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D. ブロックの新刊『政治経済学と社会言語学』

寺沢拓敬言語社会学者
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原題David Block (2018). "Political Economy and Sociolinguistics: Neoliberalism, inequality and social class." Bloomsbury.

タイトルにあるとおり、社会言語学における政治経済学(political economy)の意義・位置づけを論じた本。ただ、ふつうの社会言語学の本かと思って手に取った人はまず面食らうだろう。言語の話があまり出てこないのだ。とくに、2章・3章・4章・5章には、本当にほとんど出てこない。

なぜこうなっているかというと、第1章の最後の方に理由が書いてあって、それはまあ納得がいく理由ではある(ジャケ買いした人は気の毒だが)。

曰く、「社会言語学で、政治経済学関連の概念が最近よく言及されるようになってきたんだけど、みんなすごくルースに使ってるよね」(ただし「例外はあるよ!たとえば・・・」という気配りは忘れない)。で、「そんな雑な話をするより、まずは政治経済学を古典に遡ってみる。その上で現在まで理論的に跡づけるほうが大事だよね!」と強調する。

こうした事情から、いわば「理論編」に相当する章――政治経済学の歴史に関する2章、新自由主義についての3章、階級・格差・不平等に関する4章、そして、新自由主義的が人々のメンタリティに与える(負の)影響について論じた5章――では、ほとんど言語の話が出てこない。6章で、「階級闘争語り」のディスコース分析を扱い、ようやく言語が脚光を浴びる。

ちなみに、既存の応用言語学・社会言語学で政治経済概念がかなりゆるふわで使われているという点は私も同感。当該文献をほんとうに読んでるか怪しい「権威の引用」みたいのは結構見る。あるいは博士課程のときにコースワークをやっつける際、大急ぎで読んだ「古典文献」を、あやふやな記憶で引用した、みたいな。

あふれるマルクス愛

著者のスタンスを一言で言うと、「マルクス推し」である(ちなみに、私は著者とツーショット自撮りを撮った仲である――どんな仲だ)。

全章を通じて「マルクスに帰れ/還れ」ということを訴えている。わざわざマルクスをdisっている文章を引用して再反論するという熱の入れぶり。

これは、いわゆる(いや、いわゆらない?)"social turn" 以降の応用言語学における、ポスト構造主義アプローチ独占状況への明確なアンチテーゼでもある。もちろんポストモダン概念を全否定しているわけではない。というより、今までのポモ系批判的応用言語学が(十分に理論的考察をせぬまま)マルクス主義系の理論・概念をdisってきた事に対し、「そーゆーことはやめよーよ」と言っている。

ちなみに、仮想敵である「ポモ系応用言語学」は本書の暗黙の前提になっているので、詳しい説明はあまりない。「ポモ系応用言語学?なにそれ?」とか「応用言語学は言語学の下位領域なんだから、政治経済とか関係ないんでは・・・」などと疑問に思う人には、本書が論じていることはさっぱりわからないと思うのでお薦めしない。そういう人には、より導入的な啓蒙書である Alastair Pennycook. (2001). "Critical Applied Linguistics: A Critical Introduction." をお薦めする。

参考:批判的応用言語学の「批判的」に関する誤解

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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