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朝ドラ「カムカムエヴリバディ」の時代における英語ブームの実際

寺沢拓敬言語社会学者
(提供:ankomando/イメージマート)

11月からNHK朝ドラで、ラジオ英語講座をテーマにした「カムカムエヴリバディ」が始まります。ドラマの揚げ足をとったと思われるのは本意ではないので、放送開始前に私の専門分野からいくつか書いておきたいと思います。とくに、カムカム英語放送時期(戦後初期、1946-1951)の英語熱について記します。

なお、これを読んでもドラマを深く楽しめるようにはならないと思いますのであしからず(あらすじを見る限り、タイトルに反し、「カムカム英語」の放送期間は扱われていないようです)。

戦後の英語ブーム

終戦(1945年)の直後に英語ブームが起きたことは有名です。戦後ベストセラーの第一号は、同年9月に発売された『日米會話手帳』という英会話フレーズ集でした。朝ドラのタイトルにある通称「カムカムエブリバディ(カムカム英語)」という番組も、翌1946年2月にNHKラジオで始まりました。

余談ですが、『日米會話手帳』を、所蔵している先生に見せてもらったことがあります。しかし、驚くほど粗末な作りでした。サイズ感は「お薬手帳」がちょうどイメージに合っていると思います。ただし、ザラザラの紙を16枚貼り付けただけのチープな仕上がり。こんな本でも3ヶ月で360万部も売れたと言われるので、そのブームの凄まじさがわかります。(ただし、この部数は、出版社の社長による後年の回顧(ある種の武勇伝)を根拠にしており、正直言うと、私はこの部数を信じていません)。

終戦直後の英語ブームは、概して2つの意味付けをされるようです。

第一に、占領軍である米軍相手に必要になるかも知れないという、いわば「ビジネスチャンス」幻想。付け焼き刃の英語学習でなんとかなったとは思えませんが、現代でも怪しい「儲かる情報商材」がよく売れているのと少し似ていますね。

第二に、暗い戦争時代から「民主的な新時代」へ転換するうえでのシンボル。戦時中は敵国言語として忌み嫌われていた英語は、戦後、民主主義を象徴する言語に変身します。朝ドラの基調は、おそらくこちらではないかなと思います。

ブームは象徴的ではあるが限定的

したがって、英語ブームは戦後を象徴する重要な、ある種の「国民的現象」として記憶されています。今回、朝ドラという「国民的」番組に採用されたのもうなづけます。

戦後の英語ブームを論じる人は、この「国民的現象」という側面を強調します。対照的に、実は、日本社会の一部の層に限定されていた現象であることはあまり知られていません。

もっとも、「象徴的・国民的な現象」であることと、たとえば人口の数%しか関与しなかった現象であることは、必ずしも矛盾するわけではありません。以下は、英語ブームの背景の多様性に関する議論としてお読みください。

戦前は英語は必修科目ではなかった

重要な背景として、以下、2点記しておきます。

第一に、戦前は学校で英語を学んだことがある人は少数派でした。戦後も中学校で英語が必修科目のように扱われるのは1950年代半ば以降です。

以下の図は、戦前における英語履修者数・未履修者数の推計値です(江利川春雄著『近代日本の英語科教育史』、東信堂、2006)。ここからわかるとおり、英語を学ばずに学校を終える人のほうが多数派だったのです(さらに、この推計には、尋常小学校/国民小学校が最終学歴の未履修者は含まれていません)。

もちろん、英語を学校で学んだ経験がないからこそ、終戦をきっかけに一念発起学び始めようと思い立った人も少なくはないでしょう。しかし、一般的に言うならば、もともと学習経験がない人が学び始めるのは(すでに素養がある人が「学び直し」をするのに比べて)ハードルが高かったことは間違いないと思います。

教育観の地域差・社会階層差

第二に、英語に対する態度には大きな地域差・階層差がありました。それは、教育に対する態度や、もっと大きく「文化的なもの」に対する態度の差を反映したものでした。

終戦直後に長野県北部の山村に英語教員として赴任した禰津義範は、その著書『英語カリキュラム』(開隆堂、1950)の中で、農山村ではいかに英語が軽視されているか記しています。たとえば、

殊に農山村の地域に於ては、自然のままでは英語に対する要求は全くなく、否むしろ封建的なこの社会では、英語を危険視し、「英語は人間を堕落せしめるものである」という誤った観念さえ持っている(p. 1)

家庭は英語教育に対しては全く無理解であり、封建制の強い地域社会に於ては、英語に対して常に杞憂の念をいだき、英語学習のブレーキとなっている(p. 5)

[PTAやその他地域の人々のなかには]「英語などどうでもよいのだ」「英語が出来なくとも他の教科が出来ればよい」「英語が出来てもえらくはない」等は未だ黙認し得るとしても、「英語の出来る者は不良の奴だ」等の甚しく誤った認識をもっているものが農山村等の地域社会には多いのである。(pp. 47-8)

「英語は人間を堕落させる」とか「英語は不良のやるもの」などと言われて、禰津氏はかなりストレスがたまっていたことを行間から勝手に読み取ってしまいますが、いずれにせよ、「カムカム?なにそれ?」「英語ブームってどこの国の話?」といった風情です。

なお、以上のような教育観の差とはずれますが、米軍接触度の差という意味での地域格差も重要でした。抽象的なレベルでは民主社会のお手本であるアメリカですが、基地の周辺住民にとっては同時に占領者でもありました。実際、特定の地域では、米軍の反感がうずまいていました(吉見俊哉著『親米と反米』(岩波新書、2007)、小熊英二著『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社、2002))。それが、英語への反感として表出することもあったようですし、少なくとも、脳天気な「英語礼賛」にはつながらなかったことは想像に難くありません。

以上のことから、戦後初期の英語ブームは、文化意識が高く基地が生活圏内にない、どちらかといえば都市部中心のブームだと言えると思います。(ちなみに、都市化が進んだ現代と異なり、1947年国勢調査によると、当時の都市居住者は全人口の33%でした)。

さいごに

以上、いくつか戦後英語ブームの背景(とくに多様性)についていくつか書いてきました。最初に書いたとおり、上記の時代は、朝ドラではおそらく扱われないようですので、素直にドラマを楽しみたい方は忘れてもらってもかまいません。一方、少し斜に構えて視聴したい人は、主人公たちが出会う「英語ブーム」の裏には、ブームに乗り切れなかった人々が必ず存在したという示唆として読んで頂くのもよいかと思います。

なお、この記事の話の詳細は、拙著『「なんで英語やるの?」の戦後史:《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程』という本(研究社、2014)に書いてあります。

最後、宣伝みたいになってしまってすみません。朝ドラ、楽しみですね。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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