Yahoo!ニュース

紅白歌合戦は、ネット世代とテレビ世代をつなぐ架け橋になれるか

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
日本デビュー1ヶ月半で紅白出場を果たしたIVE(出典:NHKインスタグラム)

2023年がはじまってもう一週間になろうとしていますが、昨年末に放送された紅白歌合戦をめぐって、さまざまな議論が続いています。

象徴的なのは、今回の紅白歌合戦が視聴率で歴代のワースト2に入ったことを元に批判を展開しているメディアの記事が少なくないことでしょう。

参考:紅白歌合戦は「付録の豪華さで買わせる雑誌」になった…視聴率ワースト2が問いかけるもの

ただ、実は業界関係者の視点から見ると、今回の紅白歌合戦はかなり健闘したという見方も少なくないようです。

どこでこの見方の違いが出ているのでしょうか?

地上波の視聴率では紅白の圧勝

一つ目のポイントは裏番組との視聴率の違いです。

今年の紅白歌合戦の視聴率がワースト2位だったのは事実ですが、一方で、民放各局による裏番組の視聴率は、トップの「ザワつく!」でも12.1%から11.2%と昨年を1%近く下回る結果となっています。

(出典:日刊スポーツ)
(出典:日刊スポーツ)

参考:紅白歌合戦と裏番組の視聴率推移 22年は35・3%、裏番組トップは「ザワつく!」11・2%

紅白歌合戦が、34.3%から35.3%と1%上昇したことを考えると、真逆の結果になっているわけです。

さらに、テレビを視聴している人たちの間で紅白歌合戦を見ていた比率である世帯占有率は58.9%と過去5年で断トツとなっていた模様。

参考:もはや『紅白歌合戦』に視聴率は望めない!~次の課題は数字ではなく高齢者と若者の分断解消~

つまり、紅白歌合戦は地上波のテレビ局の間の視聴率競争には去年以上の圧勝を収めていたことになります。

しかも、メディアコンサルタントの境さんの分析によると、今年は若い世代の視聴率は去年に比べても明確に上がっていたそうです。

参考:ワースト2と批判集中の紅白、実はまあまあ成功していた

一時期紅白歌合戦は、シニア世代向けの歌謡番組として先細りになるのではないかと批判されていたことを考えると、番組の方針転換は成功していると言えると思います。

地上波テレビの視聴率はこの1年急減している

では、なぜ紅白の視聴率が低いままなのかというと、ここ2年間における地上波テレビの視聴率の急減が影響しています。

実は、地上波テレビの視聴率はここ20年ぐらい緩やかに減少を続けていたのですが、コロナ禍に入ってから一時的に増加した後、この1年半は明らかな急減をしています。

(出典:Yahoo!ニュース 不破雷蔵氏作成)
(出典:Yahoo!ニュース 不破雷蔵氏作成)

参考:急な失速…主要テレビ局の複数年にわたる視聴率推移(2022年11月公開版)

2021年上期に39.9%あったものが、2022年上期に34.8%と5%以上の急減をしているわけですから、本来は紅白歌合戦も同様に5%程度ダウンしてもおかしくなかったと考えることも出来るわけです。

この急減の背景には、おそらくNetflixなどの動画ストリーミングサービスが日本でも普及し、NHK+やTVerのような見逃し視聴の手段も充実してきたことが影響してきていると考えられます。

そのような視聴者によるリアルタイム視聴の習慣が減っている中での、紅白歌合戦の視聴率アップは逆に快挙ということもできるわけです。

ネット世代のアーティストの架け橋に

さらにネット側の視点から見ると、逆に紅白歌合戦は音楽業界への影響力を増しているという見方もできます。

特に象徴的なのは、ここ数年紅白歌合戦が世代交代を進めた結果、幅広い視聴者に知られて活躍のステージを広げたアーティストが増えている点でしょう。

最も象徴的なのは、2018年に紅白に初出場した米津玄師さんでしょう。

米津玄師さんはもともとニコニコ動画を中心に活動をおこなっているいわゆるボカロPとしても有名ですが、2018年の「Lemon」の大ヒットを受けて、その年末の紅白歌合戦に出場。その人気を幅広い層に広げることになりました。

紅白歌合戦出場のインパクトの大きさは、Googleトレンドの検索数の推移のグラフで見ると一目瞭然です。

(出典:Googleトレンド「米津玄師」検索数推移)
(出典:Googleトレンド「米津玄師」検索数推移)

同様の紅白歌合戦で人気が加速するパターンは、2020年のYOASOBIの紅白歌合戦初出場でも発生しました。

Googleトレンドの検索数推移を見ると2020年末に大きなピークをつけているのが良く分かります。

(出典:Googleトレンド「YOASOBI」検索数推移)
(出典:Googleトレンド「YOASOBI」検索数推移)

YOASOBIは、米津玄師さんと同じボカロP出身のAyaseさんと、AyaseさんがInstagramで見いだしたikuraさんが結成したユニットで、YouTubeで楽曲を発表していましたので、典型的なネット発のアーティストと言えます。

また、昨年に続いて今年の紅白でも大きな話題になった藤井風さんも同様です。

(出典:Googleトレンド「藤井風」検索数推移)
(出典:Googleトレンド「藤井風」検索数推移)

藤井風さんも12歳の頃からピアノ演奏をYouTubeで公開するようになり、20歳になる頃にはデビュー前にもかかわらず既に多くのファンを増やしていたことで有名です。

今年はTikTokやSpotify経由で海外でも「死ぬのがいいわ」が大ヒットしたように、ネット発のアーティストの中でも最大の成功を収めている方と言えるでしょう。

実は、ネット世代に人気があるネット発のアーティストが、紅白歌合戦出場を経てテレビ世代にも認知を広げ、その人気を不動のものにするというサイクルはすでに数年前から確立されつつあるのです。

今回同じく紅白に初出場したBE:FIRSTを生み出したSKY-HIさんも、ご自身の経験から、紅白歌合戦に出場する意義を「世間の風向きが変わっていく」という言葉で表現されていました。

参考:SKY-HI BE:FIRST紅白歌合戦出場の意味とAAA時代に感じたこと

アーティストにとっては間違いなく紅白歌合戦は、唯一無二の特別な場所であるわけです。

世代によって音楽の嗜好が多様化する現在

そういう意味で、2022年の紅白歌合戦で初出場となったアーティストの活動が今後どう拡がるのかが、1つのポイントと言えます。

特に今年の論点として注目されるのは、様々な議論も呼ぶ結果になったK-POP枠拡大の中で選ばれたグループの動向でしょう。

今年はJO1、IVE、LE SSERAFIMと、K-POPの流れを汲むアーティストが3組も初めて紅白歌合戦に選出。

TWICEとNiziUもあわせて5組がK-POP枠と呼ばれる結果となりました。

(※JO1とNiziUは、K-POPプロダクションの日本支社から生まれたグループです。)

特にIVEは日本デビューからわずか1ヶ月半、LE SSERAFIMに至ってはまだ日本デビューをしておらず日本語の楽曲も未発表の段階で紅白歌合戦に選ばれたため、K-POPを知らない視聴者からは批判の声も上がることになりました。

ただ、実際には、ビルボードジャパンのチャート順位を振り返ると、今回選抜された初出場組のいずれもが、日本のチャートで高い結果を残しているグループだという分析結果が出ています。

参考:『NHK紅白歌合戦』初登場10組出演の妥当性、ビルボードジャパンのチャートがはっきり証明している件

これはビルボードジャパンが、従来のようなCDのセールスだけでなく、デジタルのダウンロード数やストリーミングサービスの再生数のランキングも重視している結果だそうで、テレビの地上波だけを普段見ている層からすると全く知らないアーティストが多数含まれていて当然とも言えるわけです。

Z世代の女性の間ではK-POPが普通に聴く音楽に

特に若い世代は、年配の世代よりもストリーミングサービスで音楽を繰り返し聞く時間が長いですから、若い世代に人気のアーティストが、ビルボードジャパンで順位が当然高くなることになります。

実は、音楽業界は、ストリーミングサービスの普及もあり世代や嗜好による多様化が非常に進んでいる業界です。

昭和の時代のように、国民の誰もが知っているアーティストが多数いるという時代ではなくなっているわけです。

その中でも特に象徴的なのは、若い世代におけるK-POP人気です。

Z世代のトレンドを調査している会社のレポートによると、Z世代の女性の間で人気のアーティストのトップ3がなんとK-POPという結果も出ています。

(出典:SHIBUYA109 lab.トレンド大賞2022)
(出典:SHIBUYA109 lab.トレンド大賞2022)

そのトップに輝いていたのが、今回紅白歌合戦初出場を果たしたIVEでした。

すでに若いネット世代の間では、K-POPのアーティストの音楽を日本デビュー前から韓国語の歌で聴いている人が多数増えているわけです。

IVEは日本でのデビュー自体は10月ですが、実際のデビューは2021年であり、新曲再生数は1ヶ月で1億を突破するという世界的な人気グループ。

Z世代からすれば、IVEのような世界的に人気のあるアーティストが紅白歌合戦に選ばれるのは当然という見方もできるわけです。

紅白は世代や国境を越えて音楽を共有する場になるか

実際に今回の紅白歌合戦出場を経て、JO1、IVE、LE SSERAFIMともに、日本でのGoogleの検索数は大きく跳ね上がる結果となっていました。

(出典:Googleトレンド 青「JO1」赤「IVE」黄「LE SSERAFIM」検索数推移)
(出典:Googleトレンド 青「JO1」赤「IVE」黄「LE SSERAFIM」検索数推移)

今回の紅白歌合戦を経て、ネット世代に人気のグループの多くが、テレビ世代にも認知される結果になったのは間違いないでしょう。

これらのアーティストが、米津玄師さんや藤井風さんのように活動の場を広げていくのかどうかが1つの注目点と言えます。

また、逆に今回の紅白歌合戦では、篠原涼子さんが28年ぶりに出場し、圧巻の歌唱力を披露し、篠原涼子さんを「女優」として認識していた若い世代が「歌手」としての原点を知るきっかけにもなるなど、テレビ世代のアーティストをネット世代に知ってもらう機会も提供されています。

参考:篠原涼子「なんで、私?」も28年ぶり紅白で見せつけた存在感…トップ女優の原曲キー熱唱に集まった賛辞

注目度も高い分、どんな取り組みを行っても批判が集まってしまいがちな紅白歌合戦ではあります。

ただ、紅白歌合戦は着実に、ネット世代とテレビ世代、そして演歌、ロック、J-POP、K-POPなど、世代や音楽のジャンルや国境も越えて、多様化する世界を年に1度音楽の力でつなぐお祭りとしての立ち位置を、確立しつつあるのかもしれません。

今回の紅白歌合戦では、他にも映画「ONE PIECE FILM RED」の登場人物である「ウタ」がアニメキャラとして初めて紅白歌合戦出場をはたすなど、様々な新しい取り組みが実施されていました。

今年の年末の紅白歌合戦が、どんな挑戦をしてくれるのか、今から1年間楽しみにしたいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

徳力基彦の最近の記事