英語教育は「何歳から始めるべき?」米国務省データから判明。 | ホウドウキョク2020年8月30日追記:こちらのURLがリンク切れになっていたので、同記事を引用した以下の記事に差し替えます。

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坪谷ニュウエル郁子氏が、言語学習の臨界期について以下のように解説しています。しかし、明らかに不正確な言及ですので、この分野の専門家として訂正しておきたいと思います。

そこで坪谷さんは、子どもが英語を効率的に学ぶための2つの提案をする。

「教育用語で『臨界期』といわれる9~11歳くらいがポイントです。臨界期は言葉を1つの塊で覚えて、そのまま話せます。この臨界期をまたいで13~15歳まで続けると、その言語は定着します。また、臨界期の前に覚えた言語は、音だけは何歳になっても発音することができます。身体が覚えているんですね」

つまり小学校低学年で音として聴かせて定着させ、さらに高学年で集中的に学ばせることが重要なのだ。

出典:日本人の英語力がまるで高まらない根本的要因 | 日本と中国「英語教育格差」 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

「識者」の間違った解説が蔓延する臨界期論議

上記に限らず、ウェブニュース等では定期的に、早期英語教育の文脈で「臨界期」の話が話題になります。

結論から言うと、そのほとんどが誤用です。

第二言語習得研究における「臨界期」(正確には臨界期仮説)は、英語教育とはまったく関係ない概念です。

そういう意味では専門的な内容がからむ話ですが、そのロジック自体はいたってシンプルです。以下、ポイントを解説します。

なお、以下の「臨界期」とある箇所はすべて「第二言語習得研究における臨界期仮説」と理解してください。

臨界期は「母語話者になれるかどうか」を決める期間

簡単に言ってしまえば、臨界期とは、「この時期以前に始めれば、母語話者と同等の水準にまで第二言語能力が達する時期」のことです。

したがって、「外国語能力がぐんぐん上がる時期」という意味でもないですし、「外国語の発音が上手になりやすい時期」という意味でもありません。

臨界期研究での「母語話者と同等」はものすごく高度なレベル

ここで注意してほしいのは、「え、子どもにネイティブスピーカーみたいに英語喋ってほしい!やっぱり臨界期って大事よね!」と誤解しないで欲しい点です。

ここでの「母語話者と同等の水準」は、ものすごく高度です。英語教育に携わる人や子育てをしている人が考えるよりも途方もなく高い水準で「母語話者と同等」というものを考えます。

仮に臨界期が存在するという前提で次の例を見てみましょう。

小学生くらいに来日したA君がいます。両親ともに日本語母語話者ではありませんが、日本暮らしの長いA君は日本語がペラペラで発音にもアクセントはありません。学校での国語の成績も素晴らしい。周りは勝手に、A君を日本語の母語話者だと思っているほどです。

ある日、言語習得の専門家がA君に研究協力をお願いしました――「最初から日本語を話していたわけじゃないらしいですね。あなたの日本語力を詳しく見せてくれませんか」と。そして、A君の日本語の発音や文法を詳しくテストした結果、母語話者ならばまず存在しないような特徴が見つかりました。

ここで、「ああ、なるほど、A君の日本語力には母語話者の能力とは異なる特徴が観察できますね。来日したときは臨界期を過ぎていたんだね」という結論になります。

「母語話者らしさ」という不思議な世界

A君はそもそも日本語を不自由なく使っている人でした。ですから、臨界期が過ぎていたことがわかっても生活に何の支障もありません。

このように、臨界期は、実務的には何の意味もない、言語習得研究者の純粋に科学的な探求の対象なのです。

研究者の世界ではたしかに臨界期はマジメに検討されていますが、それは教育のためではありません。

そのような実務的な目的ではなくて、純粋に知的探求が目的とされています。

たとえば、「どちらの言語能力も一見遜色なくても、母語じゃない言語に何らかの痕跡が残るのはなぜか」「それは習得開始年齢と関係があるのか」「関係があるとすればどのようなものか」というような。

臨界期自体は科学の成果ですが、それは言わば「科学の不思議」に属する話です。「役立つ科学」の類の話ではありません。

冒頭の記事の中で、次のような発言がありました。

教育用語で臨界期と言われる9~11歳くらいがポイントです。臨界期は言葉を1つの塊で覚えて、そのまま話せます。この臨界期をまたいで13~15歳まで続けるとその言語は定着します。

臨界期は教育用語ではありません。言語習得研究という認知科学の世界の用語ですが、2017年現在、教育の応用可能性はまったく検討されていません。

もう一度言います。臨界期は教育用語ではありません。