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小学校英語教育論ブックガイド

寺沢拓敬言語社会学者

 本日、拙著『小学校英語のジレンマ』という岩波新書が発売された。

 草稿を調子に乗って書きすぎてしまった。そのせいでページがかつかつで、削りに削って256頁におさえた(草稿段階で約16万字 → 最終的に約11万字)。その結果、あとがきや謝辞のページが用意できなかった(謝辞をお贈りするべき皆様、どうもすみません。心のなかで祈ります)。

 昨年10月頃の予定では、あとがきに小学校英語論に関する必読書をリストした「ちょっと長いあとがき(ブックガイド付き)」みたいなものを載せる予定だったのだけれど、それもできなくなってしまった。そこで、代わりにこちらに転載したい。

 なお、以下は、小学校英語「教育」論のブックガイドである。指導法や学習法、教材論のブックガイドではない。念のため。

はじめに

 『小学校英語のジレンマ』(以下、本書)でも指摘したとおり、小学校英語教育研究は発展途上の領域であり、教科書・概説書の類であっても信頼がおけない場合が少なくないため、初学者にはおすすめしない。特に2000年以前のものは間違いも多い(例、臨界期に関する誤解、エビデンスの間違った解釈、導入経緯に関する勇み足の解説)。とくに分担執筆になっているものは(たいていは編者のコントロールが効きにくいので)注意したほうがよいだろう。

 この手の文献は、「以前はこんなことが言われてたんですね」と、ある種の学説史として読むならまだ意味があるが、「小学校英語論を学ぶ」という目的にとってはなかなか危うい。そもそも、この十数年で制度は大きく変わっているので、古い文献で入門する意味はあまりないだろう。

 以下、古い文献は割愛し、かつ、筆者が信頼がおけると考えるもののみを紹介する。

概論

 まず概説的なもの。

  • 江利川春雄『日本の外国語教育政策史』ひつじ書房
  • 松川禮子『明日の小学校英語教育を拓く』アプリコット
  • 鳥飼玖美子『子どもの英語にどう向き合うか』NHK出版新書

1冊目: 政策の流れを押さえる上では最重要文献。2冊目: やや古いが(2003年刊)、記述は分析的かつ正確なのでいまでも読む価値が高い(この業界の「教科書」には、文科省の文書を右から左に流しただけの「非」分析的な本が多すぎる!)。3冊目:基本的なことが語りかけるような口調で書いてあり、わかりやすい。

言語習得

 本書では幼少期(第二)言語習得の話は大きく割愛した。以下の2冊が良書なので参照されたい。

  • バトラー後藤裕子『英語学習は早いほど良いのか』岩波新書
  • 針生悦子『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』中公新書ラクレ

実証研究

 第二言語習得(SLA)や英語教育研究において頻繁におこなわれる小規模な実験研究ではなく、小学校英語プログラムそのものの効果を検証することの重要性は、本書でも何度も強調した(とくに7章は丸々この論点にあてている)。この点の「入門書」と呼べるものは残念ながらなく、また、和書もない。もはや専門書だが、重要な先行研究として2冊紹介したい。

  • Munoz, Carmen. 2006. Age and the Rate of Foreign Language Learning. Multilingual Matters.
  • Simone E. Pfenninger & David Singleton. 2017. Beyond Age Effects in Instructional L2 Learning: Revisiting the Age Factor. Multilingual Matters.

 1冊目はバルセロナの、2冊めはスイスの小学校が対象ということで、いずれも非英語圏での研究。学界でも大きな評価を得て多くの研究者から引用が繰り返されている超重要文献である。しかしながら、本書7章で指摘した外的妥当性(代表性)という条件を、実はどちらもクリアしていない。このような国際的評価の高い研究ですら、特定の小学校卒業者に焦点化せざるを得なかった(調査デザインとして母集団を明示的に設定できなかった)ということである。よいエビデンスを得るためには調査メソッドのある種の「イノベーション」が必要であることを物語っているように思う。

国際比較

 本書が取り扱えなかった論点として国際比較がある。実は、「○○という国の小学校ではこんなかんじに英語を教えてます、日本も学びましょう」という調べ学習のような著作はけっこうある。しかし、比較教育学や地域研究の専門家が書いているわけではなく、英語教師授業参観記みたいなものも多く、分析的に書かれているものはあまり多くない。言葉の正確な意味で「他国から学ぶ」のであれば、説明モデルに基づいて他国の事例を分析し、日本への適用可能性を議論しなければならない。そういう観点でおすすめできるものとして、以下の3冊をあげたい。

1冊目: 幼少期英語教育の専門家による世界各国の事例研究。きちんと分析枠組みを明示している(研究書として当たり前だが)ので安心して読める。その点でいうと入門書としては少し荷が重いか。日本は事例としてピックアップしてもらえなかったのも惜しいところ。2冊目: 少し古いが、頻繁に比較される東アジアに焦点化している点が有用。3冊目:ブリティッシュ・カウンシルによる約60カ国の文教政策関係者へのアンケート調査。

論争

 論争もの。とくに以下のシンポジウムものは、読み物として間違いなくおもしろいが、へんてこな主張もあって、いわゆる「勉強のために読む」というのには向かないかもしれない。とはいえ、玉石混交だと警戒しながら読むことも重要なトレーニングだと思う。厳密な意味での論争は、1冊目のもののみ。2冊目はほぼ反対派のみ。3冊目は賛否に限定されないより包括的な切り口。

  • 大津由紀雄編著『小学校での英語教育は必要か』慶応大学出版会
  • 同編著『小学校での英語教育は必要ない!』慶応大学出版会
  • 同編著『日本の英語教育に必要なこと―小学校英語と英語教育政策』慶応大学出版会

その他の領域

 小学校英語を直接扱っているわけではないが、本書の分析枠組みとして大いに参考にした教育行政学・教育社会学・その他社会科学の本を紹介する。いずれも名著であり、かつ、一般性も高い(入門書かどうかはわからないが「教養書」であることは間違いない)。

  • 小川正人『教育改革のゆくえ』ちくま新書
  • 中澤渉『なぜ日本の公教育費は少ないのか』勁草書房
  • 中澤渉『日本の公教育』中公新書
  • マンフレッド・B・スティーガー『新版 グローバリゼーション』 (〈1冊でわかる〉シリーズ)岩波書店
  • 広田照幸『ヒューマニティーズ 教育学』岩波書店
  • 苅谷剛彦・増田ユリヤ『欲ばり過ぎるニッポンの教育』講談社現代新書
言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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