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米朝首脳会談は本当に驚くべきことなのか?

立岩陽一郎InFact編集長
2018年2月にドイツで開かれたカーニバル(写真:ロイター/アフロ)

米朝首脳会談にトランプ大統領が応じる姿勢を示したことが衝撃を与えている。しかし、それほど驚くことなのだろうか?勿論、まだ会談が正式に決まったわけではないので安易な予測は控えたいが、私はYahooニュースでその可能性を書いてきた。別に誇れる話ではないのは、新聞がよく書く「米朝関係筋」や「米政府関係者」から得た情報ではないからだ。トランプ大統領の発言や米国で報じられた内容を読んで推測してきただけのことだ。

私がワシントンDCに滞在していた2017年1月から6月で、米国のジャーナリストの中で言われていたことがある。

「トランプ政権について1つだけ明確なことがある。それは、何1つ明確でないことだ」

ただ、公共放送NPRのベテラン・デスクは、「こうしたある意味で予想不能な大統領だからこそできることが1つある」と語った。それが北朝鮮問題だった。

一番大きいのはトランプ政権の持つ政策形成過程だと説明した。北朝鮮問題は、国務省からの積み上げ作業を重ねても事態は動かない。トップが全てを決める北朝鮮のスピード感にはついていけない。しかし、トランプ大統領は最初から国務省の作業を無視して動いている。北朝鮮問題を動かすには、それくらいの粗っぽさが無ければ難しい。

実は、あまり知られていないが、トランプ大統領は就任の当初から北朝鮮に対して強い関心を示している。これは核の脅威が迫ったからという理解もできるが、時系列で言うと、そういう報道が始まる前から北朝鮮との接触を模索していたという事実がある。

私はそれを2017年2月26日に、Yahooニュースに書いた。

外交官を含む北朝鮮の高官6人を米国に招く計画を立てていたのは、外交問題を専門とする民間シンクタンクのNCAFP。国務省によるビザ発給の手続きが進められ、早ければ3月にも北朝鮮高官の訪米が実現するものと見られていた。国務省が関与した招聘ではないが、国務省がビザの発給を認めることで事実上、トランプ政権が北朝鮮政府高官の入国にお墨付きを与えるものとして注目されていた

この「早ければ3月」とは言うまでもなくトランプ政権発足直ぐの2017年の3月のことだ。結局、この訪米は実現しなかった。ビザが発給される日の朝になって国務省が発給を取りやめたからだ。その理由は、金正男氏暗殺事件だったとされている。

この問題について国務省でアジアを担当した元外交官は私に次のように語っていた。

「NCAFPは民間団体だが、トランプ政権の意を受けて動いたのは間違いないだろう。このタイミングでの取り消しを見ると、外交のプロである国務省が筋書きを描いたとは思えない。トランプ政権が強硬に推し進めたものの、最終的に判断がひっくり返ったと見るのが普通じゃないか」

2017年の8月16日には、トランプ政権と金正恩政権の双方が相手を必要としているという記事を書いた。抜粋すると以下のようになる。

・トランプ政権が強硬的に見えるどのような発言を繰り返しても、北朝鮮の体制変更を求めていないという点では一貫している。

・一方で、トランプ政権は極めて不安定な状態にある。中間選挙で与党共和党が負ける可能性がある。その結果、大統領弾劾の手続きが始まることも考えられる。

・そして、ここに金正恩氏の側にトランプ政権と交渉せざるを得ない理由がある。仮に、トランプ大統領が失脚した場合、大統領にはペンス副大統領が就任する。このペンス氏は伝統的な共和党の保守強硬派だ。ペンス政権となれば、北朝鮮に体制変更を迫り、金正恩政権を軍事的に包囲する政策を進める可能性が高い。

・北朝鮮が望む交渉相手はトランプ大統領であり、その為には、ギリギリのところでトランプ大統領に花を持たせる可能性は高い。

勿論、米朝首脳会談が開かれたからと言って、朝鮮半島の非核化が直ぐに実現するというほど甘くはない。ただ、トランプ政権に批判的なことで知られるCNNの3月9日の番組で、ゲストの1人が次の様に評価した。

「きのうまで我々は核戦争の恐怖を目の前にしていた。しかし、今、その恐怖は無くなった。それは認めなければいけない」。

これこそ、トランプ大統領の狙い通りの反応だと言って良いだろう。米国にとって先ず優先順位が高いのは、核そのものの存在ではなく、核が米国を向かないことだからだ。そしてそれはトランプ大統領にとって、「オバマが成し遂げられなかったことを成し遂げた」と誇れる成果となる。

勿論、そうして得られた「成果」が、実態を伴うものかどうかは誰にもわからない。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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