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新型コロナ クルーズ船で感染の疑われた香港人18人が羽田空港に行っていたとの中国報道を検証した

立岩陽一郎InFact編集長
下船した香港人乗客を乗せて羽田空港に向かうバス(写真:ロイター/アフロ)

クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号への日本政府の対応が結果的に感染者の急増につながったと指摘されているが、こうした中、中国で、「チャーター便で帰国するために羽田空港に向かった香港の乗客の一部に感染が疑われる濃厚接触者が含まれていた」などと報じられていた。しかも、日本側のミスだったとしている。もしこれが本当なら、見過ごして良い話ではない。ファクトチェックを行った

厚生労働省によると、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客のために香港政府が用意したチャーター機は全部で3便。2月20日、21日、23日に何れも羽田空港から合わせて195人を乗せて飛び立っている。チャーター便に乗る条件は各国で異なったが、香港の場合は、検査結果が陰性であり感染者との濃厚接触の無い人と限定されていた。

混乱が中国で報じられたのは、このうちの第2便の時のことで、香港の公共放送であるrthkが2月22日に以下の様に報じている。

「その日、突然、日本政府が、下船した29人について濃厚接触者だとして下船は認められないと言い出した。その一部は既に羽田空港に到着していた。そして18人は搭乗を止められた。その対応のためチャーター便は数時間出発を遅らせたが、最終的に問題の乗客をのぞいた84人を乗せて飛び立った。乗客に同行した中国大使館の領事によると、日本政府は責任を認めて影響を被った乗客にホテルを用意すると申し出たが、乗客はその後の香港行の便で帰国した」

Confusion in Japan as more HKers brought home

同じ時期に中国の国営テレビである中央電視台も、「ダイヤモンド・プリンセス号の乗客は(2月)19日までに検査を受け、結果は陰性で、かつ確定患者との濃厚接触がない者が下船可能だった。しかし日本側のミスで、確定患者との濃厚接触がある28名の香港乗客に下船許可を発行した。そのうちの19人は既に大型バスで羽田空港に向かい、搭乗手続きを行っていた。これらの乗客は客船に戻るよう求められ、それ以外の乗客は問題発覚後にも港に残っていた」と報じている。

微妙に数字が違うが、何れも、感染者との濃厚接触を疑われる香港人乗客が羽田空港で時間を過ごしたというものだ。事実であれば、大変な問題だ。海外の報道だから、と言ってすませられる話ではない。

厚生労働省新型コロナウイルス対策本部は否定

感染者との濃厚接触者、つまり感染が疑われた香港人が羽田空港に行ったという報道は事実なのか?取材に応じたのは厚生労働省新型コロナウイルス対策本部(以下、厚労省対策本部)。先ず、報道の内容について否定した。そしてその日の動きを詳述した。

「チャーター便に乗る方については、陰性であり、且つ感染者との濃厚接触の無い方です。それらの方に船内の検疫所から下船許可証が出て、それを得た人だけが下船して、その場から用意されたバスに乗って羽田空港に向かいました」

ところが、混乱はあった。そのハプニングの存在を明かした。

「報道にある第2便の時ですが、濃厚接触者2人がバスに乗り込んでしまっていました。バスは羽田空港に着きましたが、その2人は羽田空港には入らずにそのまま和光の施設で経過観察を受けることとなりました」

「和光の施設」とは感染が疑われる人の隔離施設として使われている和光市の税務大学校の施設のことだ。2人が羽田空港に入ることは無かったという。また、バスの車内でも、マスクをしており、他の乗客とは距離を置いて座らされたという。「この2人が羽田空港の中で時間を過ごしたという事実は有りません」と説明した。

ただ、ハプニングはこれだけで終わらなかった。2人を除いた102人がチャーター機に乗るために羽田空港に入ったが、そこでまた問題が起きている。

18人がチャーター便に乗れなかったのは事実

「そのうちの18人が下船許可証を持参していなかったんです。確認していますが、その18人には下船許可証が出ています。陰性であり、且つ濃厚接触者ではありません。ですからチャーター便で帰国できる人たちです」

この時、チャーター便を運航するキャセイパシフィック航空が18人の搭乗を拒否したので、混乱が続いたという。

「航空会社が下船許可証を持っていない18人の搭乗を拒否したので、別の対応をとらざるを得ませんでした」

このため、冒頭の香港の公共放送の報道にある通り84人がチャーター便で出国し、18人はその日のうちに別の航空会社の便で帰国したという。担当者は、18人が羽田空港で下船許可証を持参していなかった理由は不明だと答えたが、「中国の報道にあるような感染者との濃厚接触のあった人が羽田空港に行って過ごしたという事実は有りません」と話した。また、報道が日本側のミスとしている点についても、「そうした事実は有りません」とした。

私が編集長を務めるインファクトは、新型コロナウイルスに関する情報のファクトチェックを行っている。この中国の報道は、その中で把握したものだ。ただ、ここではファクトチェックの結果としての判定は行わない。厚労省対策本部の担当者は3月4日から18日までの間、幾度も取材に応じており、事実と異なることを言っているとは考えにくい。しかし、それをもって、厚労省が正しいと断定することも難しいと考える。中国の報道に問題が有るということであれば、政府として明確に説明し訂正を求めるべきだろう。

この取材には香港大学の鍛冶本正人准教授の協力を得た。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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