先月の5月18日、文部科学省から昨年度の英語教育実施状況調査の結果が発表されました。

この調査は文字通り、小中高校の英語教育の実施状況を調べたものですが、3年前にも以下の記事で指摘したとおり、非常に大きな問題がある調査です。

問題点

問題点の要点は以下のとおり(詳細は上記の記事を参照)

  • すべての数値が教職員の主観的報告である。
  • 一見すると客観的数値の「英検○○級を取得した生徒数」ですら、主観的報告である。つまり、実態は「○○級を取得した "と教職員が考えた" 生徒数」である。
  • 自治体ランキングを誘発しがちな全数調査で、この手の主観的報告を許容すると、忖度が入り込んで数値がどんど歪んでいく

残念ながら、メディア報道には、こうした問題点を理解していない記事が散見されます。

調査から客観的な数値が明らかになったような書きぶりです。これは、文科省の発表を、批判的に吟味せず、右から左に流してしまったせいでしょう。

自治体の努力のおかげ?

このランキングで上位のさいたま市について、「成功の秘訣」を尋ねている記事もあります。

取材に対し、担当者は「さいたま市は、これこれこういう施策で英語教育に力を入れています」といった答え方をしています。しかし、行政関係者は、そう聞かれればそう答えるしかないわけで、あまり意味のある取材ではないでしょう。

というのも、一般論として、現在、英語教育に力を入れていない自治体は皆無だからです。どこも「それなり」に頑張って、「それなり」に独自の施策を取り入れています。(さいたま市が、他自治体と比べて際立って先進的だという話は、正直な所、聞いたことがありません)

以上を踏まえると、メディア報道に期待したいことは、各自治体の取り組みを尋ねあるいて「お国自慢」を引き出すことではなく、どうしてこんなに高い統計数値が得られたのかを総合的・批判的に報じることです。

たとえば、さいたま市の中3の英語力指標(86.3%)は、多くの都道府県・政令市が5割周辺であることを考慮すると、信じられないくらい高く見えます。

一般的に、都道府県・政令市レベルでは、数値に巨大な開きは出にくいものです。というのも、生徒数の分母が大きいので、特定の学校や学区の間に大きな格差があったとしても全県レベル・全市レベルでは均等にならされる傾向があるからです。もちろん、さいたま市独自の努力はあるのかもしれませんが、それだけで平均より40ポイントも高くなることを説明するのはなかなか難しいように思います。マスメディアには、こうした「好成績」が実際にどういう過程で生み出されてきたのか、その「秘訣」こそ報じてほしいと思います。

データから見る

実際のデータを経年的に見てみましょう。自治体の個々のスコアではなく、全体的な分布を見ると、自治体の努力――教育的努力ではなく、統計操作的努力――が垣間見られます。過去の年度のデータを整理して、「興味深い」知見をいくつか紹介します。(ちなみに2020年度はコロナ禍のため調査が実施されていない点にご注意を)

上述の3年前の記事で、英検等合格率がほとんどの県で美しいほど5割になっている「合格率5割の法則」を書きました。19年度・21年度でも、そうした美しい法則は維持されています。

2018年度合格率(英語教育実施状況調査、中3の結果)。文科省公表のデータをもとに筆者作成
2018年度合格率(英語教育実施状況調査、中3の結果)。文科省公表のデータをもとに筆者作成

2021年度合格率(英語教育実施状況調査、中3の結果)。文科省公表のデータをもとに筆者作成
2021年度合格率(英語教育実施状況調査、中3の結果)。文科省公表のデータをもとに筆者作成

多くの自治体が5割(正確には「5割強」)の線上に並んでいる一方、21年度調査の結果では、直線からかなり外れた図の右上に、福井県とさいたま市があることがわかります。両自治体とも8割以上の高い合格率を叩き出していることに驚かされます。

具体的には、さいたま市は、全生徒に占める受験者の割合(A) が96%。同合格者の割合 (B) が82%です。したがって、受験者に占める合格者の割合(B/A)が85%となります。福井県も同様に 受験者の割合 (A) が 94%、合格者が84%で、合格率(B/A)は 89%です。(そもそも生徒人口の9割以上が受験している[ことになっている]ことが驚きです)

合格率の急上昇

時系列的にも、急激に合格率が上昇している自治体がいくつか見つかります。以下の図を見てください。各年度の合格率を整理した図です。隣り合う年度で10%以上合格率が変動した自治体のみを抜粋しています。

各年度の合格率(大きな変化が見られた自治体のみ抜粋)。文科省公表のデータをもとに筆者作成
各年度の合格率(大きな変化が見られた自治体のみ抜粋)。文科省公表のデータをもとに筆者作成

この図からは、いくつかの自治体の涙ぐましい「努力」が(教育努力なのか統計操作努力なのかは不明ですが)垣間見られます。

とりわけ、大阪市・岡山市・福井県の「大躍進」がすさまじい。ふつうに考えて、合格率が1-2年で数割も変化(多くは向上)するのは、教育努力だけで説明できるでしょうか。

一方、上記の図では、変動が10%未満だった自治体は省略しています(67自治体中50自治体が該当します)。この事実は、全国的に見れば大きな変動が報告されなかったことを意味しています。この点を踏まえるなら、上記の数割近い大躍進の異色さは、いっそう際立つと言えるでしょう。

変動の小さい自治体のなかで注目に値するのは、ずっと「潔い」数値を報告する熊本市です(1個目・2個目の図でも右下に位置しています)。マスメディアは、上位の自治体や「大躍進」をとげた自治体だけではなく、熊本市のような「安定感」のある自治体も含めて総合的に報道すべきではないでしょうか。

「躍進」した自治体だけをもてはやし、「低調」な自治体を叱咤激励などしたりすれば、調査を重ねるごとに、数値がどんどんインフレしかねません。

調査のそもそも論

調査は、現実を正確に把握するため「だけ」に行うべきものです。

一石二鳥よろしく、「教員に統計をとらせることで意識向上につなげよう」とか「ランキングにして自治体を競わせよう」とか副次的な目的を含めることはタブーとされています。なぜなら、その結果、主たる目的である正確性が毀損され、結局、「一石無鳥」になってしまうからです。

こうした失敗は、世界中で見られるものですが、とりわけ2000年代米国での例が有名です。ベストセラーの『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(ジェリー・Z・ミュラー著)から引用します。

「テストの重視は、ほかの機能不全にもつながる。「上澄みすくい」もそのひとつだ。テキサスとフロリダで学校を調査した結果、学力の低い生徒を「障害者」として再分類し、評価対象から排除して成績の平均を引き上げていることがわかった。あるいは、教師が生徒の解答に手を加えたり、点数が低そうな生徒の答案用紙を捨ててしまったりといった、不正そのものの行為までおこなわれていた。これらはアトランタ、シカゴ、クリーヴランド、ダラス、ヒューストン、ワシントンDCを含むいくつもの都市で実際に見られた事例だ。ほかにも、市長や州知事がテストの難易度を引き下げたり合格ラインを引き下げたりしてゴールの位置を変え、合格率を上げて教育改革が成功したように見せかけるという事例もあった。」(『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』ジェリー・Z・ミュラー著, 松本裕訳)

データ

筆者のGithub に18年度・19年度・21年度の中3のデータをアップしました。文科省ウェブサイトに公開されているデータを整形しただけですので新規性はありません(ただ、21年度データは文科省によってPDFがロックされていたのでいろいろ難儀しましたので、整形の手間は省けるという点でお役に立てるかもしれません)。

https://github.com/terasawat/MEXT_ELTsurvey

こちらのデータはご自由にお使いください。ロジカルチェックは何通りもしていまして、おそらく転記ミスはないと思いますが、数値レベルでのクロスチェックはしていませんので、ご利用は自己責任でお願いいたします。