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地雷本を回避するには?(文献の探し方 Tips)

寺沢拓敬言語社会学者

卒論を書くゼミ生に先行研究を探させていて、その関係で文献指導をする機会がありました。学生は、初めはなかなか「斬新」な本――要するに、入門書としてはお薦めしないクセの強い文献――を選んできます。これは初学者なので無理もないことですが、私が驚いたのは、自分自身が「なぜそれが斬新な選書なのか」を説明するのにけっこう頭をひねったことです。

なお、その本が「斬新」であることは前提です。私以外にも多くの研究者が直感的に「クセが強い」と感じる本だと思ってください。研究者はみな無意識的にその手の本を避けられるけれど、そう言えばなぜ避けるべきなのかは、いまいち言語化されていない。なんとなく「これは地雷だろう・・・」とわかる文献です。

当然ながら、「地雷かそうじゃないか」という感覚は多くの文献を読んでいく中で徐々に身についていくものなので、初学者がその違いがわからなくても無理はありません。

しかし、どうやったら地雷を回避できるかは、知識を持っているだけで、かなり役立つ場面もあるように思います。しかも、これは、卒論ばかりか、日常生活や仕事における情報収集のための文献探索全般に関わってくるでしょう。今回の記事では、いかに地雷を回避するか、その方法に関するTipsを示してみようと思います。

もっとも、「文献の探し方」という話はそれこそ大学図書館の十八番でしょうが「こういう文献は使えない」「これは一見良さげに見えて実は地雷」みたいなネガティブなTips は、ライブラリアンには言いづらい。著者攻撃・作品攻撃にならない程度には抽象化された「べからず集」があったら便利だなあと、学生の斬新な選書を見ていて思いました。なので、「CiNii Books を使うと良い」とか、「コンピュータで検索する前に初学者は本棚で背表紙をざあっと見渡したほうがいい」とか、そういう一般的/普遍的なTipsではなく、もっと場当たり的(だからこそ、ハマればけっこう役立つ)なTipsを想定しています。

なお、これはあくまで私の専門分野(応用言語学・教育社会学)に特徴的に見られる「地雷傾向」だということをお断りしておきます。

博論本は避ける

大学の図書館に置いてある本には、博士論文を出版化したものがある。中にはほとんどそのままのものも。初学者にはなかなかハードルが高いので注意したほうが良い。博論本かどうかは、「はじめに」「謝辞」「あとがき」辺りに書いてあるのですぐわかる。

新しい本のメリット

新しい本と古い本、どちらが良いかは一概に言えないが、新しい本が間違いなく有利な点がひとつある。それは、参考文献案内としての有用性。当然ながら、古い本は、自分より後に出版された名著・好著を紹介できないわけで、その本を足がかりに他の文献を探すという目的の場合、新しい本のほうが有利だろう。

ものすごく古い本

上の点にも関係するが、古典文献(新古典文献)をのぞき、「ものすごく古い本」(私の業界でいえば1980年代かそれ以前)は「最初の一冊」としての入門書には不向き。ここ数十年、学説動向が変わっていない分野なら構わないが(そんな分野はないだろうが)、近年の状況をフォローできない「入門書」は、入門書たり得ないと思う。

カバーが古びていたり装丁が古臭いのですぐわかると思いきや、最近出た本でも、名著・話題の書だとそうも言えないので注意。本当は新しいのに、多数の人が借りたせいでボロくなってしまっているというトラップが発動していることがある。

大学図書館にありがちだが、本のカバーを外して(つまり、ラミネートで張り込まずに)管理する図書館では、本がボロくなりやすくこのトラップが発動しやすいのでとくに注意。

古いけれど新版が出てそうな雰囲気のある本

定評があるテキストの場合、たとえ手にとった本は古びていたとしても、最近になって改訂版が出ている可能性が大いにある。

定評があるかないかは書棚やOPACの前ではわかりづらいが、書名に「第何版」とか「改訂版」という名前が含まれていたら要注意。

また、手にとった本の後ろにびっしり貸出記録(図書館が電子管理化される以前じゃ、貸出日のハンコが本の裏表紙裏に押されていたりした)がある本も要注意。新版が出ている可能性がある。

「教科教育法の教科書」という地雷

社会言語学系でよくあるトラップ。「◯◯語と社会」みたいなテーマで探していて、「◯◯語科教育法」の大学テキストを探し当ててしまう。基本的に、「◯◯語科教育法」の本は学術文献としては使えないし、プロの研究者が書いていない場合もある。そのため、実はあまり信頼が置けない――学術的に信頼がおけないものが教科書ってどうなんだと思うかもしれないが、公務員試験本とか○○対策予備校本とか「商用教科書」にはそういうことはままある。

一昔前は、英語科教育法とか国語科教育法とか日本語教育能力検定試験云々と(サブ)タイトルに書いてあることが普通だった。しかし、最近は、出版不況の影響かなんなのか、ブラフっぽいタイトルがあるので困る。普通は「はじめに」に想定読者が書いてあるのでまずはここをチェック。

○○先生退官記念本という地雷

この「一般書に偽装(?)した英語科教育法のテキスト」と似た問題に、「一般書に偽装した◯◯先生退官(or 古希etc.)記念論文集」がある。この手の記念論文集は出すことに意義がある系で、編者も厳しい目で編集しているわけではない。これも「はじめに」に書いてあるので必ずチェック。

そもそも「◯◯先生退官(or 古希etc.)記念論文集」は、書店や公立図書館ではめったに見ないが、大学図書館にはものすごく入っていて、遭遇率も高い。大学生のみなさんも、そういう風習(一部悪習)があるということを理解したうえで、慎重に文献探しをしてほしい。

紀要はハマれば役に立つ

ここまでずっとネガティブなTipsばかりだったが、最後にポジティブなTips を。私の業界では紀要は実は良い導入論文が載っていることがある。「紀要なんて時間の無駄」と言う、国際ジャーナル and/or 査読誌権威主義の人がたまにいるが、「わかってないなあ、内容を読んで中身で判断する力はないんか」と思ってしまう(あくまで私の業界)。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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