのヒット曲をカヴァーしたもの。

ドナ・サマーといえば、泣く子も踊りだす“ディスコ・クイーン”として君臨した歌姫ですね。“ディスコ”なんですから、当然1970年代のことです。ボクだと「ホット・スタッフ」(1979年『バッド・ガールズ(華麗なる誘惑)』収録)がドンピシャって感じかな。

カヴァーの妙味というのは、本人の思い入れが強い対象を選びながらもいかに懐古趣味を排して現在進行形で蘇らせることができるか――だと思うんですね。

もちろん、当時を懐かしんで購買意欲を掻き立てられる一部の年代はいるでしょうが、当時のサウンドをそのまま再現するのは「ジャズとは言えない」というのがジャズの見解であると申しておきましょうか。

そういう“さじ加減”ができる名プロデューサーのクリヤ・マコトが参加しているというところも、本作の聴き所でしょう。奇をてらわず、しかし往時を懐かしむマインドを裏切らないという絶妙のバランス感覚。

カヴァーって聴きやすいと思ったけど、意外にオリジナルとは違うところが気になって、すぐに飽きちゃうんだよね~って思っている人、ジャズのカヴァーは違いますからお試しあれ。

♪マリーン 「I will go with you」

「アイ・ウィル・ゴー・ウィズ・ユー」は1999年『ライヴ・モア&アンコール!』収録。この曲は、1995年にサンレモ音楽祭でイタリアのオペラ歌手アンドレア・ボチェッリが歌い、翌年に英語詞に変えてサラ・ブライトマンとともに歌って大ヒットとなった「コン・テ・パルティロ(英語名:タイム・トゥ・セイ・グッバイ)」をベースにドナ・サマーがリメイクしたもの。

♪ドナ・サマー DONNA SUMMER- BAD GIRLS ~ HOT STUFF(LIVE 1983)

もしかして「ドナ・サマーってどんな人?」という人がいるといけないので、「こんな人」という映像をどうぞ。

いやぁ、姐さん、かっこいいですなぁ。これを見ると、現代でカヴァーできるのはやっぱりマリーンしかいないんじゃないの、って思っちゃいますね~。

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪執筆後記

今週はちょっと古い話題が多めになってしまったでしょうか。なるべくバランスをとりながら、かび臭い内容にならないようにと気を遣ったりはしているのですが……。遺産あればこそのいまのジャズというところも伝えたい部分なので、“おぢさんの昔話”も交えながらのジャズ探訪という塩梅でやっていきたいと思います。

今年も引き続きよろしくお願いします。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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