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奈良教附属小,不適切指導問題:報道・学校による「代名詞の指導不足」という説明の意味不明さ

寺沢拓敬言語社会学者

一昨日,奈良教育大学附属小学校の「不適切」な教育課程が,フジサンケイ系のメディアで報道されました。

教員が校長に「非協力的」 毛筆でなく「筆ペン」、「君が代」歌わず 未履修が常態化 国立小学校で学習指導要領違反(FNNプライムオンライン) - Yahoo!ニュース

それを受けて,昨日,学校側が記者会見を行い,ウェブサイトにも謝罪文と報告書が掲載されました。

奈良教育大学附属小学校の教育課程に関する不適切事案のお詫び及び報告書について - 【新着情報】お知らせ

その是非はさておき,本当に意味不明な点が英語に関してです。

英語科・外国語活動についても「不適切さ」が指摘されていますが,この指摘の意味がわからなすぎて頭を抱えています。どういう意味なのか想像ができる方はいるでしょうか?

以下に詳しく書く通り,小学校英語を知っている人はみな首をかしげざるを得ない異常な理屈です。マスメディアの記者も,学校側の説明を右から左に流すのでなく,専門家に意見を求めるなどして情報選別の責任をきちんと果たしてもらいたいものです(ついでに言うと,上記の報道を行った記者たちには,学習指導要領の法的拘束力に対してかなりの誤解があるようです。その点も専門家のチェックをおすすめします)。

すでに報道では,「外国語では、代名詞など高学年で指導内容の,不足が確認された」などと報じられています。確かに奈良教が謝罪文と一緒にアップした報告書にも,代名詞(および過去形・動名詞)の指導が不足していたとあります。

英語に関する指導不足の内容。黄色のハイライト・文字は引用者による。
英語に関する指導不足の内容。黄色のハイライト・文字は引用者による。

この話は,謎だらけです。

第一に,代名詞を扱わずに英語の授業ができるのかという点が,まずもって謎です。

My name is xxx. とか,I'm Ken. Nice to see you. などを排除した斬新な授業が行われていたということでしょうか。

第二の謎が,小学校英語の文脈で,「代名詞の指導が不足」が何を意味するのか皆目見当がつかないことです。当該の学習指導要領の記述は以下ですが,どこにも「代名詞をきっちりやりましょう」などとは書いてありません。

現行の小学校学習指導要領。報告書で根拠として示された部分(筆者によるハイライト)の抜粋
現行の小学校学習指導要領。報告書で根拠として示された部分(筆者によるハイライト)の抜粋

小学校英語の理念や実践に詳しい人にとっては常識ですが,むしろ文法事項を教え込むようなことは,小学校外国語科では「非主流派」(=絶対駄目というほどではないが少なくとも非推奨)扱いされています。(この点は,中高大の英語と考え方が大いに異なる点なので,小学校では英語を勉強しなかった世代の方は要注意です)

ですから,代名詞の指導が「徹底」されているほうが学習指導要領の理念に反しているとも解釈できるわけです。

しかも,指導不足と指摘されているのは,代名詞にくわえて,過去形・動名詞だけです。この3点についての補習計画も発表されています。逆に言うと,その他の点については指導は足りていたということを意味しますが,これも気持ち悪い(笑)ほどの意味不明さです。

その理由は,学習指導要領の記述と見事に矛盾しているからです。上記画像の,上の方にある (ウ) を見て下さい。

引用します。

慣用表現のうち,excuse me, I see, I'm sorry, thank you , you're welcome などの活用頻度の高い基本的なもの

要するに,慣用表現も扱いましょうというガイドラインです。この点について「指導不足」という指摘がないということは,同小の慣用表現指導については問題ないという意味でしょう。

しかし,上記に例示されている慣用表現は,思いっきり代名詞を含んでいます。そもそも,代名詞を避けて慣用表現を使うのは大変な無理ゲーです。ちょっと英語に馴染んだことがある人なら容易に想像がつくと思いますが・・・。

こうした支離滅裂さの背景を個人的に邪推すると,次のようなシナリオが思いつきます。

同小学校のこれまでの教育実践全般にケチをつけたい人がいた。不適切指導は,特定の教科だけでなく全教科にわたっていたというストーリーにしたかった。そこで,英語についても強引な粗探しをした。しかし,残念なことに,その人には小学校英語に関する基本知識がなかった。その結果,「代名詞の指導が不足」などという支離滅裂な批判ポイントを見つけてきてしまった。こういうシナリオではないでしょうか。

外国語活動への論難も意味不明・・・

若干細かい話になりますが,小学校3-4年対象の「外国語活動」についても,支離滅裂と思われる指摘がついています。

学校の報告書によると,「話すこと(やりとり)」や「話すこと(発表)」の一部の指導が不足していたとあります。(画像参照)

奈良教附属小の報告書より。ハイライトは筆者。
奈良教附属小の報告書より。ハイライトは筆者。

これも明らかに,小学校英語関係者から見たら噴飯ものです。外国語活動でも何でもよいから粗探しをしてやろうという腹黒い意図を感じてしまいます(だとしても,もう少し賢い「粗探し」もあっただろうに,よりによってこれか…と思います)。

外国語活動の当該記述は下記のとおりですが,「話すこと」の指導はあくまで言語活動の例示としてあげられているものであり,杓子定規的に守らなければならないわけではありません。

また,「聞くこと」については特に指摘がされていないところを見ると,ちゃんとできていたということになるんでしょうか。聞くだけで話さないという言語活動もあまり一般的ではないと思います。

この点も,小学校英語に基本的な知識がない人が,無理して粗探しをした結果,このような支離滅裂な主張になってしまったという可能性が濃厚です。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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