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トランプ会見から見る、医薬品と生命をめぐる危機

富永京子立命館大学産業社会学部准教授
(写真:アフロ)

1月11日に行われた米トランプ次期大統領の会見において、トランプ氏はヘルスケア政策とともに、製薬企業と薬価についても言及しています。米国での薬価高騰に関する対策は、実はトランプ陣営とクリントン陣営によるマニフェストの数少ない共通点でもありました。現在の米国では、政府が製薬企業と直接価格交渉を行うことは認められておらず、トランプ氏は「処方薬の輸入を解禁すべき」という主張を行いました。薬価の高騰をめぐる問題は、必ずしもアメリカだけで起こっているわけではありません。今回の記事では、とりわけ発展途上国との関連から、製薬企業と薬価についてお伝えしたいと思います。

国際的な医薬品の高騰と入手困難をめぐる問題は、WTO閣僚会議のなかで知的財産権の保護に関する多国間協定「TRIPS協定」(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)が採択された1995年以降に本格化しました。これはその名の通り、著作物や発明品をめぐる「知的財産権」を国際的な協定によって保護する、というものです。分かりやすいところでは、コピーソフトウェアや、インターネットの無断転載動画などがイメージされるでしょう。しかし、知的財産権によってカバーされる対象は、いわゆる著作物としての「作品」や「発明物」に加え、アイデアやデザインなどの「考案」や「工業意匠」なども入っていました。この背景には、製薬企業によるロビイング活動があります。製薬企業がアメリカ政府に対し根強いロビー活動を行っていることは多くの人がご存知だと思いますが、この協定が作成される背景にもまた、化学品業界や製薬企業の強い圧力があったと言われています。

TRIPS協定ができてしまうと、医薬品の開発者以外による許可なくして製造ができなくなってしまうわけですから、困るのは製薬を自前で開発できない企業です。先進国よりもむしろ途上国に多く見られるような、それまで既存の医薬品(いわゆる「ジェネリック医薬品」ですね)を安価で製造する技術を使っていた企業は、その製造技術が使えなくなってしまうのです。

先進国の製薬企業が医薬品を安価で提供してくれれば問題はないのですが、そうはいきません。なぜなら、薬によって治療可能な病気にも、やはり先進国と途上国の間に差異があるためです。途上国では例えばデング熱など、先進国ではめったにみられない病が多発します。こうした病を「顧みられない病」といい、治療薬が作られない傾向にあります。顧みられない病の患者は貧困層が多く、製薬企業にとっては研究開発をおこなってもそれほど割に合う市場ではないため、結果としてこれらの病気の治療薬に対する優先度が低くなってしまうためです。

このような問題に対して、国境なき医師団やオックスファム(Oxfam)といったNGOは、新薬製造会社に対して薬価引き下げを要求し、途上国のコピー薬製造権を認めるようにWTOと交渉しました。その甲斐もあり、2003年のTRIPS理事会では途上国に限りジェネリック医薬品の製造と輸出が可能になりました。しかし、コピー薬製造の対象となる医薬品や、製造・輸出が可能な地域の制限を取り去るため、いまもNGOが製薬企業やWTOへの交渉活動などを行っています。有名なものとしては、国境なき医師団による「必須医薬品キャンペーン」(http://www.msf.or.jp/about/access_campaign/)があります。

トランプ氏は、米国の製薬企業に対し「殺人」という言葉を用いて厳しく非難していますが、これは決して大げさな表現ではないことが分かります。国際的な医療と生命の問題を考えるために、アメリカ政府の動向を引き続きチェックする必要があるでしょう。

※この記事は、生協総合研究所の助成による研究「消費者運動としての医薬品アクセス運動」(代表者:富永京子, 2011年-2013年)に基づき、2017年1月現在の情報を加筆したものです。

立命館大学産業社会学部准教授

1986年生まれ。社会運動論、国際社会学。著書に『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房、2016年)、『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版、2017年)、共著として『サミット・プロテスト』(新泉社)、『奇妙なナショナリズムの時代』(岩波書店)。社会運動を中心とした政治参加が、個人の生活とどのように関連しているかを中心に研究している。

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