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2020年に「英語革命」が起きるらしい(ただし、安河内哲也氏によれば)

寺沢拓敬言語社会学者

新刊安河内哲也著『全解説 英語革命 2020』(文藝春秋社)を読んだ。

内容は、書名が示すとおり、2020年に英語革命なるものが起きるという話である。もう少し具体的に言うと、2020年度入試から大学入試の英語が変わるので、それをきっかけに日本の英語教育が大幅に改善するという話である。「2020年、スーパー翻訳機が発明されて英語があらゆる言語に翻訳されるようになる」とか「英語の3単現の-s はマジで面倒くさいので省略してもOKになる」とかそういう革命ではない。

なぜ英語教育が良くなる?

「入試制度改革→英語教育改善」という理屈が、一般の人にはわかりづらいと思うので、安河内氏の著書に基づいて読み解いてみる。以下、便宜的に番号をつけた。

  1. 【現状認識a】現在、多くの大学で、英語の入試は「読む」技能しか測っていない。
  2. 【現状認識b】また、現行のセンター試験も、「聴く」の試験はあるものの、「話す」「書く」はないのは同様である。
  3. 【現状認識c】読む・聴くという2つの技能しか測定しないと、高校教育現場で「話す」「書く」の練習をしなくなる。弊害が大きい。
  4. 【主張】大学入試で、書く・話すの能力も測定するべきだ。
  5. 【解決策】解決策として、「書く」「話す」の試験を既に実施している民間業者の試験を、センター試験に置き換えることを提案する。
  6. すると、英語教育に革命が起きる!

革命をうたうわりに、1-3番の現状認識も4番の主張もいたって凡庸である。大学入試に多少なりとも馴染みがある人であれば、一度は聞いたことのある話だろう。

その意味で、真に革命的なのは5番の解決策の提案だろう。しかし、ここの理屈は、なんとなくわかるようでわからない。「書く」「話す」の民間試験を利用すると英語教育に革命が訪れるというのはつまり、「民間試験導入 → 革命」という話だが、ここの矢印の部分の細かいメカニズムがよくわからない。一体、どういうことなのか。

波及効果 がキーワード

実は、このメカニズムについて安河内氏は驚くほど何も述べていない。唯一、メカニズムらしいことに言及しているのは、氏が「波及効果」に触れている部分である。

波及効果は、「ウォッシュバックエフェクト (washback effect)」とも呼ばれ、テスト研究でしばしば使われる専門用語である。

ただ、専門用語と言っても、実はたいして難しい話ではない。テストが受験者や教育現場、あるいは社会全体にもたらす様々な影響のことである。

そもそもテストの第一義的な目的は受験者の能力を測定することである。したがって、そのテストを媒介にして他者に影響力を及ぼすことは本来の目的ではない。ただし、テストは真空の中で実施されるわけではないので、否が応でも何らかの社会的影響を引き起こしてしまう。「影響は避けられないのだし、それなら逆に積極的に認めていくべきだ。いっそネガティブな影響を抑えて、ポジティブな影響を伸ばすことを考えましょう」――波及効果論とは要するにこういう考え方である。

安河内氏はこの波及効果(ウォッシュバック)がお気に入りらしく、本書で何度も使っている(少なくとも6回、それぞれ異なる節)。

ただ、波及効果とは何かまったく説明していないので「魔法の呪文」の感はある。しかも、具体的にどのような道筋で波及していくのかまったく説明していない。まさか「センター入試を民間試験に置き換えたら、英語ができる日本人がみるみる増えだす!」などという摩訶不思議な幻想を抱いているわけではないだろうが、そう思われても仕方ないくらい短絡的に見える書き方はしている。

図解!英語革命

というわけで、安河内氏(および民間試験導入推進派)が想定しているであろう波及の道筋について、余計なお世話感が満載だが私が図解してみたいと思う。

以下がその図である。

画像

まず、右端の目的から。「四技能入試・外部試験導入」推進派の究極的な目的が、日本の英語教育の改善であることは疑いない――少なくとも建て前のレベルでは。もっと直接的に表現すれば、英語ができる日本人の増加である(その意味でナショナリスティックな議論である)。つまり、推進側には「外部試験導入 → 英語ができる日本人増加」という因果モデルがある。実際、安河内氏の本でも、テストに関するミクロの話だけでなく、日本の英語教育のより良い未来といったマクロの話が何度も論じられている。

上の図が示しているのは、外部試験導入と英語教育改善の間には非常に多くの因果連鎖があること、そして、各因果関係の妥当性は必ずしも自明ではないことである。

たとえば、X社の民間試験の採用が、高校教員(特に受験指導にあたる教員)の四技能指導の増加につながるかについては、何らエビデンスがない(図中Aの因果)。

この「机上の論理」にもっともらしさを感じる人もいるかもしれないが、現実には、政策に意図せざる結果はつきものである。政策をとりまく種々の要因によって、期待された効果が発揮されないケースや、深刻な副作用が生じてしまうケースは枚挙にいとまがない。これは社会科学において常識の部類である。一例としては、ハブ駆除の「救世主」として移植されたマングースとか、お迎え時刻に遅れてくる保護者に頭を悩ませた保育園が「切り札」として導入した遅刻罰金制度とか。

英語入試改革で、「意図せざる結果」を引き起こす要因はなんだろうか。すぐ思いつくのは、日本の学校の巨大なクラスサイズ(生徒人数)である。「話す」がきめ細かく指導できるのはクラスサイズがある程度抑えられている場合である。生徒数が多くなった場合、試験されるとわかっていても、話す能力を伸ばして試験に備えるというよりは、試験に出題されることをひたすら覚えさせるという形式になるかもしれない(実際、韓国の英語予備校では、数百人の受講生を前に講師が模範解答の暗記・再生を要求する「TOEICスピーキング」対策講座が行われている)。もっともこの可能性も机上の論理である。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。結局、現時点では何もデータがないのだ。本来データを出すべきなのは改革推進派だが、誰もデータを示さずに机上の論理で改革を進めている。

また、波及効果の論理は、受験指導を担当しない教員にも四技能指導が「伝播」することを暗に想定している(図中B)。その結果、日本の英語教育全体の改善がもたらされるという主張であり、いわば「四技能指導のトリクルダウン」である。しかしながら、介在する因果連鎖があまりにも多く、「風が吹けば桶屋が儲かる」といった机上の空論という印象が強い。

たしかに、安河内氏をはじめとした外部試験導入推進論者は、「波及効果」のようなテスト研究の用語を使っており、一見、学術的な議論に思われるかもしれない。しかし、政策の道筋を考えた場合、きわめて粗い議論であり、学術的な根拠はないに等しい。

杜撰な「革命」

かなり杜撰な理屈で革命を予言していることがよくわかったと思う。ただ、まあ、この意味では革命らしいと言えなくもない。これまでの多くの革命(革命未遂を含む)は、合理的計算のうえで用意周到に始められたわけではないわけで。

個人的には、スピード感が大事などと言って杜撰な「革命」をはじめて、その結果甚大な災厄を被る「革命主義」は勘弁してほしい。じっくりと議論を重ねて今ある制度を徐々に良いものに代えていく「改良主義」のほうがずっとマシに思える。

問題の根深さがわかるブックガイド

この問題はじつはかなり根が深い。杜撰な「革命」論者が、杜撰さゆえに黙殺されているのであれば何も問題ない。しかし、現実はその逆である。文科省によって杜撰な入試制度改革が杜撰な理屈で進められているからである。ついでに言うと、安河内氏も文科省の関係審議会の委員を務めており、政策の水路付けを行う有識者のひとりである。

この政策について詳しくは以下の文献を参照してほしい。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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