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【過去の教訓を未来につなぐ】日本史上最悪の火山災害:島原大変肥後迷惑

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

 ムツゴロウにスナメリ、それに海苔。有明海は豊かな生態系と干満の大きさで知られる。この豊潤な内湾は、雲仙岳火山が島原半島を形作るからこそ成り立っている。さもなければこの海は東シナ海に開いていた。数十万年前から活動を始めた雲仙岳は、東西20km南北25kmの範囲に普賢岳を始めとする複数の火山体を配する、総噴出量130立方キロメートルを超える大型火山である。この活火山は有史以来も活発に活動してきた。1991年には普賢岳平成溶岩ドームの成長が始まり、6月3日16時8分にこのドームの崩壊がきっかけとなって火砕流が発生した(図の平成火砕流)。時速80kmにも達して流下した高温の火砕流は、警戒中の消防団員や調査中の火山学者など、43名の命を奪った。

 しかし雲仙岳の荒ぶりはこれだけではない。寛政4年4月1日(1792年5月21日)には、死者1万5000人という日本史上最大の火山災害「島原大変肥後迷惑」を引き起こした。山体崩壊とそれに伴う津波の発生が原因だった。日本列島の火山ではいつ起きても不思議ではないこの現象を記憶に留めておきたい。

産業技術総合研究所地質調査総合センター3D地質図(火山地質図:雲仙)を加工
産業技術総合研究所地質調査総合センター3D地質図(火山地質図:雲仙)を加工

眉山崩壊の経緯

 島原の乱の動揺もようやく収まった寛政3年の秋頃から、雲仙岳周辺では地震が頻発するようになった。特に島原半島西部では揺れがひどく小浜では最大震度6に達したが、年が代わると地震は減少し1月下旬にはほぼ収束した。

 しかし静穏もわずか10日余り、今度は普賢岳周辺で強烈な地震と鳴動が始まった。そしてついに普賢岳が噴煙を上げ、島原半島一帯に火山灰が降り積もった。引き続いて、2月3日(3月25日)から一ヶ月にわたって溶岩の流出が続き、2km以上も谷を埋め尽くした(図の1792溶岩流)。また普賢岳の東麓付近では大量の火山ガスが噴出し、鳥や小動物がバタバタと倒れたという。3月になると再び群発地震が頻発するようになった。ただしその中心は普賢岳ではなく、眉山から島原へと移ったのである。島原城下での最大震度は6に達し、眉山では山鳴りが激しく、落石や崖の崩落が頻繁に見られた。眉山山麓では地割れも数多く起こり、地下水が湧き出したところもあったという。東麓の楠平では9日になって湧き水が急増し、続いて地滑りが発生して犠牲者も出た。しかしこれも悲劇の序章に過ぎなかった。

 4月1日酉の刻過ぎ(20時過ぎ)、2度の強烈な地震があり、同時に眉山が大崩壊した。崩れた山体は「岩屑なだれ」となって麓の村を乗り越え、有明海に突入した(図)。その量は3億立方メートル以上、東京ドーム250個を超える。山体の一部は大きな塊となって流域に残り、「流れ山」と呼ばれる小山を作った。現在の眉山南麓に点在する丘や有明海に浮かぶ九十九島は、このようにして散らばった眉山の「破片」である。

 惨劇は続く。岩屑なだれが有明海に突入したために大津波が発生したのだ。この津波は、島原だけでなく対岸の肥後や天草をも飲み込んだ。「島原大変肥後迷惑」と呼ばれる所以である。さらに、対岸で反射した津波が再度島原を襲い追い討ちをかけたのだ。津波の遡上高は肥後側で15~20m、天草でも20mを超え、島原では60m近い記録もある。被害者は島原で5000人、肥後側で1万人と言われている。

 この大地動乱の後も眉山周辺の地震や湧水は続き、さらに6月には普賢岳が再噴火した。この噴火は水蒸気爆発だったようで、島原半島は大雪が降ったように白い火山灰で覆い尽くされたという。

 災禍の元凶となった山体崩壊は、眉山が噴火して起きたものではない。この山体そのものが溶岩ドームとして誕生したもので、もともと崩落しやすい性質を持っていた。これに加えて、断続的に発生した地震や、普賢岳の噴火に伴う熱水活動の活発化によって、山体が極めて脆弱な状態になったと考えられる。そして最終的には、直下型の強烈な地震が大崩壊を引き起こしたのだ。

山体崩壊の危険性を再認識すべき

 火山体は溶岩などでしっかりと固められて堅固なように思えるが、実はそうではない。ガサガサの火砕物と呼ばれる層は崩れやすいし、火山活動に伴う熱水(温泉)やガスの影響で、硬い岩石も粘土化している部分も多い。だから、火山はいつの日か必ず「崩れ去る」と覚悟しておくのが良い。

 さらに崩壊のきっかけも多様で、一般的にそれほど大規模ではない水蒸気噴火が山体崩壊を引き起こすこともしばしばある。1888年、数日前から弱い地震が続いた磐梯山では、7月15日に水蒸気噴火が始まり20回近くの噴火を繰り返した。その結果、小磐梯山の大半の山体が崩壊し、雲仙岳眉山の50倍、15立方キロメートルにも及ぶ岩屑なだれが発生した。この土砂は山麓の5村11集落を覆い尽くし、死者は500名近くに及んだ。

 降水量の多い我が国の火山は、いずれも水蒸気噴火を起こす可能性がある。さらに、噴火は起こらずとも、脆弱な火山直下での地震の発生が山体崩壊を引き起こすこともある。そして、これまで何度もこのような山体崩壊を起こしてきた火山こそ、富士山なのである。しかも富士山山体崩壊は、大噴火とは比較にならないほどの被害を及ぼす可能性が高い。最悪の場合40万人が被災するとの予測もある。

 山体崩壊やそれに伴う津波に対処する個人的努力には限りがある。だからこそ、世界一の火山大国の政府や行政は、このような大規模火山災害が国内に111もある活火山ではいつ起きてもおかしくないことを認識して、国民の命と財産を守る施策を実行する責務がある。

【Yahoo!天気・災害の「災害カレンダー」用に執筆した記事に加筆・修正を加えてYahoo!ニュース個人に掲出しています。】

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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