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児童英語指導者とはいったい誰なのか?―「小学校英語『外部人材』の指導実態」レポートについて

寺沢拓敬言語社会学者

先日、語学教材などを扱う株式会社アルクより、小学校英語の民間指導者に関する実態調査レポートが発表されていた。今日は、この調査について(批判的に)解説したい。

同調査について以下のプレスリリースが簡潔にまとめている。

小学校での英語教科化を前に、小学校で英語を教える資格を持つ人の指導実態を調査-『アルク英語教育実態レポートVol.12』3月14日発表|株式会社アルクのプレスリリース

また、レポートの本文は以下にある。

https://www.alc.co.jp/company/report/pdf/alc_report_20190314.pdf

調査の概要

小学校英語は、現在も今後も、基本的に学級担任の主導で行うことが決まっている。つまり、英語専科教員を立てずに、国語・算数や道徳等の他の教科と同様に学級担任が指導する形態である。

ただし、現状の小学校教員の多くが、英語指導の訓練を受けた経験が乏しい。最近まで指導義務がなかったのだから当然である(一方、国語や算数のような「伝統的な教科」の指導法については当然ながら教職課程で学んでいる)。

小学校教員のこうした苦境を助けるために、民間指導者、いわゆる「外部人材」が教室に入ることも多く、この調査は、この外部人材に関する実態調査レポートである。

小学校英語・児童英語指導者を輩出する団体にはいろいろなものがあるが、そのうち最大規模のものがJ-SHINEという団体(正式名称 NPO 小学校英語指導者認定協議会)である。本調査は、そのJ-SHINEの認定資格を取得した有資格者を対象にした実態調査である。

調査の格付け

調査の格付け(◎○△×で評価)

アルク「小学校で英語を教える『外部人材』の指導実態調査」(2018年8月)

  • 代表性:×
  • 調査バイアスへの考慮:×
  • 設問の明確さ:

調査の意義や調査結果の解釈に関する格付けは、大部分が主観的にならざるを得ないので、ここでは客観的に評価しやすい調査設計3点にのみ絞って検討したい。

調査手法を見ると、J-SHINEの発行するメールマガジンに、アンケートフォームのURLを貼り付けて回答を募集したようだ。ということは、回答者は特定の層にあらかじめ限定されていることがわかる。メールマガジンを解約していない人で、かつ、届いたらきちんと中身を読んでアンケートに答えるだけの時間的・精神的余裕がある人のみというわけだ。

個々の格付けについて。まず代表性(どれだけ結果を一般化できるか)はほぼゼロで、また、調査バイアスへの考慮(低回収率や回答者脱落を予防する対策があるか)も乏しい。

問題点は2つ。第一が、J-SHINE有資格者自体が「外部人材」全体のどのような層なのかわからない点。そして、第二が、そのJ-SHINE有資格者という母集団から回答者がランダムに選ばれているわけではない点である。

第一の問題点はともかく、第二の点をクリアするのはそれほど難しくはないはずなので、せめてこちらさえ考慮されていれば「代表性:△」と評価できたかもしれず残念である。

一方で、設問の明確性は高い。調査の目的はごくシンプルであり(外部指導者の基本的プロフィール、指導状況を問う)、その点が幸いして、曖昧な設問はない。

この手の調査から知見を得るのは困難

まとめると、調査内容は明確だが、「外部人材の実態」というには代表性が低く、民間認定資格の有資格者に限ったとしてもその中のどういった層を相手にした調査なのか不明確である。

どういった人々を調査しているかよくわからない以上、この調査から何らかの知見を得るのは、高度な職人芸が要求される。たとえば、「メールマガジンをよく読んでいて、添付のアンケートにも協力してくれるJ-SHINE有資格者」について具体的かつ確固たるイメージを持っている人であれば、個々の調査結果について「この数値はいくらなんでも多すぎる/少なすぎる」というように「脳内補正」ができるかもしれない。

逆に言えば、そのようなイメージを持たない人にとって、「よくわからない集団についてよくわからないセレクションで調査した結果」としか評価できない。そういう意味で「職人芸」と評したわけである。もっと素直に表現すれば、そもそもこの調査から実態を読み取るのは無理筋である。

たしかに、「回答者(有資格者)の8割が何らかの形態で英語を教えている」「有資格者の6割以上が3年間以上小学校で教えている」など一見すると興味深い知見も示されているが、そもそも調査設計に深刻な問題がある以上、そのような知見をあえて読みとるのは勇み足である。もし学者・研究者であれば「この調査では何も言えない」といったように沈黙すべき案件であり、どんな留保をつけようと "建設的な" 解釈をするのは慎むべきもののように思う。

英語教育関係の調査の格付け

ちなみに、今回、実験的に調査の格付けを行った。今後も行っていこうと思う。

というのも、以前の記事(英語教育調査は「ゴミ」だらけ、補遺(具体的な調査について))でも指摘したとおり、英語教育関係の調査は本当に玉石混交で、まったく役に立たない調査(実態調査・意識調査など名称は様々)が日々量産されている。しかも、大学の研究者ですらこうした問題ある調査を無批判で引用することもある。

この状況を少しでも改善するために、英語教育関連の調査(のうち影響力の高そうなもの)が発表されたら、できるだけ格付けを示していきたいと思う。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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