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英語ができると、幸福になる、GDPが上がる、南北回帰線から離れる…!?

寺沢拓敬言語社会学者

先日から2回にわけて、英検「英語力とQOLの関係性調査」を批判的に検討してきた。

「英語ができると幸せになる」という話は、ある種の「ネタ」として受け止めるべきものだろうと思われるが、それをクソ真面目に論駁したのが上記の記事である。

ただし、この手の話は必ずしも「ネタ」では済まない部分もある。実は「英語ができると幸せになる」という論法は、英検が「発明」したものではない。ずっと以前から存在し、英語教育界のなかではその影響はなかなか根深いものがある。

英語と開発

この言説は、日本ではそれこそ「ネタ」扱いされる類のものだろうが、低開発国ではそれなりにリアリティを持って受け入れられてきたようだ。象徴的な例が「開発のための英語教育」である。

たとえば、国際通貨基金(IMF)や世界銀行は、財政危機に陥った国の財政健全化パッケージとして、英語の普及を提案してきた――いわゆる「ワシントン・コンセンサス」である。ワシントンに代表される先進国政府が低開発国に示した未来像はまさに「英語ができると(政治経済が発展した結果として)幸せになる」だったのである。

最近、翻訳出版されたE. アーリング・P. サージェント編『英語と開発』は、まさにこの問題を批判的に検討している。

英語とQOL

こういう文脈を考慮すると、「英語力とQOL」という問題設定は、英検などよりもむしろ海外の教育機関のほうが元祖と言えるだろう。

たとえば、先日 このYahoo ニュースでも紹介したEF(イーエフ)という教育企業も、以前から英語力とQOLを結びつけたレポートを発表している。

「英語ができるほど経済が発展する」

以下のレポートを見てほしい。

EF EPI (英語能力指数) - 英語力、経済状況、クオリティーオブライフ

国別の英語力(注1)と国民一人あたりGDPの間の相関を示し、「英語力は経済成長の鍵」だと結論付けている。

英語能力と 一人当たりの国民純所得(グラフ A)には好循環の相互作用があります。英語能 力の向上によって給与が上がり、政府や個人 による英語トレーニングへの投資が増えます。 多くの国々では、若年層における英語能力の 高さと失業率の低さに相関関係があります。 このことから分かるように、英語は国家の経 済成長の鍵なのです。

EF EPI 「英語と経済、生活の質」に掲載された図
EF EPI 「英語と経済、生活の質」に掲載された図

図ではたしかに相関は確認できる。実際、「英語ができるほど経済が発展する」と言われるとそのような気もしてくる。しかし注意すべきは、このEF英語力指標において高得点を叩き出している国の多くがヨーロッパだという点だ。(こちらの記事のグラフ参照)

つまり、次のような擬似相関は想像に難くない。

EF英語力指標高い←ヨーロッパ→一人あたりGDP高い

「英語ができるほど首都が高緯度になる」!?

戯れにヨーロッパ諸国が有利になる指標で、似たような相関グラフを描いてみよう。見事に相関が現れるのである。しかも場合によっては、一人あたりGDPよりも強い相関が出る。

以下の図は、EF英語能力指標を縦軸に、首都の緯度(絶対値)を横軸に置いたものである。見事に相関が出ていることがわかるだろう。

画像

「英語ができるほど南北回帰線から離れる」!?

上の図を見ると中東の国々はそれなりに緯度があるもののの英語力が低い。一方、シンガポールの緯度はほぼゼロだが、英語力は高い。こういう外れ値をなんとかしたい。そこでひねり出したのが、以下の図だ。

画像

これは、EF英語能力指標を縦軸に、南北回帰線からの距離(単位:緯度)を横軸に置いたものである。さらに強い相関が出ている。

これを見て「大発見!英語ができるほど南北回帰線から離れる!」と宣言する人はいないだろう。

このようなタイプの擬似相関が生じる状況は、生態学的誤謬と呼ばれる。国別指標の相関関係で何かを主張するときには、この誤謬を常に注意する必要がある。とりわけ、「EF英語能力指標」のような実際のところ何を測定しているか定かではない場合はなおさらである。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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